075.妹とは~後編~
「お兄ちゃ~ん!お風呂先に入るね~!」
「ん……りょうか~い」
旅行から帰ってきた日の夜、夕食も食べ終わってソファーでゆっくりしていると紗也がそう告げてくる。ちなみに夜はすき焼きだった。本来なら昨日食べるはずだったのだが俺が居なかったため今日になったらしい。
それにしても、海外に行っていた4ヶ月を経てようやく紗也の成長を感じられた。以前までの紗也なら俺がお風呂入る時に追従してきてそれを止めるという攻防を毎日繰り広げてきたというのに………でも、これはこれで突然の兄離れを感じて若干の物寂しさを感じる。俺も妹離れをしないと。
「ここまで紗也を自立させるのは大変だったわよ」
「……母さん」
母がコーヒー入りのカップを2つ持ってやってきた。差し出してくるカップを受け取って一緒にテレビを眺める。
「………ふぅ、やっぱり日本の豆は落ち着くわね。この豆、あの店まで買いに行ったの?」
「うん。俺もあの豆じゃないと物足りなくてさ……それで何が大変だったって?」
「…紗也の場合行った学校で2ヶ月後にはもう卒業じゃない?それもあってか友達もできなかったみたいで、できる限り家から出ないようになってたわ」
たしか6月で終わって9月開始なんだっけ。
「紗也にとっては最悪のタイミングだもんね」
「まぁ、それはいいのよ。それより、家でほんの些細なことでも慎也の影を追ってたわ……お兄ちゃんなら今頃こんなことしてる、とかお兄ちゃんが居ないと寂しい……って。半泣きになりながらね」
俺がついていかなかった結果そんな惨状になっていたことに驚愕した。確かに家では常にベッタリだったから多少寂しさは見せてくれるとは思ったがそこまでだったとは……
「それで、どうやったの?」
「そんなの……見守るしか無いわよ」
「えっ……それだけ?」
あまりに淡白な対応に俺も拍子抜けしてしまう。
「それだけって……見守るって相当気を使うのよ? 特に紗也の場合、日本に帰るため1人で飛び出さないかヒヤヒヤしてたわ」
「よく4ヶ月も持ったね……」
「そこよ。紗也なりに頑張ろうって思ったのでしょうね……泣き言の中に一度も帰りたいって言葉はなかったわ」
俺と一緒にいるときは成長なんて何一つ感じられなかったが見えないところで頑張って……ちゃんと成長していたのか。戻ってきたら褒めてやらないと。
「それにしても、優愛がそんなに頑張ってたっていうのに慎也ったら女の子を連れ込んじゃって………だからこっちに残りたいって言ったのかしら?」
「2人はそんな関係じゃ………ない…………と、思う………」
段々と自分の発言に自信が持てなくなってきて語気が弱くなってしまう。
「なになに?何の話してるの?」
俺と母の話に紗也が割り込んできた。お風呂上がって適当にこっち来たらしく髪はドライヤーも掛けず、服も着ずにタオル一枚巻いた格好でリビングまでやって来ていた。………懐かしい。ここらへんは変わっていないようだ。
「おかしいわね……紗也も成長したと思ったんだけど……。 まぁいいわ、次はお母さん入っちゃうわね」
「「いってらっしゃーい」」
俺たちの言葉に見送られ母はお風呂へ。それを見届けた紗也は隣に密着するように座り、俺の腕を抱きかかえて目を細める。
「それでお兄ちゃん、さっき何の話してたの?」
「ん?紗也は成長したんだな~ってね」
「そうだよ!あたしも向こうで頑張ってるんだよ!だからもっと褒めて!!」
「はいはい、えらいえらい」
俺は抱きかかえられてる方とは逆の手でその頭を撫でていく。やっぱりドライヤーかけていない。
「でも、服も着てないしドライヤーだってかけてないじゃないか。ホントに成長したのか心配になってくるなぁ」
「む~!だって暑いしドライヤーはお兄ちゃんのが気持ちいいんだもん!だからやって!」
「しょうがないなぁ……母さんが上がったらね」
紗也のスタイルはお世辞にもいいとは言えない。言い方は悪いがそれも翔子さん以上にだ。それ故にここまでひっつかれても特になにも思わない。あの4人だったら例外なくアウトだが。
「お兄ちゃん………」
「ん?」
2人でテレビを眺めていると下から紗也のか細い声が。
「あのお姉ちゃん2人……あたしのこと嫌ってないかな?」
「そんなことないと思うけど……どうして?」
「うん……最初、お兄ちゃんしか見えてなくってすっごいツンツンしちゃってたから……」
「あぁ……」
確かに打ち解けるまで紗也は外行きの性格だった。けれど最後は仲良くしていたしきっと大丈夫だろう。
「あの2人はその程度じゃ絶対に嫌わないよ。それに、花火見る約束したんでしょ?」
「うん……そうだよね……よかった……」
紗也は安心したのか腕を抱く力は弱くなる。
「そういえば俺も紗也に聞きたかったんだけどさ」
「なぁに?」
「紗也って俺の知らないうちに優愛さん……背の低い方と仲良くなってたでしょ?何があったのかなって」
昼過ぎから常々思っていたことを聞いてみる。紗也は俺の問いに答えるため暫く唸りだした。
「う~ん……たしか優愛お姉ちゃんがポケットからお菓子を出してくれて……抱きしめてくれたの。お兄ちゃんを奪ったりしないって言ってくれて…」
「……そっか」
優愛さんはお菓子を使ったのか。きっとあの時の紗也は寂しくて堪らなかったのだろう……だから抱きしめられて氷解したんだと思う。
「……お兄ちゃんはホントに2人と付き合ってないの?」
「と……突然だね……。 付き合って…ないよ」
唐突な爆弾投下に吹き出しそうになるが妹の手前なんとか耐える。なにか聞き方に違和感があったような。
「ふ~ん……そっかぁ」
「うん……って、さっき『2人と』って言ってなかった?どういう意味?」
俺が聞き方の違和感の正体を突き止め、その真意を聞くと紗也も不思議そうな顔をする。
「なんだろ………言葉の綾?雰囲気? あたしにもよくわかんない」
どうやら言った本人も理解していなかったようだ。
「お風呂空いたわよ~!慎也もさっさと入っちゃいなさい!」
会話の終了を告げるかのように母がお風呂から出て次を促してくる。
「了解。でもその前に紗也、早く髪乾かそうか」
「うんっ!服着てくるね!!」
不思議そうにしていた紗也が俺の言葉で笑顔になり自室へと向かっていく。
が、それも一瞬のこと、紗也は服を2着持って俺に抱きついてきた。
「おわっ!紗也、どうしたの?」
「あれ?お兄ちゃん、あたしの匂いに包まれたかったんじゃないの?」
謎の言葉とともに再度不思議な顔を見せる紗也。俺もその奇行が理解できなく同じような顔をする。
「な……なんでそう思ったの?」
「だってお兄ちゃん……あたしの服使ったでしょ?」
その言葉と共に2着のTシャツを見せる姿にに俺の思考は一瞬停止する。そういえば体育祭の日、翔子さんと雫用に使った事がある……。 なんでわかった?ちゃんと服は洗濯してもとの場所に戻したからバレないハズだったのに。
「ど……どうして使ったって……わかったのかな……?」
「だってこの2着だけ畳み方違ったし。てっきりお兄ちゃんが私のことが恋しくなって匂いを嗅いだのかと……」
そこまで言って紗也も俺の様子の違いに気づいたのか段々と疑わしい目を見せてくる。
「お兄ちゃん、何があったのか教えてもらえるよね?」
「は……はい」
そこから母と妹の前であの時の出来事を洗いざらし話して2人に呆れられた目を向けられる俺なのであった―――




