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063.優愛とのデート~前編~

「ただいま」


 いつもどおり自宅への扉をくぐり、癖になった挨拶をする。


「お、おかえりなさい」

「あれ?」


 いつもは返ってこないはずの返事が返ってきた。少し不思議に思ったもののすぐにその思いは霧散する。

 優愛さんだ。彼女がいつの間にか意識を取り戻して玄関まで出迎えてくれていた。


「ただいま、待たせちゃったね」

「ううん。それよりお姉ちゃんは大丈夫だった?」


 そう聞かれて先程のことを思い出す。あれから俺はしばらくその場を動けずにいた。触れるだけの……キスだったのだろうか、彼女が意図してやった行動だったのだろうか。そう考えるも考えが堂々巡りして頭が混乱する。


「……慎也くん?」

「……あっ、うん。問題なかったよ。前回と同じく怖がっていたけど」

「そうなんだぁ。私が動けなかったばっかりに助けてくれてくれてありがとね」


 そう言って彼女はリビングに戻っていく。俺も慌ててその後姿を追いかけていった。


「そういえば今日どこかに行くって話だったけど、どこか行きたい場所とかあるの?」

「う~ん……改めて聞かれると思いつかないねっ……えへへ……慎也くんと一緒ならどこでもいいんだけどなぁ……あっ!コレなんてどう!?」


 彼女はザッピングしていた手を止め、テレビを指差す。

 その先にはつい先日公開されたばかりの映画のCMが。なるほど、映画か。


「いいと思うよ。俺もこの映画気になってたし…今からいけばちょうど開店の時間には着くかな」

「うんっ!ここから映画館となると…やっぱり街になっちゃうかな?」

「前に行ったモールにもあるけれど今回は街にしようか。そっちのほうが近いしね」


「は~い!それじゃあ私あれにも行ってみたい!ケーキバイキング!!」

「なるほどケーキバイキングかぁ……いい案だけど、食べすぎて太らないようにね」


 俺が冗談交じりに答えると彼女は頬を膨らませてこちらに顔を近づけてくる。


「む~!慎也くんまでお姉ちゃんとおんなじこと言う~!!」

「ごめんごめん。俺は優愛さんの食べてる姿いいと思うよ。凄く幸せそうで」

「そう…?えへへ…… それじゃっ、早く行こうか!遊べる時間が少なくなっちゃう!!」

「りょーかい。それじゃ、今日はよろしくね」


 優衣佳さんのことはまた後で考えればいいだろう、まずはこれからのことだ。

 俺は戸締まりをして家を出る。その手には優愛さんの手がつながれていた。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「ほんっっっっとうにごめんなさい!!」


 街中、開店直後の映画館で人の少ない中目当ての映画を見ることができた俺たちは少し遅めの昼食となり、優愛さんイチオシのケーキバイキングに来ていた。

 テーブルにケーキがずらりと並ぶ中優愛さんが頭を下げてくる。


「しょうがないよ。だって優愛さん、昨日ほとんど寝てなかったんでしょ?」


 そう、優愛さんは映画館で照明が落とされた瞬間眠りへの道を歩みだしたのだ。俺はそれに彼女の頭が肩に触れることに気付き、何度か揺すったものの目覚めることはない。そのまま時が過ぎ、映画の終了後照明が上がると同時に彼女の眠りからの旅は終わりを告げた。


「えっ……慎也くん、私が寝てないこと気づいてたの?」

「メッセージのタイムスタンプを見ればそりゃあね……」


 昨夜のメッセージは明け方まで続いていた。あれで寝たと言えるほうが不思議だろう。


「スマホ見てなかった俺が悪い部分もあるし、優愛さんのせいじゃないよ」

「慎也くん……でも、慎也君と一緒に映画の感想とか語り合いたかったよ~~!!」


 彼女は泣きながら器用にケーキを食べていく。俺も自分用にと頼んだパスタに手を付けはじめる。


「それなら…また一緒に映画見に来ようよ」

「えっ…でもそれだと、慎也くん2回も見ることになっちゃう……」


「いいよそのくらい。さっきの映画に結構衝撃的な展開があったし、その時の優愛さんの顔を間近で見ていたいからさ。」

「それは……私でもはずかしいかなぁ……」


 だんだんとケーキを食べるスピードが落ちていく優愛さん。その頬は少し赤みを帯びていた。


「……なんで慎也くんはそんなに優しいの?」

「えっ?そうかな?」


 俺はいつもどおりしてるだけで特に自覚は無いけど。


「そうだよ!初めてあった日から私のこと助けてくれたし…学校でずっと一緒に居ても邪険にしないし……」

「それは………ごめん、俺も少し打算があったんだ」

「打算?」


 あの日の事を思い出す。俺が優愛さんと出会い、モモを助けた日、俺にはほんの少しの小さな打算があった。


「初めて優愛さんを見た時、凄く綺麗な人だなって思ったんだ」

「綺麗……」

「それで、ちょっとくらいお近づきになりたいなっていう…今思えば恥ずかしい打算だよ」

「そっか……打算かぁ……」


 彼女は手にしていたフォークを置き、俺と目線が交差する。


「慎也くん」

「は、はいっ!」

「打算でも、私にとっては凄く嬉しかったよ。あの日からお姉ちゃんとも仲良くなれたし、慎也くんとも出会えたしね!なので私にとってそれは打算ではなく献身なのです!」


 満面の笑みで彼女は言う。打算ではなく、献身。


「献身……それでいいの?」

「うんっ!その打算にやられた私が言うんだからいいんですっ!それに、私のほうがよっぽど打算的だし……」

「そうなの?どこが?」


 優愛さんが打算的なんてまったく見えないけれど…


「それは……ヒミツ! ほら、もう制限時間ギリギリだしお店でちゃお!」


 時間をみるといつの間にそんなに経っていたのか、制限時間ちかくまで時が進んでいた。そして優愛さんの席近くには山積みになったケーキの皿が……もはや数えるのも馬鹿らしくなってくるほどに。


「わかった。あ、あともう一つ。あの日優愛さんに思ってた事があったんだ」


 優愛さんが席を経ったところでふと、言うならここしかないと思っていたことを口にする。


「私に?どうしたの?」

「えっと……ごめん。怒らない?」

「そう言われると気になっちゃうな~。 怒らないから言ってみてっ!」

「えっと……ごめん。ずっと年下かと思ってた……2つ下か、最悪でも1個下って……」


 その言葉を聞いた優愛さんが目を丸くする。しかしそれも一瞬のこと。すぐに彼女はクスッと笑って俺の腕に抱きついてきた。


「ひっど~い!それって私のことそんなに幼く見えたってこと~!?」

「えっとそれは………はい……」

「へ~。そうなんだ~。 私傷ついちゃったな~…打算で年下の子に近づいてくる人に私はやられちゃったんだな~」

「それはあくまで結果論であって…!その……ごめん」


 俺がいたたまれなくなっていると彼女はギュッと腕へ抱きついている力を強めた。


「ふふっ、ごめんね。冗談だよ。ほら、店員さん待ってくれてるし会計しちゃお!」

「あっ、うん!」


 俺たちは腕を組みながら待ってくれている店員さんのもとへ向かった。




「それじゃあ、これから考えてなかったけど何かしたいことでもある?」


 店を出た俺たちは街道端のベンチに腰掛け、優愛さんに問いかける。


「ん~っと………そうだ!私あそこ行きたい!慎也くんの家!!」

「俺の家……?さっきまで居たよね?」


 あまりに予想していなかった答えに俺は首をかしげてしまう。


「それが……さっきまではよかったんだけどまた眠くなっちゃって…休ませてもらえないかな~って……えへへ、やっぱり夜はちゃんと寝ないとダメだね!」

「あぁ、そっか……優愛さんがいいのなら、いいけれど…」

「ありがと。それじゃあ一緒に帰ろっか!」


 睡眠不足のことを出されると原因を作った俺は弱い。今日は一日一緒だって約束だったしね。


「きゃあ!」 

「へ?」


 俺たちは今まで来た道を引き返そうとベンチに置いていたカバンを手にとったところで脚に何かが当たる感触を覚えた。

 足元を見ると目の前に女の子が倒れており、履いているチノパンにはソフトクリームがベッタリと張り付いている。


「あなた!大丈夫!?」


 真っ先に動いたのは優愛さんだった。彼女は俺の横から女の子のもとへ足早に移動してゆっくりとその体を起こす。

 小学校低学年…それとも園児だろうか。そのくらいの女の子が起こされ、今にも泣きそうなところをこらえている。


「うう………グスッ」

「うん、泣かなかったね。えらいよ。」


 そう言って女の子の頭を優しく撫でる優愛さん。女の子もだんだんと目から涙が消えていっていた。


「ふぅ……慎也くんも大丈夫?脚、汚れちゃったね……」

「これくらい大したこと無いよ。帰って洗えばいいだけ」

「のぞみ!」


 突然雑踏からそんな大声が聞こえた。みると女の子の母親と思しき女性がこちらに走って向かってくる。


「ママぁ!」

「あぁ!のぞみ!ダメじゃない走って行っちゃ!」

「……ごめんなさい」

「貴方方も、ごめんなさい。のぞみが迷惑かけて……あら、その脚……のぞみ、ソフトクリームはどうしたの?」


 母親も俺に付着したソフトクリームに気がついたようだ。問いかけられたのぞみちゃんは顔を下に伏せている。


「これは………お……お兄ちゃんが……いきなり飛び出して来て……のぞみにぶつかって……」

「!?」


 予想だにしていなかった答えに俺は目が丸くなる。俺は終始ベンチに座っていて飛び出しようがなかったはず。事実無根だ。


 その答えを訂正して真実を告げようと思ったが、見るとのぞみちゃんの手が震えている。きっとこの母親は厳しい人なのだろう。真実を告げたらのぞみちゃんは確実に怒られる。それが怖くて嘘をついたのか……仕方ない。ここは泥を被ろう。


「本当なのですか?」

「………はい。本当―――」

「慎也くん、ちょっと待って」


 俺が肯定しようとした時優愛さんによって遮られる。

 そんな彼女は俺に軽く微笑んでから膝を曲げ、のぞみちゃんと目線を合わせる。


「のぞみちゃん」

「………」

「のぞみちゃん、嘘はダメだよ。嘘を付いたらお天道様に怒られちゃう。ほら、お姉ちゃんも一緒に謝るから、一緒に謝ろ?」

「………うん」


 のぞみちゃんは少し逡巡していたが優愛さんの笑顔を見て、ゆっくりと頷いた。


 それから話はスムーズに進んだ。のぞみちゃんは先程起こったことを正確に伝え、母親はそんなのぞみちゃんを優しく諭した。

 俺の脚に付いたソフトクリームだが近くにあった公園で洗い流し、母親がクリーニング代を出すと言っていたが俺と優愛さんで丁重にお断りした。


 ソフトクリームを洗いきったのを確認した親子は雑踏に消え、公園に俺と優愛さんだけが残される。


「……優愛さん、よかったの?俺が泥をかぶることもできたのに」


 あの時俺がのぞみちゃんの言葉を認めただけで話はスムーズに進んだはずだ。けれど彼女はのぞみちゃんを優しく叱った。


「慎也くんはわかってないなぁ……こどもは思っている以上に純粋で、同時に打算的なんだよ。それこそ慎也くん以上にね」

「だから俺はのぞみちゃんの嘘を……」


 俺がそこまで言ったところで彼女の人差し指によって言葉に詰まる。


「こどもは純粋だから、嘘をついて認めちゃったらどうにかなるって思っちゃう。これからも嘘をつき続けて成長していっちゃう。見方によっては突き放すように見えるかもだけど、ちゃんと嘘は訂正しないとその子の為にならない………な~んて、まだまだこどもの私が言うのもおかしいんだけどね」


 彼女はテヘヘと頭をかく。打算的、ね……


「ほら、それも早く洗濯しないとだし、早く帰っちゃお!」


 優愛さんは俺の手を引き、ともに家への道を引き返していった。

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