072.夏休み旅行~その6~
さっぱり風味
あの後―――
露天風呂でのぼせてしまった宏満さんを介抱し、仁奈さんが居る部屋に投げ込んだ後、智也とも別れ本日夜を過ごす予定である部屋の前で立ち止まっていた。
「…………入りたくないなぁ」
きっとこの中にはいつもの4人が居るのだろう。
自惚れでは無いと思いたいがあの4人が俺に向けている気持ちはわかっているつもりだ。だからこそ、この部屋に入るのはいろいろな意味で精神や身の危険を感じる。
こんなことならいっそ別の場所で寝てしまおうか。リビングにも眠れそうな大きなソファがあったが確実に連れ戻されるだろう。宏満さんや智也の部屋という手もあるが邪魔にしかならないので却下。
俺がうんうん唸っているとふと妙案を思いついた。そうだ、入り口のバスがあるじゃないか!あそこなら鍵もかけられるし最後方の席ならなんとか横にもなれる。
我ながら天才的な発想だと自画自賛し、早速宏満さんにバスの鍵を取りに行こうと歩み始めたところで腕を何者かによって掴まれる。
「部屋の前で唸り続けた後はどこに行くんですか?慎さん」
今まで閉められていた扉に目を向けるとそこには見慣れた部活ジャージ姿の少女…雫が立っていた。いつの間にか扉も開いている。俺が考え事をしている時から開けられていたというのか。
「えっと……お手洗いに……」
「お手洗いは逆方向ですよ?」
「じゃあ……お風呂の後の涼みに……」
「私も暑いのでご一緒します」
「………なんでもないです」
「はい!それでは慎さん、乙女の園にようこそ!!」
扉が開いた時逃げられなかった時点で敗北は確定していたのだ。そのまま俺の後ろに回り込んだ雫に背中を押され、他の3人が待つ部屋へと入室する。
「おかえり~!お風呂長かったね~!」
「おかえりなさい、慎也君。雫さんはもう取ってきたのかしら?」
「これからです!いってきます!!」
優衣佳さんの言葉に反応した雫は俺を置いて部屋を出ていってしまう。
「…ただいま。雫はどうしたの?」
「ええ、さっきまでトランプで遊んでて、負けた人が飲み物を取りに行くルールだったのよ」
優衣佳さんの説明から察するに雫は最下位だったのだろう。そこで飲み物を取りに行くため扉を開けたら俺と鉢合わせしたと。
よかった、マトモなことしてて。
「トランプかぁ、いいね。俺も混ぜてもらっていいかな?」
「もちろん。最下位の人は服を脱ぐルールだったわよね?」
「そんなルール聞いてないよ!?」
そんなルールがあってたまるか!隣の優愛さんなんかワンピースパジャマだから一回で全部失うことになってしまう。
「おねえちゃん……そのルールだと私負けられないんだけど……」
「大丈夫よ、優愛。もし私が負けたら上のTシャツから脱ぐつもりだから危険性は同じよ」
シンプルにTシャツと短パン姿の優衣佳さんがあっけからんと言う。その、たしか優衣佳さんってお風呂上がりに下着は……
「もちろん、この下は何も着けてないから大変なことになってしまうわね」
「だから却下だって!」
俺の心を見透かしたかのように付け加える彼女に俺は思わず後ずさる。すると後ろにいた人物に気が付かず軽く衝突してしまった。
「おっとごめん。ビックリしたよね」
「平気。………それよりも、どう?」
衝突したのは最後の1人、翔子さんだ。彼女は花柄の短パンと、同じ柄のフリルの付いたキャミソールを着て軽く一回転する。するとフリルがふわりと舞い、ほのかな甘い香りが漂ってきた。
「………むぅ、どう?」
「……はっ!ストップ!かわいい!凄く似合ってるよ!!」
俺がそれに見とれていると反応が無いと思った翔子さんはキャミソール胸元の紐を持ち上げようとしたので慌ててその両手を掴んで止めた。
「ん。選んでよかった」
「たっだいま戻りましたぁ!………何してるんです?手を繋いで見つめ合っちゃって」
「!?」
翔子さんが紐から手を話したと同時に雫が勢いよく扉を開いてこちらに目を向け、それに驚いた俺は勢いよくその手を振りほどく。
「お…お帰り、雫。その、手に持ってる飲み物は?」
「あぁ、これですか?ジュースも考えたんですけど夜甘いものは天敵なので炭酸水にしました!!」
その手には炭酸水らしいペットボトルと人数分の紙コップが。雫は机の上で手早くコップに注いでいく。
「むぅ……雫のせいでいいところが台無し……」
「わっ!ちょっと注いでるときは勘弁してくださいよ!それに私が来なくたって危なくなったらどうせ優衣佳先輩らが止めるんですから!!」
翔子さんは雫に向けてポスポスとパンチを繰り出していた。その言葉を受けて優衣佳さんをみると彼女と目が合い、ニッコリと微笑まれる。
「さて、皆が揃ったところで続きでも………あら?」
優衣佳さんにつられて隣を見ると優愛さんが彼女の肩に寄り添って静かに寝息を立てていた。どうりで静かだと思ったら。
「人一倍泳いだりしてはしゃいでいたのね。お疲れ様」
「優衣佳先輩、こっちのベッドに誘導できませんか?そこ私たちのなんですけど……」
雫がベッドの上の荷物を片付けながら困り顔をする。いつの間にか組み合わせが決まっていたようだ。
「誰と誰が寝るか、もう決まってたの?」
「ええ、さっきトランプでね。非常に業腹だけど貴方と翔子さん、私と雫さんで優愛がシングルよ。ほら優愛、起きなさい。移動するわよ」
「む~~………すぅ……」
ダメだ。起きる気配がない。幸いにも優愛さんが寝てるとこもダブルとはいえベッドだし、そのまま寝かしつけようかとしたところで翔子さんに服を引っ張られる。
「ねぇ……運べる?」
「運ぶって、俺が?」
「ん」
翔子さんがジェスチャーで答える。お姫様抱っこで運べということか。優衣佳さんを見るとうなずいている……仕方ない。
「じゃあ持ち上げるから、優衣佳さん手伝ってもらえる?」
「もちろん。お願いするわ」
「それじゃあいくね……せーのっ!」
意識を失っている人は重いと聞くがそんなこともなく、スムーズに持ち上げることができた。そのまま慎重に運んでいくと優愛さんが意識を取り戻したのかモゾモゾとしだす。
「ん……いい匂い……」
「まって!ここで暴れないで!」
「ん~~…もっと……」
「ちょっ!優愛さん!?」
「優愛!!」
寝言だったのだろうか。優愛さんは俺の首元にどんどん顔を近づけていき、最終的には服を思い切り引っ張られた。そんな予想もしない出来事に遭遇した俺は彼女を支えることができなくなり、2人揃ってベッドに倒れ込んでしまう。
「3人とも……ヘルプ……」
「ん~~………はふぅ………」
倒れたまま俺を抱き枕にする優愛さん。
そこから3人による救助が完了するまで10分ほど時間を要した……
「ありがと…助かったよ」
「慎さんも抱き枕にされて大変でしたね……あっ!私のことなら遠慮せず抱き枕にしてもいいんですよ!?」
「………優衣佳さん、翔子さん、助かったよ」
「慎さ~ん!私は~!?」
雫が俺のことを揺さぶってくる。スルーだスルー。
「優愛にも困ったものね……何もなくてよかったわ」
「……協定違反」
何が協定なのだろうか。…あ、昼のプールの時の?
「さて、気を取り直してトランプ再開かしら?」
「優衣佳、ごめん。私ももう限界……」
片手を上げる翔子さんももう眠たげだ。見ると普段寝るのよりも少し早い時間。みんな動き回ったし、早めに寝てしまうのもいいだろう。
「みんな疲れ切ってるだろうし、ここらへんにしておかない?」
「……慎也君の言う通りね。雫さんごめんなさい。持ってきてもらった飲み物意味がなかったわ」
「いえいえ!これらは片付けておきますね!」
雫は部屋に備え付けられていた空っぽの冷蔵庫にペットボトルをしまい込む。それと同時にルームライトを消し、ナイトランプが部屋を淡く照らされる。
「……慎也くんは、こっち」
眠たげな翔子さんがこちらに手招きしている…………行かなければならないか。
「それじゃあ、お邪魔します」
「ん、いらっしゃい」
彼女がいる場所とは逆側からベッドに入り、落ちるか落ちないかの瀬戸際のところで横になる。すると案の定というべきか、彼女が俺の背中に抱き付いてきた。
「翔子さん、ダブルベットって広いんだしさ、もっと有意義に使わない?」
「やだ……慎也くんの匂いが、無い」
そう言いながら背中に顔を埋める翔子さん。このTシャツは新品だし、匂いも薄いと思うけれど。
「むぅ、匂いが無い。なんで?」
「今着てるこれ、新品だからじゃないか………うわっ!」
俺が疑問に答えたのも束の間、彼女は俺を力づくで仰向けにさせ飛び込んでくる。すると必然的に彼女が俺に馬乗りになるという格好となった。
「匂いがないなら……こうやって寝る」
翔子さんは馬乗りのまま身体を俺に預け、胸元に顔を埋めてしまう。ルームライトに照らされた彼女の顔は幸せそうだ。
「会長さん!それずるくないですか!私も!!」
「雫、今日の勝者は私。邪魔をするのはルール違反」
「くぅぅぅぅ!優衣佳先輩!どうにかなりませんか!?」
「無理ね。慎也くんが拒否しなかったら、だけど」
2人の顔が一斉にこちらに向く。
「いやぁ……これくらいなら、まぁ…」
「慎さぁん……」
2人が一斉にため息をついた。これくらいなら許容範囲内だと思うのは俺のガードが緩まったのだろうか。翔子さんにはあの2人のような凶悪な物が無く俺の理性も比較的持つから…だと思う。
「ほら、雫さん。手出しできない以上私たちも寝ましょう?今度は私たちがアレをやればいいのよ」
「はぁい……慎さん、私たちのベッドに来るのはルール違反じゃないですからね!!」
……寝ぼけて絶対に行かないようにしないと。2人が俺の上に乗られた日には俺もどうなるかわからない。
「それじゃあ、お休みなさい」
「はい!お二人ともおやすみです!」
「うん。みんな、おやすみ」
俺はなんとか動かせた腕を使いルームライトを消灯する。
部屋が真っ暗になったところで俺の意識もだんだんと遠くなり、翔子さんを上に抱いたまま眠ってしまった。




