078.祭りの日~その1~
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「紗也~。まだか~?」
「もうちょっとだけ待って~!」
紗也の扉の向こうから焦った声が聞こえる。
今日は8月9日の夕方。みんなと外で遊びに行く日だ。早くしないと待ち合わせの時間に遅れてしまう。
紗也がいつまで経っても出てこないので今のうちに自分の様子も再確認する。
今日は白のクロップドパンツにネイビーのランダムテレコポロシャツだ。靴もローカットのシューズと歩き回るのに問題ない。
手に持ったトートバッグにも必要なものは全部揃ってる。よし、問題無さそうだ。
「紗也~?」
最初に呼んでから5分も経過した。再度呼びかけるも今度は返事すらない。
「……? さ――」
「せっかく紗也がおめかししてるんだからちゃんと待ってあげなさい」
「あだっ」
3度目の呼びかけをしようとしたところで扉が開いて母にうちわでたしなめられる。どうやら終わったようだ。
「お兄ちゃん………変じゃない?」
「とっても似合ってるよ。本当に花が咲いたみたいだ」
扉を開けた先にいた紗也は浴衣の格好をしていた。白ベースの布に赤や青、紺といったアジサイの花が散りばめられていてそれをレッドワインカラーの帯で綺麗に結ばれている。更に今日の髪型は2つにまとめて両肩から前に出すおさげスタイルだ。
「ふぅ、久しぶりにやってみたけど案外できるものね」
「母さんもありがとう。できなかったらどうしようかと思ってたんだ」
当然、紗也1人では着付けできないから母にやってもらった。やる前は自信無いって言っていたけれどどうにかできるものだ。
「当然よ。わからなかったら調べてでも着付けしていたわ」
「すごい情熱だね……」
「何言ってるの! せっかくのお祭りなのよ!しかも久々の日本! 我が子にはしっかりおめかしさせてあげたいじゃない」
確かに、紗也の可愛さを見ればそれも納得だ。
でも、ここにもう一人我が子が居るはずなんですが……おめかしどころか一瞥で終わったんですけど。
「お兄ちゃん、早く行こっ。 遅れちゃうんでしょ?」
「あっ そうだった。 ちゃんと靴を履くんだよ」
そう、今日は浴衣でもみんなとの取り決めで履物は歩きやすい靴となった。
理由は簡単、優愛さんが下駄とかだと絶対鼻緒が切れたり怪我したりとアクシデントが絶対起こると助言が会ったからだ。俺たちも素直にそれに従い、紗也は浴衣にアンバランスなスニーカーとなっている。
ちなみに、優衣佳さんの補足説明として優愛さんがそんなことを言いだした原因は家にある少女漫画からだそうだ。全員がアクシデントに見舞われたら俺がパンクすると配慮したらしい。………喜ぶべきか呆れるべきか。
「わかってるよ~ あたしだって間違えないんだから……」
「そう言って今何履こうとしてるのかな?」
「あっ……」
紗也が履こうとしたのはスニーカーの隣にある下駄だった。
「だって……浴衣といえば下駄なんだもん……」
「……帰ったら下駄に履き替えて写真撮ろうか。お父さんにも送らないといけないしね」
「うん!可愛く撮ってね! それじゃあママ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」
紗也は帰った後も楽しみなのか元気よく扉を開けて家を出ていく。
「それじゃあ俺も。行ってきます」
「あっ、慎也」
「ん?」
俺も出ようとしたところで母に呼び止められる。母は俺に無言で近づいてバッグに紗也の下駄と封筒を押し込む。
「これは?」
「今日は去年と違って人が多いんでしょう?ちょっとしたお小遣いよ」
「えっ……でもちゃんと仕送りも十分あるし……」
そう、今までの生活費は海外に行った両親からの仕送りでやりくりしており、突発的な出費のためにいくらか準備もあった。そんな中追加でお小遣いを渡されて困惑してしまう。
「仕送りはあくまで仕送り、生活費に使いなさい。こういう時に何とかするのが良い母親ってものよ」
こういうところだ。母はよくこうやって良いところを持っていく。その細やかな気遣いに俺も目頭が熱くなってゆく。
「………ありがとう。それで、この下駄は?」
「終わったら写真撮るんでしょう? 今日は母さんも1人でゆっくり溜まったドラマ見たいから帰って来ないで」
「………台無しだよ」
熱くなった目頭が一気に冷えていくのを感じた。
「みんな、おまたせ」
「珍しく遅かったじゃない。何かあったのかしら?」
あれから家を出て紗也と2人でエレベーターを降りると既に4人が揃っていた。まぁ遅刻だし当然か。
「ごめんごめん。母さんに引き止められてね」
「そうだったのね……軍資金でももらったのかしら?」
優衣佳さんがまるで見てきたかのように言う。
「よくわかったね。嬉しいことにそのとおりだよ」
「本当だったのね……適当に言っただけなんだけど……」
でも、もう一つ言われたことは当てられなかったようだ。俺の頭痛の種が。
「それと……もう一つ言われたことがあるんだ」
「あら何かしら、後で合流するとか? 優愛はどう思う?」
「えっ、う~ん……おみやげ買って来て、かなぁ」
優衣佳さんに加えて優愛さんも考えてくれる。けれど違う。
「いいや……今日は俺と紗也帰って来るなだって」
「えっ………」
場の空気が凍った気がした。 その話を初めて知った紗也が小さく声を上げる。
「お兄ちゃん……なんで……?」
「家で1人でドラマ見たいって言ってた。どうしよう……」
俺と紗也は今後のことでどうしようか必死に頭を働かす。しばらく無言の時が流れたがその静寂を勢いよく破った人物が一人いた。
「はい!それなら私もお付き合いしますんで終わったらホテル行きましょう!! もちろん慎さんと私は同じ部屋で――――」
それはもちろん、雫だ。彼女は突然頓珍漢なことを言い始める。
「よし、俺と紗也を加えて5人全員いるね!混み始める前に行こうか!」
「あぁぁぁぁ!冗談ですって~~!!」
今考えても仕方ないし6人目の雫を無視して進もうとしたところで引き止められる。俺はそんな彼女の頭に手を置いて笑いかける。
「冗談だよ、雫。 誕生日おめでとう」
「あっ………覚えてて、くれたんですか?」
「もちろんだよ。忘れるものか」
そう、今日はお祭りに加えて雫の誕生日だ。俺はバッグから一つのラッピングされた箱を取り出す。
「はい、プレゼント。……といっても荷物になるから後で渡そうか?」
「いえ!今欲しいです!! …………ありがとうございます」
彼女は俺からプレゼントを受け取って一言断ってからラッピングを丁寧に剥がしていく。
「わぁ………これは……ボディミスト、ですか?」
「うん。夏だし冷感作用のある、ね。 香りは俺の好みで選んじゃったけど良かったかな?」
「も…もちろんです! 慎さんの好みの匂いとなれば尚更それ以外にありえません!!」
よかった。喜んでもらえたようだ。雫は早速ボディミストを軽く腕に振りかける。
「どうですか?いい香りです?」
「うん、とってもいい香りだよ。 それに、今の雫の格好、菊柄の浴衣を相まってとっても素敵に見えるよ」
雫は同じく白ベースの浴衣を着ていた。青い菊があしらわれ楚々とした雰囲気が感じられる。
「慎さん………ありがとうございます。嬉しいです」
珍しい。そのまま飛びついてくると身構えたが彼女は軽くお辞儀をしてボディミストをカゴバッグに入れていく。
そんな時、俺の背中にポスッと頭が触れる感覚がした。
「………翔子さん?」
「ん」
どうやら当たりのようだ。振り返ると彼女は少しだけ不満げに立っていた。
「どうしたの? なにか言いたげな雰囲気だけど」
「私たちの感想はないの?」
「えっ……あぁ、浴衣ね!」
「ん」
そう。とでも言うように翔子さんは一回転する。
彼女の浴衣はみんなと違って可愛さが前面に押し出されていた。ピンクベースにバラ柄があしらわれており大人しい雰囲気とのギャップで神秘的に感じられる。
「翔子さんはバラ柄なんだね。可愛らしさと上品さがマッチしていつもと違った雰囲気になってとっても綺麗だよ」
「よかった……頑張って選んだかいがあった」
彼女は俺の胸元に軽く抱きつき、次の番とでも言うようにそのまま優衣佳さんと優愛さんの前に引っ張ってくる。
「次は私達の番なのね。 待ちくたびれたわ」
「ごめんね。まず雫の誕生日を祝おうと思って」
「いいのよ。それで、私のはどうかしら?」
俺は改めて優衣佳さんの姿を見る。
彼女は紺をベースにした浴衣だった。そこに菖蒲<しょうぶ>の花が彩られ水色の帯が清涼感と大人の女性を感じさせる。まるで深窓の令嬢がお忍びで現れたような雰囲気を醸し出している。更にいつも下ろしている黒髪を束ねてポニーテールになっていた。
「……凄く大人っぽくて見とれちゃった。それにポニーテールなんだね、どこかの国のお姫様のようで凄くいいよ」
「そっ……そう? お姫様だなんて慎也君も上手くなったわね……」
そのまま照れてしまった優衣佳さんは身を隠すかのように優愛さんを前面に押しやりその後ろに隠れてしまう。当の優愛さんは今まで紗也の相手をしてくれており突然の出来事に困惑していた。
「えっ……あぁ、お姉ちゃん恥ずかしがっちゃって出てこなくなったんだね……なんて言ったの?」
「うん、それは――――」
「言わないで頂戴!」
見ると優衣佳さんが片目だけを見せて抗議してくる。
「……ごめんね、言えないや」
「そうみたいだね。 それで慎也くん、私の格好変じゃないかな?」
優愛さんの格好は麻色ベースの浴衣だった。紺色の波紋や水玉が映し出されており髪もウェーブをかけたのかいつもと違って大人っぽく見える。
「優愛さんはウェーブをかけたんだね。いつも可愛いって思ってたけど今日はとっても美人に見えるよ。それに浴衣も相まってとっても綺麗だよ」
「ホント!?いつも可愛いって思ってくれてたの?」
「え?も、もちろん。今日は美人に見えるけどね」
感想じゃなくてそっちを聞き返されて俺も少し戸惑ってしまう。
「そっか……慎也くんはどっちがいい?か…可愛い私と綺麗な私」
「え!? う~ん………どっちも優愛さんで魅力的だから、両方好き、じゃダメかな?」
「ううん、いいよ……変なこと聞いてごめんねっ。ありがと!!」
そう言って満面の笑顔を浮かべた優愛さんは再度紗也と向かい合う。
「それじゃあ慎さん、早く行かないと混んじゃいますしさっさと行っちゃいましょ!」
「それ俺がさっき言ったんだけどな……」
雫の掛け声合わせてそれぞれ動き出す。
「迷子にならないようにね。 ………特に雫」
「私ですか!? さすがにこの年になってまで迷子はありえませんよ~」
不安だ。先々進んで迷子になりそう。
そんな一抹の不安を抱えながら俺たちは祭り会場までの道を歩みだした。




