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091.幕間4.5

 ゴールデンウィークも終わり、過ごしやすい気候に変わりつつあるとある日の放課後。

 私が1人生徒会室で事務処理を行っているとノックの音が鳴り響いた。


「はい」

「失礼しま~す! あれ?慎さんは?」


 現れたのはここの生徒だった。 何やら見覚えがあるような……


「慎さん……?」

「あっ、すみません。 副会長の前坂先輩はいらっしゃいますか? ここに居るって聞いたのですが……」


 副会長……思い出した。

 たしか挨拶運動の時、毎回彼に絡んでる後輩だったはず。私とあまり背が変わらないはずなのに制服の上からもわかる胸の大きさに羨ましいと思った覚えがある。

 慎さんとは彼のことだったか。


「副会長なら、職員室」


 今日配られた進路調査票を当日中に…忘れないうちに出したいって言って駆けて行ったはずだ。


「そうですか~。 ありがとうございます、失礼しました!」

「ん……」


 私の淡白な返事を気にすることもなく彼の後を追っていった後輩とみられる生徒。


 彼の……彼女なのかな?

 ふとそんな考えが私の脳裏を掠める。あの挨拶の日、彼のフォローに助けられた私は徐々に声も出せるようになり、それが幸いしたのか無事卒業式での送辞も完遂するこどができた。そういう意味では彼に助けられたし、悪い人では無いことは理解できた。

 しかしあの1件以降、私も色々と助けもした間柄にも関わらずそういう話題は一切したことがなかった。


 恋人、か。

 男友達どころか女友達すら生徒会メンバー以外居ない私にとって未知の領域だが、きっと誰かに四六時中側にいられると鬱陶しいと思う私にはきっと縁の無い話なんだろうなぁ。


 そんなことを思いつつ私もバッグから彼が書いたものと同じ物……進路調査票を取り出す。

 この学校は一貫校で基本はエスカレート制だ。全く勉強出来なくても進学することは出来る。

 けれど別の学校に行く生徒も稀にいる。そういった生徒の声を拾い上げるために3年の初期の段階からこういったアンケートを集めると説明された。


 当然、私も外に行く理由がないのでボールペンを取り出してこの学校の名前を書こうとして………やめた。

 確か学校は同じでも国際コースという道もあったはずだ。また後々ゆっくり考えたらいいだろう。

 そう結論づけて用紙をカバンに突っ込んだ私は目の前に置かれている事務処理の続きに取り掛かった。







「さて、周りを見たら分かると思うが、昨日話した通り今日は隣のクラスと合同実験を行う!!」


 昼下がりの科学室。授業で科学の先生が発言すると同時に室内がざわめきだす。

 

「去年の復習も含まれているが還元が主な内容だ。水素を使用するからくれぐれも注意して実験するように! それでは手順だが―――」


 全員に渡されたプリントを解説しながら先生が話を続けている。もう完璧に頭に入っている私は見慣れない風景に辺りを見渡した。

 見知った顔が半分、見知らぬ顔が半分。隣のクラスの人々はほぼ知らない面持ちだった。


 いや……よく知っている顔が1人いた。私のいる机とは洗面台を挟んだ反対側に最近話すようになった茶髪の男の子……副会長が。

 彼は真剣に先生の話を聞き、時折プリントにメモをしているようだ。そんな姿を無意識で観察していると私の視線に気がついたのかふと目が合ってしまう。

 私と目が合ってしまったことで彼も一瞬キョトンとした様子を見せたがすぐにそのツリ目気味の目を下げ、破顔させてから小さく手を振ってくる。そんな彼の様子を見て自分の顔が熱くなっていることに気がついた私は、すぐにプリントに目を落として先生の話を聞いているフリをした。



「―――と、ここまでが実験手順だ。 誰か質問のある人は……いないな。 それじゃあ、各自注意して取り組むように!!」


 先生の号令と同時に生徒たちが一斉に実験に取り組み始める。

 ガラス管に酸化銅を入れ、水素を注入しながら熱する。それだけの簡単な実験だ。私も生徒会メンバー……もとい友人たちの談笑と共に手際よく実験を開始する。

 水素の容器をゴムチューブでガラス管に繋げ、酸化銅を入れて空気穴を作る。簡単だ。


 そういえば、進路調査票をまだお母さんに見せてなかった。せめて国際コースに行くか否かくらいは整理して話さないと。といってもきっと普通科を選ぶだろう。専門でやりたいことも見つからないし、それならまだ選択肢の多いであろう普通科に行ったほうが動きやすいと思う。



 そう、無為なことを考えていたのが失敗だった。私は無意識で体を動かし、友人たちも話に夢中で私の行動を見ていなかった。

 アルコールランプに火が灯った状態で水素の入った容器に徐々に近づいていったことに。


「井野さん!」

「ひゃっ!!」


 唐突に現れた彼に腕を掴まれ私は小さく悲鳴をあげてしまう。その表情は真剣そのものでつい私は萎縮してしまう。


「な……なに……?」

「火が水素に寄りすぎて危ない。手元気をつけないと」

「あっ………」


 彼に指摘されるまで気が付かなかった自分を恥じる。このまま動かし続けてたら大惨事になっていただろう。自分が無意識で動いてたことに気付き反省する。


「ごめん。見てなかった」

「大事になる前に気づけてよかったよ。気をつけてね」


 そう、説明時に見せた笑顔をもう一度作ってから元の場所に戻っていく。私はその後姿をしばらく見つめていた。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「ただいま………」


 実験も無事終了し、自宅に帰った私はリビングに居るお母さんに挨拶する。お母さんは私の行動を把握していたのかちょうど紅茶を入れ終わったようでテーブルに2つのカップを置いている。


「おかえりなさい、翔子ちゃん。ちょうどよかったわ、お茶にしましょ」

「ん……そのまえに、これ」

「あら……?」


 私は見せ損ねていた進路調査票を手渡す。お母さんはその紙をしばらく見つめたあと私に返してきた。


「そう……もうそんな時期なのね………翔子ちゃん、提案なのだけれどエスカレートじゃなくて女子校に行ってみない?」

「えっ………」


 それは寝耳に水の言葉だった。お母さんは一通の封筒を取り出して私に見せてくる。

 封筒に書かれていた学校はここらで唯一の中高一貫校高の女子校の名前だった。


「ママね、聞いたのよ。翔子ちゃんが3年になって一層勉強や生徒会を頑張ってるって……それで思ったの。この学校なら設備ももっといいし翔子ちゃんももっと頑張れるだろうって」

「それ……お父さんは……」

「パパは翔子ちゃんの好きなようにって言ってたわ。それでどうかしら?ママも翔子ちゃんの意見を尊重するつもりよ」


 確かにこの学校は施設とかずば抜けてるって有名だ。生徒会長経験もあって成績も悪くない私なら外進で入る芽もいくらかあるだろう。悪くない話だと、私は思った。



「………うん。いいと、おも―――」


 お母さんの意見に賛成しようと口を開いたときだった。脳裏に映し出されたのは今日の授業で助けてくれた男の子の破顔した様相。


「……? 翔子ちゃん?」

「ごめん。ちょっと考えさせて」

「あっ! お茶は!?」

「いらない」


 私はリビングを飛び出して自室へと走っていった。





 バタン。と暗い部屋の中制服にシワが付くのも構わずベッドに倒れ込む


「外進……かぁ………」


 パンフレットの入ってるであろう封筒を床に放り投げる。全く予想していなかった展開に私の頭は混乱していた。

 なぜ……あの時彼の顔が浮かんだのだろう。


 副会長。おもったより優しく、業務では私を支えてくれるいい人。

 そう、いい人だ。今日も助けてくれたしきっと相談事にも乗ってくれると思う。早速私はスマホを取り出してメッセージアプリを起動する。


『突然すみません。明日、進路のことで相談したいことがあるのですが………』


 と、ここまで入力して手を止める。今まで業務以外で連絡してこなかったのにいきなりこれは怪しい。私なら絶対に警戒する文面だ。となれば……


『明日の放課後、業務があるけれど生徒会室に来れる?』


 嘘だ。業務なんて無い。けれどこれなら怪しさも無いだろう。私は思い切って送信し、寝転がりながら返事を待つ。


 5分ほど経った頃、不意にスマホの着信が鳴り彼からの返信がやってくる。暗い中スマホはよろしくないが緊急事態だ。


『明日は部活があるけど……急ぎのようなら休んでいくよ?』

『部活は何時まで?』

『全体練習は18時だけど、個人練習してるから19時になるかも。もちろん切り上げることもできるよ』

『急ぎじゃないから大丈夫。 ありがとう』


 私は呼び出すことを諦めてスマホを伏せる。個人練習……となれば。

 やることはひとつだ。寝ていたところ立ち上がり、これからのことを計画し始めた。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――


 

 翌日の放課後、私は1人生徒会室でボーッとしていた。

 思ったより時間が経つのが遅い、退屈で寝てしまいそう。そう思いながら狭い生徒会室をウロチョロしているとスマホから着信音が鳴り響く。私が設定したアラームだ。時は来た。あとは私が行動する番だ。



 そう意気込んで向かった先はプール。現在時刻は18時30分、昨日のメッセージの通りなら個人練習をしている時間だ。その時に乗り込んで話を聞いてもらう。


 プールまでの道のりは誰にも遭遇しなかった。もう全員帰ったのだろうと推測しプールサイドへの扉を開ける。

 そこには生徒が1人、ひたすら泳ぎ続けている姿が見受けられた。よし、計画通り。そう確信して近くまで歩いていくと影から何者かが現れた。


「すみません!部員じゃ無いようですが何用ですか……って、生徒会室の……」

「あっ………」


 そこに居たのは以前彼を探しに訪れた後輩の子だった。そう……やっぱり付き合っていたのね……


「先輩がここにきたってことは生徒会関連ですか?」

「えっと……それは……」


 個人練習って言うものだから誰かが居た時の言い訳なんて考えてなかった。私がなんて言おうか考えているとプールの方から大声が響き渡る。


「雫!!次何秒から………って、井野さん!?」

「お……お疲れ様」


 声をかけてきたのは彼だった。彼は私の来訪に気がついてプールから上がり近づいてくる。


「どうしたの?やっぱり業務が?」

「いや……えっと……その……」


 ここで言ってしまってもいいのだろうか。でもこの彼女さんの前で相談するのはどうにも問題が起こりそうな気がしてならない。私が彼女さんの方をチラチラみていると彼は意図に気づいたのか彼女さんに向き合う。


「雫、ちょっと向こう言ってて」

「まぁ、普通そうですよね。 私は更衣室行ってるので終わったら呼びに来てください」


 思ったより素直に引き下がってくれた。そのまま雫さん…はプールサイドから出ていく。


「……さて、この姿のままでごめんね。何かあったの?」

「この姿……あっ……」


 そう言われて初めて彼が水着姿だってことを認識する。男の子ってみんなこんなに引き締まった体つきをしてるのかな……硬そう……


「伊野さん?」


 彼に呼びかけられて自分がボーッとしていることに気がついた。


「……! ごめん。彼女さんと一緒だったのに」

「彼女……?あぁ、雫は別にそういうのじゃ無いよ。ただ俺の個人練習に付き合ってくれるマネージャー」

「……そう」


 私は自分の思い込みが勘違いだってことに気がついて胸を撫で下ろす。………ってなんで私が安心してるんだろう。


「ごめん。生徒会とは関係無い……でも聞いてほしいことが……」

「珍しいね……了解。相談受けるのって初めてだけどなんでも言って」


 そうして私は昨日あったことを話した。女子校を打診されてること、こだわりはないこと、私に一任されてること。


「………そっか。向こうの設備は凄いって聞くしね~。俺も行って見たいけど男子だから無理だなぁ」

「ん……」


 彼はあっけからんと答える。遠回しに向こうのほうがいいって言ってるのかな。


「井野さんは生徒会長慣れた?楽しい?」

「えっ……うん」

「そっか」


 不意に関係ないことを聞かれて反射的に答える。確かに生徒会長は大変なところもあるけれど楽しい。それにあいさつ運動もだんだんと返してくれる人も増えて来てやりがいも出てきた。


「俺は、副会長楽しいよ。最初はなんで誰も知らない中男子1人って思ったけど、やってみればみんないい人だしあいさつは返してくれるひと増えてきたしね。 …二足のわらじは大変だけど」

「あっ……」


 あいさつ運動にやりがいが出てきた……彼と同じ思いだと実感して胸の奥が温かくなる。


「最初はなんとも思わなかったけどそうやって活動してるからかこの学校に愛着が生まれてきてね……もし俺が向こうに行かないかって打診されても拒否するかな~」

「……そう」


 愛着。私の中にもそういったものが生まれていたんだと今更実感する。他の生徒会メンバーもいい子だちだ。クラスは別れど学校までは別れたくない。それに、その答えまで導いてくれた人にも………


「俺が言えそうなことはこれくらいだけど……少しは参考になったかな?」

「……うん、ありがと」


 これ以上にないくらい。


「あの……ま……まえ……」

「ん?」


 そういえば今まで彼の名を呼んだことがなかった。今更呼ぼうとして何度もつまってしまう。


「前……坂くんは、調査票、どうしたの?」

「あぁ。俺はここに入学した時から決まってるよ。それは―――」






 ガチャン!!

 勢いよく自宅の扉を開ける。駅からここまで全力で走って息も耐えたえだ。玄関で息を整えているとお母さんが歩いてきた。


「おかえりなさい、どうしたの?そんなに慌てて……」

「お……母さん……」


 私はお母さんに進路調査票を見せる。そこに書き込まれた文字をみて優しく微笑んだ。


「そう、その様子だと意思は固いようね。いいわよ、ここで頑張ってね」

「うんっ!!」


 私は彼のような、ツリ目が一気に破顔させる笑顔を思い出しながらお母さんにとびきりの笑顔を見せつけた。


次回更新は2日後の24日です。


23日に活動報告「3章 了」を更新予定ですのでよろしければそちらもどうぞ。

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