074.妹とは~前編~
時刻は昼12時を超えて少し経った辺り。
兼島家主催の旅行も終えて本来なら3人でお昼ご飯でも楽しんでいる頃だ。
けれどそうは問屋がおろさない。現在我が家のリビングは非常に緊迫した空気に包まれていた。
「…………つまり、お二人は入学直前に出会った愚兄のクラスメイトで今まで一泊二日の旅行に行っていたと?」
「は、はい…」
隣に座っている俺の妹…紗也が確認し、優衣佳さんが肯定する。
あれからお昼前に自己紹介ということで俺たちが出会った経緯に昨日今日と何をしていたかの説明をしていた。一応、俺が怪我をした件は全てにおいて伏せたが。
紗也は深く息を吐き、自分の中で咀嚼しているのかしばらく無言の時が流れた。
「とりあえず、これまでの経緯は理解しました。納得はしていませんが…」
「よかった…」
「でも!」
優愛さんの安堵の声を被せるように紗也が畳み掛ける。
「お兄ちゃんの脚を怪我してる件については何も詳細を聞いてないのですが?」
「!? なんで知ってるの!?」
俺は思わず昨日脚を攣った患部を確認する。アザも怪我も、外傷は何もない。説明の時も底の部分は伏せるようにしたから知られることなんいてないはずなのに。
「お兄ちゃん、何年一緒に居たと思ってるの?歩き方を見れば違和感に気付くよ…部活で肉離れになったときと一緒の歩き方してるんだもん」
「それは私を助けようとして海を泳いだから……それで……」
「いや!助けたのは俺の勘違いだったから!!」
優愛さんが俺を庇ってくれるがアレは結局は自業自得だったはず。彼女が責任を負うことはない。
「なるほど、泳いでるのを助けたと…原因は理解しました。となれば全面的に兄のせいなので捨て置きます」
「ほっ……」
こういうところは感情よりも理屈を優先してくれる我が妹の頭の構造に感謝する。
「でも、お兄ちゃん。今日明日は外出禁止ね?」
「ちょっとまった!買い物行かないと冷蔵庫の中身は何もない!!」
そもそも今日はこれから買い物に行こうと思っていたのだ。外出禁止されたら紗也の分も含めて数日レトルト三昧になってしまう。
「食べ物は今ママが買いに行ってくれてるから大丈夫」
「あ、そう……」
俺が抗議の為に席を立ったのも束の間。一瞬で言い負かされてすごすごと大人しく座る。
「でも、攣るのはいつもの事だし今普通に歩けるし……」
「それで慢心して肉離れ起こしたのは誰だったっけ?」
「………」
俺です……。中学で水泳をやってる時、脚を攣ったあとのケアをロクにせず肉離れになったことがあった。その時のことを言っているのだろう。
再びリビングに静寂が訪れたと思われたその時、玄関の扉が開く音がする。やった!チャンスだ!
「ほら紗也、母さんの手伝いをしに行かないと。この2人は俺の客人でもあるから饗さないとだよ」
「む~……お兄ちゃんも手伝ってよね!」
「もちろん。ふたりともごめんね、座って待っててもらえるかな?」
「ええ……」
優衣佳さんの了承も得たところで俺は紗也の背中を押して母のいる玄関まで歩いていく。
「母さん。お帰り……で合ってるかな?」
「あら慎也!今までどこに行ってたの!?」
玄関で買い物の片付けをしていたのは俺たちの母1人だった。父さんは……居ないのか。
「ちょっと昨日から旅行でね。それでなんだけど今―――」
「お兄ちゃんが部屋に女連れ込んでる」
「紗也!?」
母の前で爆弾を放り込んでくる妹。ほら、母さんなんて片足を上げたまま固まってるじゃないか。
「え~~~………あぁ!水泳の大会で四六時中一緒に居たり花火大会にも行ってた……」
「雫じゃなくって。いや、雫も旅行には行ってたけどそうじゃなくって今リビングにいるのは――」
「それも2人も」
「紗也ぁ……」
更に追撃してきた妹はベッ!と下を軽く出して自室へと走って行ってしまう。残されたのは俺と母さんのみになった。
「よくわからないけどアレは相当拗ねちゃってるわね……やらかしたわね、慎也」
「2人が帰ってきてるなんて知らなかったんだよ……」
「サプライズにしたいって紗也の熱望だったのよ。ほら、珍しく慎也から紗也にメールしたじゃない?」
「あぁ……そういえば」
そういえば7月に紗也の使ってるエプロンについて聞いた気がする。
「普段ロクに返信しないのにって散々文句言ってたわよ。もっと返事送ってあげなさい」
「はぁい……」
「それに内容は知らないけど内容について凄く不安がってたわ。飛行機乗る前に紗也ったら泣いちゃって……」
「お母さん!!!」
話し好きな母を止めたのは当の紗也だった。一瞬扉から頭だけ出すもののすぐに部屋の中に入っていってしまう。
「怒られちゃったわね……慎也、この荷物冷蔵庫に入れてもらえる?」
「りょうかい……」
俺は廊下に置かれていた買い物袋を手に持ち、2人でリビングまで歩き出した。
「キャ~~!!2人が慎也が連れ込んだって言う子!?2人とも可愛いじゃない~~!!」
リビングに入った母の第一声はそれだった。そのまま優愛さんを抱きしめその頭を撫でていく。
「は……はじめまして……川瀬 優愛……でっす…………」
優愛さんは母に埋もれそうになりながらもなんとか名前を伝える。ごめんね優愛さん、悪いけどそのまま母さんの相手してやって。
「はじめまして。優愛の姉の優衣佳と申します。家には連れ込んでくれるんですけど自室には連れ込んでくれないんですよね…」
「これはどうもご丁寧に……慎也の母です。慎也!どうしてこんな可愛いくていい子を連れ込まないのよ!?」
「母さん…自分が何言ってるのかわかってるの……?」
久しぶりの日本が原因か来客が原因かはわからないがテンションが頂点に達している母。そしてその様子を優衣佳さんは笑みを崩すことなく相手していた。
「そういえばさっきまで紗也と一緒に居たんでしょう?ごめんなさいね。紗也ったらかなり人見知りなところがあるから」
「いえいえそんな。それよりも昨日から慎也君をお借りして出てしまって申し訳ございません。少し旅行に行ってまして」
「そんなのどんどん連れ回しちゃってくださいな! それで!?どんなところに行ってきたのかしら!?」
器用に優愛さんを撫で続けながら優衣佳さんと会話を進めていく。俺はそんな3人を尻目に買ってきたものを冷蔵庫にどんどん詰め込んでいった。
豚肉に……ナス、トマト、きゅうり……なんだか野菜が多いな。いつまでいるか分からないがこの殆どは俺の領分では無いだろう。買い物袋を物色していると話し終わったのか優衣佳さんが俺の肩を叩かれる。
「あれ、優衣佳さん?母さんの相手は?」
「今は優愛とお話中よ。それより今日のお昼ごはん、私に任せてもらってもいいかしら?」
「あっ、うん。いいけど……一度母さんに聞かないとね」
「それならもう許可はもらってるわ。使ったらいけない食材もね」
「そっか…なら、お願いしようかな」
「任せて」と腕まくりのポーズをして冷蔵庫の中身を確認する優衣佳さん。
「どう?いいのあった?」
「ええ。使えるのは野菜が多いわね……それにパスタもあるって言ってたわよね?」
「パスタは楽だから結構な数常備してるよ」
「よかった。それじゃあ今回のメニューが決まったわ」
そう言って手際よく調理をしていく優衣佳さん。野菜を切り、鍋に麺を入れ、卵を焼いたりと、いくつもの作業を並行して行っている姿を見て俺は息を呑む。
「………できたわ。夏野菜のスパゲッティ、付け合せにスペイン風オムレツの完成ね」
気がついたら20分弱も見とれていた。優衣佳さんは食事を人数分に分け、一仕事終えた様子で俺と向かい合う。
「どう?なかなか様になってたでしょ?」
「すごかった!俺が手伝える隙がないくらいで思わず見とれてたよ!」
「そう。それはよかったわ………あら?」
いつの間に現れていたのか、俺の隣には紗也が居て優衣佳さんに近づいて行き切り分けられていたオムレツを一口かじる。
「紗也、もう持っていくんだからその時まで……」
「まって、慎也君」
俺が注意しようとしたところ優衣佳さんに止められる。2人で紗也の様子を伺っていると口を動かし終わった紗也はそのまま優衣佳さんへと抱きついた。
「あら……」
「美味しい……また作って」
「いつでもいいわよ。今日のところは私の分も食べる?」
「いいの!?」
「もちろんよ。ほら、リビングまで持っていきましょ」
「うんっ!」
驚いた。
紗也が優衣佳さんに対して外行きではなく家での接し方をするとは。それほどまでにあのオムレツは美味だというのか。
「ほら、慎也君も」
「あっ、うん」
優衣佳さんに急かされ、俺たち3人はパスタと付け合せをリビングまで持っていくことにした。
「「「いただきます!」」」
リビングに俺たちの声が揃う。テーブルにはさっき優衣佳さんが作った品々が。ちなみにウチのテーブルは4人がけだから自室から俺の椅子を持ってきてなんとか対応した。
「んん~~!!おいしいっ!これを優衣佳ちゃんが!?」
「ええ。時間もなかったのであまり凝った料理にできなかったのが申し訳ないですが」
「優衣佳ちゃん!慎也をそっちにあげるからウチの子にならない!?」
「母さん……」
優衣佳さんが苦笑いしてるじゃないか。
「優衣佳…お姉ちゃん?」
「……なあに?紗也ちゃん?」
「お姉ちゃんのこと……そう呼んでい?」
「もちろんよ、よろしくね。紗也さん」
恐る恐るといった様子で紗也も彼女の名前を呼ぶ。彼女もの呼び方を優しく受け入れて紗也は笑顔を見せた。あとは紗也と優衣佳さんの仲さえなんとかなればこの場は解決か。
「ほら、私の言ったとおりでしょ?優しく受け入れてくれるって」
「うん!優愛お姉ちゃんの言った通り!!」
「「!?」」
俺たちはいつの間にか解決していた事柄に二人して驚く。優愛さんはいつ紗也と仲良くなったというのだ………
「そういえば聞いたわよ、慎也」
「……何を………?」
突然の母の前置きに俺は意識を切り替えて問い返す。何を聞いたのだろうか…正直聞かれてやましい事は……なかったと信じたいがそう言い切れない。俺は心拍を高まるのを感じながら次の言葉を待つ。
「それはもちろん、テストの点数よ。あれくらいなら十分合格よ」
「あっ……うん。それはよかった………」
「チッ……」
何だそのことか、と俺は胸をなでおろす。
成績が悪ければ日本で1人暮らしが認められない。今回は合格ラインを超えていたというわけだ。よかった。
「…紗也、さっき舌打ちした?」
「だって向こう行っても1人でつまんないんだもん!学校も9月からだしお兄ちゃんも居ないし……」
そういやそこらへんの学校事情は日本と違うのか。たしか紗也は9月から入学式だったはずだ。
「だからお兄ちゃん!お兄ちゃんの夏休みが終わるまでは私もこっちいるからね!!」
「えぇ……」
海外に行ったことで兄離れできると思ったがそうもいかなそうだ………
「本当にもう帰っちゃうの?」
「はい。お二人がいる中長居するわけにはいきませんから」
お昼ごはんも終わり、少しゆっくりしたところで優衣佳さんが突然帰ると言いだした。二人して遊んでいた優愛さんと紗也は多少抵抗したものの優衣佳さんの説得によりなんとか納得したようだ。
「また…いつでも遊びに来てね」
「もちろんだよ、紗也ちゃん。一緒に花火も見ようね?」
「うん!!」
2人は紗也の頭を軽く撫でた後、母に一礼し扉をくぐっていく。………優衣佳さんの高所恐怖症が治って本当によかった……
「二人ともいい子ね………」
「うん。俺もそう思うよ」
本当に。いつも一緒にいてくれて俺もよく感じる。
「特にあの子……優愛ちゃんよ。あの子は末恐ろしいと思ったわ……」
「優愛さん?ご飯作ってくれた優衣佳さんじゃなくて?」
唐突に思いもしなかった名前が出て俺は聞き返してしまう。
「優愛ちゃんよ。あの子の周りに対する観察眼と距離の詰め方は凄いわ……ほら、人見知りの紗也が直ぐ懐いてたじゃない」
「あぁ……。 俺からしたらいつの間にかって感じだけどね」
確かに俺が料理に夢中になってる間に打ち解けあっていたようだ。優愛さんには話しやすい雰囲気があるのは分かるがあの時何があったのだろう。
「あの時優愛ちゃんが紗也ちゃんに気づいた後、一言二言の普通の挨拶ですぐ紗也が懐いたわ……あれが人と距離を詰める天性の才能っていうんでしょうね」
「私にもほしい才能だわー」と言いながらリビングに戻っていく母さん。と同時に扉から紗也が頭だけどこちらに出していた。
「いいお姉ちゃんたちだね……」
「うん。それは俺もそう思うよ」
「でも、お義姉ちゃんとしては認めてないから」
「? う……うん」
それだけを言い扉を締める紗也。おねえちゃんとおねえちゃん……どちらも一緒だろうに……俺はそう思いながらふたりの後を追っていった。
距離を詰めるのが異様に上手い人っていますよね




