073.旅行の終わり
「おはよう!」
公園の片隅で小さく本を読んでいる少年に話しかける。
話しかけられた少年は読んでいた手を止めてこちらに顔を向け、無表情だった顔に笑みが浮かばれる。
「お…おはよう!」
「ボクがここに来たらいつも本を読んでるよね…どんな本を読んでるの?」
俺は今まで気になっていたことをふと聞いてみる。彼は少しの間逡巡したが思い切ってその表紙を俺に向けてくれた。
「え~っと……綺麗な写真の撮り方? え!?写真撮ってるの!?」
「ううん……でも、撮りたいなって……ヘン、かな?」
そう視線を動かしながらモジモジと答える。いつもこんな様子で流されっぱなしかと思ったがそんな趣味があったなんて意外だ。
「そんなことないよ!いいじゃん! 撮れるようになったらボクのことも撮ってよ!!」
「うん……撮れるようになったら、ね」
その言葉で彼は一気に破顔させる。いつもその顔ならこんな片隅に居なくても思い切り遊べると思うのに…
「それじゃ、今日は何して遊ぶ?」
「今日、も、慎君とおままごとをしたいんだけど……ダメ、かな?」
彼とは初めて会ってからいつもおままごとで遊んでいる。一度ボール遊びに誘ったが本気で嫌がられて以来無理に誘わないようにしていた。それに俺も彼と居て楽しいしね。
「いいよ。おままごとしよっか! それにしても毎日やるなんてホント好きなんだねぇ……」
「うん……好き……家族が増えたみたいで……」
彼は持ってきたおもちゃに顔を落としながらうっすらと赤く染める。俺も彼からおもちゃを受け取り、おままごとを楽しむのであった。
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目が覚めるとそこは見慣れない場所だった。
それもそのはず、そういえばみんなで旅行に来ていたんだっけ……枕元に置いてあったスマホを見ると時刻は4時。日が出るにも余裕がある時間帯だ。
辺りを見渡すとみんな静かに寝静まっていた。寝る時には俺の上で馬乗りになっていた翔子さんもいつの間にかベッドの中央まで移動している。
俺か翔子さんが蹴り飛ばしたであろう掛け布団を彼女に掛け直したところで気付く。そういえば1人足りない、お手洗いにでも行ったのだろうか。
そう予測したところで俺もお手洗いに行きたくなった。眠っている彼女たちを起こさないよう慎重に部屋の外へ出る。
そういえばさっきの夢――――
過去の夢を見るなんて珍しい。いつもは意味のない夢か風邪の日はアリス症候群のような夢だというのに。
彼は元気にしているだろうか……
小学校を卒業してから俺が周りとの付き合いに忙しくなり遊ぶことができなくなってしまった。写真に興味あるって言ってたし、もしかしたらそっちの分野で有名になっているかもしれない。今度調べてみるのもいいかも。
……あっ…そういえば向こうは俺の名前を知ってても俺は彼の名前を知らなかった……詰んだ。
お手洗いを済ませ、何と無しにリビングに足を運ぶと異変に気付く。庭へと続く窓が開いているのだ。
一瞬不審にも思ったがそういえば部屋から1人いなくなってたことを思い出す。 お手洗いにいなかったし外に出ているのかもしれない。適当なサンダルを選んで俺も庭へと出ていく。
そういえばお風呂で言っていた、宏満さんが智也を呼び出してる可能性もあるのか……突き落とすのかな?
そんな冗談を思い出しながらビーチへ向かう階段まで足を運ぶ。そこには月明かりのみで見えにくいが下に1人で佇んでいる人影が視認できた。俺はその人物の元へ向かうためビーチまでの段差を下っていく。
ザザァ……と静かに揺れる波が静寂に包まれた辺りの空気を震えさせる。
そんな中、彼女はただ無言で打ち付ける波をだた眺めていた。
「見つけた」
「え?」
俺の声に気がついた彼女が振り返る。
彼女――――優衣佳さんは薄いカーディガンを羽織り、突然の来訪者に目を丸くする。
「慎く……慎也君だったのね。びっくりしたわ」
「ごめんごめん。隣、いいかな?」
「ええ。もちろん」
俺は彼女の隣に腰掛け、一緒に体育座りをする。
「慎也君はこんな夜更けにどうしたのかしら?」
「懐かしい夢を見て起きちゃってね……それからベッドに優衣佳さんの姿がなかったからもしかしたらと思って」
「それは心配をかけさせちゃったわね。 それで懐かしい夢って?」
「うん、それはね…………あれ?なんだったっけ?」
さっきまで覚えていたはずなのに気づけばもう記憶は霧の中。喉元まで出かかってる感じでモヤモヤする。
「…夢だもの。私もよく忘れるわ」
「そうだよね……優衣佳さんはどうかしたの?こんなところまで」
「私も似たようなものよ。ふと目が覚めてなんとなく足を運びたくなって……」
それから会話が途切れ、俺たちは海に目を見やる。
残念ながら月は影に隠れてしまって見えなくなってしまったが夜空には数々の星々が浮かび、海と俺たちを照らしてくれているような気がする。
「昼間は、ありがとね」
「へ?」
ふと優衣佳さんが小さく漏らし、そちらに顔を向けると彼女は海から視線を外さずに言う。
「昼の海のことよ。優愛を助けてくれて、ありがとう」
「あぁ、そっか。 あれくらい大したこと無いよ。結果的には俺の空回りで終わっちゃったしね」
「……そんなことないわ。優愛も凄く感謝してた。お風呂場でうるさいくらいに」
「それは……大変だったね」
きっと話がループでもしていたのだろう。優衣佳さんの表情から伺い知れる。
「それで……優愛の身体は堪能したのかしら?」
「……はい!?」
さっきまでの雰囲気から打って変わっての発言に意味を理解するのに数秒要してしまった。彼女はニヤケ顔を造り俺と顔を合わせる。
「あら、助けるついでに抱きついて優愛の身体をまさぐったと思ったのだけれど……違ったかしら?」
「そんなことしてないよ!もししてたら優愛さんが何か言ってるでしょ!」
俺の言い分に彼女は一瞬、一瞬だけ真面目な顔になり口元に指を当てる。
「たしかに。そういう節はなかったわね。………なら、私の胸でも触る?」
「…………はっ! ないから!触らないから!!」
彼女の艶美な誘惑につられて視線を下にさげてしまう。
女性から見る理想と言っていいスタイルだろう。雫は自分のことをナイスバデー(笑)と言ったが優衣佳さんはどう見てもナイスバディーだ。その豊満な胸部に一瞬意識を奪われてしまう。
「そう、残念ね」
「残念って……絶対からかってるでしょ」
「あら、そんなことないわよ。本気の部分もあるわ」
「……何割くらい?」
「そうねぇ……8割くらいかしら?」
「ほぼ本気!?」
なかなかの本気具合に一瞬後ずさりしそうになる。けれどいつの間にか重ねられていた彼女の手によってそれも阻まれてしまった。
「冗談よ。なかなかおもしろい反応してくれるわね」
「誰かさんのおかげでね……」
よかった。冗談で……どこからどこまでが?
そう考えていると重ねられた手が不意に握られる。
「でも、こうして冗談でも言ってないと……不安なのよ………」
彼女は体育座りのまま顔を伏せた。こころなしか握られた手も震えている気がする。
「不安?」
「貴方に出会って優愛と仲直りしてこうして旅行までするようになって………今が幸せ過ぎて怖いのよ。ずっとこの時が続いてくれるのか……」
「それは、俺も思うよ」
2人に出会って俺もそう思う。こうやってみんなで楽しむことがどれだけ素晴らしいか。少なくともお風呂での宏満さんの発言が冗談に聞こえないくらいには。
「貴方は……貴方は私の前から、居なくならないでね」
彼女は俺に顔を向けるも視線を動かしながらモジモジと言う。ふと、そんな光景が忘れたはずの夢と重なるも一瞬で霧散してしまった。
「もちろん。俺は優衣佳さんの前から居なくならないよ。………居なくなったところで絶対に追いつかれるしね」
雫や優愛さん辺りが追いかけてくるのが簡単に想像できる。そんな思いが共有できたのか彼女もクスッと笑みをこぼした。
「それもそうね……信じているわよ、慎也君」
彼女は動かしていた視線を俺にしっかりと固定し笑顔を見せる。もう迷いはないようだ。
「それじゃあ、空も白んできたしみんなが起きる前に戻ろうか」
「えぇ。この時期は日が昇るのも早いものね………キャッ!!」
「優衣佳さん!……あ、無理だこれ」
俺が立ち上がって手を差し伸べるのに合わせて彼女も立ち上がろうとする。しかし下は砂浜、彼女は足を滑らし転けそうになってしまう。
そんな俺が助けようとするもいかんせん体勢が悪い。俺たちは手を繋いだまま仲良く砂浜へと転がってしまった。
「優衣佳さん…大丈夫?」
「もちろん。砂浜で助かったわ。なんとか無事よ」
「それはよか……た……」
安心するのもつかの間。俺は彼女を下敷きにしてしまっていたようで声が直ぐ下から聞こえる。
畳み掛けるように俺の頭は彼女の胸の谷間にスッポリ収まっていてその手は自身の頭の隣……つまりは彼女の胸を鷲掴みにしてしまっていた。
「ご……ごめ……ってええ!?」
「逃さないわよ!!」
俺が急いでその場から退こうとするも彼女は俺の手を固定してその場から動かないように脚を絡ませる。
「ちょっと!優衣佳さん!普通これ逆!!」
「貴方が奥手過ぎるのがいけないのよ!大人しく私の身体を堪能していなさい!!」
確かに柔らかいけども!ぜったいこれ下着つけてないよね!!
「ヘルプ~!優愛さ~ん!!」
「ここはビーチよ!みんなのいる場所は遥か上だわ!!」
俺たちの攻防戦は太陽の光が俺たちを照らすまで続いていた。
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「今回は本当にありがとうございました」
あれからなんとか優衣佳さんを説得し、朝を迎えられた俺たちは朝食を摂り、お昼を迎える頃に自宅へと戻ってきていた。
「こちらこそありがとう。これからも亜子と……ついでに智也君をよろしく頼むよ」
「はい、もちろんです」
ここまで積んできてくれた宏満さんが笑顔で言う。本当に今回は彼に感謝だ。
「翔子さんと雫さんも責任持って家まで送りますので安心してお休みになってください」
「仁奈さんも、ありがとうございました。2人のことよろしくおねがいします」
バスの中で寝ている2人のことを仁奈さんが物腰柔らかく伝えてくれる。智也によるとこんなに優しそうな人が怒ると怖いのだから本当に凄い。
「…それじゃあ、私たちはこれで失礼するよ。3人ともお疲れ様」
「はい、ありがとうございました!!」
宏満さんと仁奈さんはバスに乗り込み、そのまま発信させる。俺たちは姿が見えなくなるまですの後ろ姿を見送っていた。
「それじゃあ、どうしよっか」
「はい!私お腹空いちゃったので慎也くんなにか作ってほしいな~って!」
「ちょっと優愛!いきなり過ぎるでしょ!!」
優愛さんの言う通り、もうお昼ご飯時だ。彼女らもお腹空いただろう……優愛さんは朝ごはんを相当量食べた筈なのにとは気にしてはいけない。
「生ものは買い物しないと無いからレトルトのパスタとかになっちゃうけど……それでもいいなら家によってく?」
「やった!ありがとー!」
「しょうがないわね……慎也君、お願いするわ」
「任せて」
俺たちは3人揃ってエレベータを上がる。本当に優衣佳さんの高所恐怖症は平気になったようだ。歩く姿に迷いがみられない。
「………あれ?」
「どうしたの?」
扉の前で俺が声を漏らしたのに優愛さんが反応する。
「いや、部屋の鍵が開いてるみたいで………」
旅行に行く前はきちんとしまっていることを確認した。誰かが開けでもしない限り開くことはないはずだ。
「え!?もしかしてドロボーが!?」
「下にオートロックもあるから大丈夫だと思いたいけど……俺が先に入るから2人も慎重にね」
俺の言葉に2人は黙って頷く。
そのままゆっくりと扉を開け、中の様子を伺うも、荒らされた痕跡はみられない。
しかし扉を開ける音に気がついたのか奥の方からドタドタと何者かがこちらに走ってくる音が。
「!? ふたりとも、俺の後ろに!」
「「わかった!」」
2人を俺の背中にやり、襲ってくるであろう何者かに備えるも、その姿を見て肩の力は一気に脱力する。
「おっそ~い!昨日からどこいってたの!?」
「はぁ…………なんだ………よかった」
やってきた何者かは少女の姿をしていた。背は翔子さんと同じかほんの少し小さいくらいで後ろでひとまとめにした黒髪が左右に揺れる。
「なんだってなによ……あれ?そこの2人は?」
「慎也君、この子は一体……?」
少女と優衣佳さんが俺に問いかける。ふたりとも背中の左右から顔だけ出して少女の姿を捉えていた。
「ふたりとも、この子は前坂 紗也。2つ下の俺の妹だよ」
俺の妹―――紗也は俺の後ろにいる2人の顔を交互に見やっていた。
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