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085..祭りの日~その8~

「紗也は…犬平気だっけ?」


 アイスも食べ終わって帰路についていた俺はふとモモの存在を思い出した。


「ワンちゃん……? あんまり大きくなくて吠えないのなら大好きだよ?」

「よかった。 2人の家にはモモっていうダックスフンドがいてね……それなら紗也でも大丈夫かな」


 モモはそんなに大きくもないし吠えもしない………そういえば噛まれたことはあっても吠えられた記憶はなかったな。


「そうなの!?ウチは飼えないから羨ましいな~!ねぇ優衣佳お姉ちゃん、どんな子なの!?」

「そうね…モモはさっきも聞いたとおりダックスフンドでね……」


 紗也に話を振られた優衣佳さんはモモの特徴や今までのエピソードを紗也に語りかけ、それを目を輝かせて聞いている。


「そういや慎さんは盛大に噛まれたんでしたね……どうです?もう痛みはありませんか?」

「あの時は必死で痛みを感じる余裕はあまりなかったなぁ… 痛みなんて数日でなくなったし傷跡も残ってないよ」


 俺は雫の言葉につられて以前噛まれた部分に目をやる。そこには一点だけ小さなアザのようなものが残っているだけでそれ以外の傷跡は綺麗サッパリ消え去っていた。


「あんまり無茶しないでくださいね……泣きますから」

「誰が?」

「私が」

「……ふっ」


 俺はそんな雫が想像出来ずについ笑みがこぼれてしまう。


「むっ!なんですか慎さん! 傷つくのが心配な彼女は普通でしょ~!」

「誰が彼女だって? 雫がそうやって泣くのが想像できなくて……その時はまた手当てしてもらうことにするよ」


 あの海の時みたいに。

 雫の手当のおかげで痛みを翌日に持ち越さなくて済んで感謝している。


「それは……仕方ないですね……。 なら私は支える者としてどんな怪我に対応出来るようにならなきゃですね!」


 彼女から支える者に変化してる。

 そのことにも異議を唱えたかったがもう既に家の前にたどり着いていたので俺は言葉を飲み込んだ。


「ほら、紗也。 着いたよ」

「わぁ………本当にウチと離れてないんだね!」

「そうなのよ……だから紗也ちゃん、もしお兄ちゃんと喧嘩したらここに逃げ込んだらいいわよ?」

「うん!」


 こらこら、優衣佳さんも変なこと教えない。そもそも俺と紗也はあまり喧嘩することもないというのに……


「あはは……それじゃあみんなも入って。 ただいま~!」


 俺達は優愛さんを筆頭に扉をくぐっていく。

 そんな彼女の声が聞こえたのか、リビングからフローリングと何かを掠める音が近づいてくる。


「きゃっ!……モモただいま~!」


 玄関を越え、リビングの扉を開けるとモモが優愛さんに飛びついてきた。

 彼女はそれを予想していたのか平然と受け取り尻尾をパタパタと動かすモモに頬ずりをする。


「モモ、久しぶり」


 俺も膝を曲げ、手を広げて挨拶をする。そんな声に反応を示したモモは優愛さんから飛び降り俺のもとへ一直線に――――


「わっ! お兄ちゃんどうしよう!ワンちゃんがこっちに!!」


 来なかった。俺に飛び込む数歩手前で隣に居る紗也に気がつき、急に方向転換をして紗也の足元をウロウロとし始めた。


「紗也ちゃん、そのまましゃがんだらいいよ。そのままモモに触らずじっとしててね」

「う……うん……… わっ!モモ、くすぐったいよぅ!」


 優愛さんの指示通りに紗也が屈むとモモは懐に入り込み、紗也の腹部を嗅ぎ始めた。そんなモモの行動に紗也はくすぐったいのを必死に耐えながらされるがままでいる。


 しばらくされるがままで居ると今度はモモが紗也の手に頭をこすりつけてきた。


「あっ! 優愛お姉ちゃん、今度はどうすればいいの!?」

「うん、そのまま撫でてあげて。 …良かったね。気に入られたみたいだよ?」

「わぁ……!ありがとう、優愛お姉ちゃん!」


 どうやら紗也はモモに認められたみたいだ、良かった。 けれど手を広げた俺はシカトされてしまい少し寂しい気持ちにもなる。


 その広げた手を下げようとした時、不意をついて翔子さんが俺の懐へ背中を向けて飛び込んできた。


「しょ……翔子さん?」

「ん。 モモが来なくて残念がってたから…… 違う?」

「違わないけど…… 翔子さんはペットじゃないからね?」


 とっても嬉しいけど!


「仕方ないから、今だけはペットになってあげる。 ほら、手」

「あっ……うん」


 翔子さんは俺の手を取って自身の頭にやる。

 その指示通り彼女のサラサラな頭を撫でていると更に体重を預けてきて屈んでいる状態から尻もちをついてしまう。


「ふゆぅ…………そのまま………」


 俺が尻もちをついて一緒に腰を下ろした翔子さんは更に体重を預けてくる。

 その際すぐ近くに後頭部がくるため汗の匂いが漂ってきた。香水とかではなく確かに汗の匂いだが、全く不快なものではなく撫でている俺もその香りにやられて彼女に軽く身体を預けてしまう。


「そのまま……慎也くんの重みが……心地いい……」

「俺も………」





「………いつまで人の家でイチャイチャしてるのかしら?」

「はっ!!」


 いつの間にかトリップしていたようだ。

 気がついて顔をあげると優衣佳さんが腕組みをしてこちらを見下ろしている。


「優衣佳さん……これは……」

「はぁ、何があったかは想像が出来るわ……慎也君って、匂いフェチ?」

「!?」


 俺さえも認識していなかった部分を指摘され目を見張る。自覚はないけれど……そうなの、かな?


「そ……それはわからないけど、たとえそうでも! 翔子さんには負けると思うよ!」


 俺はなんとなく認めることが出来ず翔子さんを引き合いに出す。

 さっきまでおとなしく頭を撫でられていた彼女はいつの間にか俺の腹部に顔をうずめてトリップ状態に陥っていた。あぁ、髪もぐちゃぐちゃだし。


「それもそうね……翔子さん、いい加減目覚めなさい!」

「ぉぉぉぉ………はっ! ここは……優衣佳?」


 うめき声?を上げていた翔子さんは優衣佳さんの言葉で我を取り戻し辺りを見渡す。


「お祭りのあと、私の家よ。あとは思い出せるわよね?」

「ん……お手洗い、借りる」


 彼女はそのままお手洗いに消えていった。ふとリビングを見渡すと2人足りないことに気がつく。


「あれ?紗也と優愛さんは?」

「あの2人はお風呂ですよ~。慎さんが意識なくなってる間に行っちゃいました」


 テーブルでスマホをつついている雫が何事もなく答える。どれだけトリップしていたんだろう……


「……よしっ!優衣佳先輩、親もわかってたようでして迎えは20分くらいで着くそうです。それまで構いませんか?」

「もちろんいいわよ、ゆっくりして頂戴。 ほら慎也君、アイスコーヒーよ」

「ありがと……」


 俺は彼女からコップを受け取り口に入れる。苦い……いつも家で入れてる味だ。

 それにしても浴衣姿の少女にコーヒーを渡されるのってなんだか妙な感じだな……


「それにしても残念です」

「なにが?」


 雫の向かいに座るとそんな声が聞こえてくる。


「だって、この流れだったら私もここに泊まるに決まってるじゃないですか!なのに明日実家に帰るからだめだって言われたんですよ!」

「それは……大変だね」


 だから迎えが来るのか。雫のことだから泊まると思ったら。


「部屋には余裕あるし、また泊まりにくればいいわ。ねぇ、慎也君?」

「俺に言われても」


 絶対心臓が持たない。この家の部屋って鍵あるのかな?


「ただいま。 私も連絡してきた。すぐ来るって」


 身だしなみを整えてきた翔子さんが戻ってきて俺の隣へ。どうやら彼女も迎えが来るようだ。


「わかったわ。 …何か飲む?」

「……お茶でいい。うんと冷たいの」


 優衣佳さんはそのリクエストに応え冷蔵庫から氷と麦茶を取り出す。


「翔子さん、さっきのは……」

「言わないで……恥ずかしいから……」


 横から見た翔子さんの頬は少し赤みを帯びているようだ。そのままお茶を一気飲みして何度かおかわりを要求した。


 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――


「ふ~!たっだいま~! お姉ちゃ~ん!お茶!」

「お茶!」


 2人の迎えも到着し、優衣佳さんと2人でのんびり夜のティータイムを嗜んでいると突然扉が開いて優愛さんと紗也が。

 こら、紗也はお邪魔してる身なんだからもっと慎ましくしないと。


「はいはい……私も汗が気になるし早いとこお風呂入らないと……いくら慎也君でも恥ずかしいから嗅がせてあげないわよ?」

「誰も何も言ってないよ。俺はいつでもいいからね」

「……残念ね」


 微笑みながら小さく言葉をもらした優衣佳さんはお茶をを渡して1人お風呂へ向かうが扉前で立ち止まった。


「あ、そうだ。 慎也君、お風呂場の鍵は開けておくからいつでもどうぞ?」

「入らないから!ゆっくりしてきて!!」


 今度こそお風呂へ向かう優衣佳さん。お茶を飲み終わった紗也はモモのところまで直行し、優愛さんは俺と向かい合う。


「翔子ちゃんと雫ちゃんはもう帰っちゃったの?」

「うん。2人を急かすわけには行かないからって伝言を預かってたよ。『今度は泊まりにきますね』だって」


 今度は紗也を含めた5人でパジャマパーティーとかしたらいいだろう。俺は自宅で若干残った宿題を片付ける。


「ありがと。あとでメッセージ送っておくね。 ……それで……その……」

「? どうしたの?」


 いつもと様子の違う優愛さんが少しモジモジしながらこちらを伺っている。


「えっと……翔子ちゃんから聞いたんだけど……慎也くんって、匂いフェチ……なの?」

「あーー」


 俺は手を額にやり天を仰ぐ。さっきのあれが伝わってたかー


「その!……全然変なことじゃないんだけど……えっとね……私の匂い…どう、かな?」


 妙にモジモジしながらいうものだからこちらも意識して恥ずかしくなってくる。


「その、俺は匂いフェチの自覚はないんだけど……それでも、優愛さんは石鹸のいい匂いがすると思う…よ」

「ありがと……よかった……」


 優愛さんはコップに口を付けうつむいてしまう。

 俺たちは妙な空気になりながら優衣佳さんがお風呂から戻ってくるのを今か今かと待ち続けた。

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