062.深夜のメッセージ
「おはようございます先輩方!………優衣佳先輩、なんだか朝から疲れ切ってません?」
早朝7時、突然やってきた訪問者である優衣佳さんと優愛さんを雫が玄関で迎え入れる。
「お……おはよう。気にしないで頂戴、ちょっと怖い思いをしてきただけだから……」
「? はぁ……」
介抱を受ける優衣佳さん。きっとエレベーターからここに来るまで高所恐怖症と戦っていたのだろう。
「おはよう二人とも。2人の分のコーヒー淹れてあるから一緒にどうかな?」
「おはよう慎也くん!コーヒーも、是非飲ませてもらうね!!」
うん。優愛さんは朝から元気だ。見ているこっちも元気が出てくる。
「ん、おはよ。ふたりとも」
4人でリビングに戻るとそこには翔子さんが1人テーブルに向かってコーヒー片手に新聞を読んでおり、そんな彼女の隣に腰を下ろした。なんだかこれだと少女というより……
「おはよう翔子ちゃん!コーヒーに新聞ってなんだかお父さんみたいだね!」
「!?」
「優愛さん!?」
俺が気づいても言わなかったことを!
翔子さんはそのままそっと新聞紙を折りたたみ、テーブルに突っ伏してしまった。
「あ~!ごめん翔子ちゃん!!」
「うぅ~……優愛のバカ……」
机に突っ伏した翔子さんはそのまま90度回転して俺の膝を枕にする。
「ここで俺に来るの!?」
「………約得」
絶対落ち込んでなんか無いでしょ……
「まったく、会長さんは打たれ弱いんですから……あ、お二人のコーヒーはそこに置いてありますのでどうぞ。私はソファでテレビ見てますんで」
「あら、ありがたく頂くわね」
「いただきま~す!」
打たれ弱いのは雫もだろうに……いや、雫はアクシデントに弱いのかな?
優衣佳さんと優愛さんは俺たちの向かいに座りコーヒーを啜り一つため息をつく。
「あれ…このコーヒー、いつも朝飲んでるのと同じ……」
「あら、優愛も分かるのね。前に2人で買いに行ったものよ」
2人に淹れたのはあの時買いに行ったブラックマウンテンだ。いつの間にか朝は苦めの豆を挽くのが日課となっている。
「そうなんだぁ!これが私が泣きながら待った時に買いに行った……」
「あの時は心配かけたね、優愛さん」
それを言われると俺も弱い。
「ううん、冗談だよ!それよりごめんね。突然来ちゃって」
「ああいや、そういえばどうしてこんな朝早くから?」
それが不思議だった。普段来る時2人は絶対に連絡を入れてくるのに……ん、連絡?最後にスマホ見たのっていつだっけ……
俺が尋ねると優愛さんは言い出しにくそうに目線を動かしていた。
「それは……その……」
「優愛が昨日からずっとメッセージ送ってるのに既読も一つも付かないって泣き出して家まで様子見に行こうってなったのよ」
優愛さんの代わりに優衣佳さんが説明してくれる。そうだった、昨日やり残した事があった気がしたけど思い出した!
昨夜あたりからスマホをバッグに入れてそのままだったんだ。
「な!?お姉ちゃんだってその話聞いた時事故にでも遭ったんじゃって半パニックになってたじゃん!」
「それは…優愛が泣きながら私の部屋に来るからじゃない!!」
2人はコーヒーを飲みながらいつもの姉妹喧嘩を始める。あの、喧嘩を始めてからお茶請けに置いてるチョコの消費速度が早くなってるのですが……
今更ながらスマホを取りに行きたいが、翔子さんが膝に居て移動することも出来ないしどうしようかと考えているとそっと雫が俺の隣に近づいてきた。
「はい、慎さん」
「これは…ちょうどよかったよ。ありがとう」
雫の手には俺のカバンが握られていた。これで昨夜の確認ができる。
「いえ、慎さんを支えるのは永久マネージャーの私の役目ですから」
「永久マネージャーかどうかはともかく…助かったよ」
そう言ってソファへ戻っていく雫を尻目にスマホの画面を点灯させる。そこには優愛さんからのいくつもの通知があった……多すぎて見たくない。
でも把握しないことには話が進まないしな………
しばらく2人の喧嘩の様子を眺めていたが意を決してスマホのロックを解除してアプリを立ち上げた。
『この写真見てみて~!お婆ちゃんが用意してくれたお寿司!美味しそうでしょ!!』
『これも!お姉ちゃん頬にご飯つけて気づいてないんだよ~!』
昨日のお寿司は楽しかったようだ。その時の写真がスタンプ付きでいくつか送られてくる。
『まだちょっと忙しいのかな?私たちは家に帰るね! そうだ!明日慎也くんの家に行ってもいいかな!?今日約束したお願いを聞いてほしいな~って!』
『家にとうちゃ~く!また暇な時になったら連絡頂戴ね!!』
だんだんと返信しないことを不審に思ったのか俺を心配する節々が…
『ねぇ、慎也くん、起きてるかな? それともブロックしちゃった? 私なにかしちゃったかな……』
『それとも事故にでもあったりした!?慎也くん大丈夫!?』
そこから数時間おきに俺を心配するメッセージがいくつも届いていた。
何度か画面をスライドさせ最近のメッセージを確認する。
『迷惑だと思うけどこれから慎也くんの家に行くねっ!迷惑だったらごめんね!!』
『ダメだったら私のこと突き返してもいいからっ!行ってきます!!』
そこでメッセージは終わっている。最後の方なんかスタンプも絵文字もほとんど無くなっていた。
タイムスタンプを確認するとこれ、優愛さん寝てないんじゃ……?
「ねぇ、優愛さん」
「それを言うならあの日お姉ちゃんは………どうしたの?慎也くん」
今まで繰り広げられていた喧嘩が中断され、こちらを向く2人。
「メッセージ確認したよ。ずっと心配掛けたようでごめん」
「あっ………あぁぁぁぁぁ……見ちゃったんだぁ……恥ずかしい……」
何を恥ずかしがることがあるのだろう。
「言い訳になっちゃうけど昨日疲れててスマホをカバンから出しそこねちゃったんだ……ってどうしたの?」
俺が言い終わる頃には彼女は優衣佳さんの腰に抱きついていた。
「……この子は心配の空回りをした事が恥ずかしいみたいよ。何度もメッセージ送ってバカみたいってね」
「……うん」
俺は膝の上でいつの間にか眠ってしまっている翔子さんをそのままに立ち上がり、優愛さんの横まで移動する。
「優愛さん、俺は嬉しかったよ。こんなに心配してくれる人が居るんだって、嬉しかった」
「………ほんとぉ?」
「うん。心配かけてごめんね」
「慎也くん~~~……」
優衣佳さんの腰に回していた手を開放した彼女はそのまま俺の腰に手を回す。今回は仕方ないと、その頭を撫でながら落ち着かせていく。
「それで、メッセージで言ってた俺へのお願いって何のことかな?」
「うん……今日一緒に遊びに行きたいって思って……」
なんだ、そんなことか。
「もちろんいいよ。今日どこかに行こうか」
「ほんと?ありがとぉ~~」
俺に回している力が段々と強くなっていく。昨夜、寝汗酷くなかったかな……?
「よかったわね、優愛。 それから…朝早くからなんでこの2人が居るのかしら?」
「う゛っ……」
優衣佳さんの両の目が俺の瞳を捉える。
「それは……昨日なんやかんやあってウチに2人が来たはいいんだけど豪雨で帰れなくなって……その、泊めました」
ここは素直に白状するのがマシだ。何かあったわけでもないし。タブン
「なるほど。たしかに昨日の雨は凄かったわね……事故も何もなくてよかったわね、優愛」
「うん……」
「あれ?それだけ?」
もっと追求されるかと思ったが何もなくてつい聞き返してしまう。
「あら、もっと問い詰めてほしかったのかしら?」
「いやいや!」
「冗談よ、なにかあれば空気でわかるもの。それじゃ、私は今日何しようかしら……?」
「あれ?一緒に遊びに行くんじゃ……グゥッ!」
優衣佳さんの言葉に不思議そうにすると俺の腰に手を回していた優愛さんの力がこもりお腹が強く絞まる。
「むぅ~~!!」
「ゆ、優愛さん……?」
優愛さんが俺を見上げて頬を膨らまして抗議してくる。……なんだかリスみたいだな。
「……優愛は貴方と2人でどこか行きたいそうよ。私は前に一緒してもらったし今回は譲るつもりよ」
「あぁ、そういう……」
「なら優衣佳先輩、こういうのはどうです!?」
俺が優衣佳さんの解説に納得すると雫がバタバタと走ってきて何かを掲げてきた。
「あら、それはなにかしら?」
「えぇ!これは慎さんのアルバムたちです!部屋にいっぱいあったので今日は私たちと一緒にコレを鑑賞しませんか!?」
「ちょ!雫!また俺の部屋に勝手に……! ……優衣佳さん?」
雫に抗議しようとするも俺の肩が優衣佳さんによって掴まれる。
「たしか……私にもお願いする権利があったわよね?」
「あっ……それは……」
たしかに昨日心配かけたのは2人だ。優衣佳さんにもその権利はある。
「ふふっ。それじゃあ私のお願いは、慎也君のアルバムをしばらく貸してもらおうかしら?」
「……ちょっとだけだよ」
「えぇ。ちょっとだけお借りするわ。…………やった」
優衣佳さんが珍しくガッツポーズをする。彼女らなら悪用することもないだろうし、別にいいか。
「それじゃ、ここは2人に任せて私たちは帰りましょうか」
「私たちって、私も入ってるんです?」
「もちろんよ、雫さん。アルバムを運んでもらわないと」
「……今日のところは優愛先輩に譲りますか。会長さんもそれでいいです?」
と、雫が向けた先には体を起こした翔子さんが。いつの間に起きていたのだろう。
「ん。私も優衣佳についてく」
「決まりね。それじゃあ私たちは帰るわ。優愛をよろしくね」
「あ!ならせめてエレベーターまで!!」
優衣佳さんに託された時に思いだした。彼女はたしかエレベーターまで行くにも高所恐怖症でままならなかったはずだ。優愛さんが補助していかないと。
「ほら優愛さん、優衣佳さん帰るって。………優愛さん?」
「はふぅ………………」
そういえばずっと優愛さんの頭を撫で続けっぱなしだった。優愛さんがとろけきっている。
「その掌は魔性ね……優愛も動けないみたいだし、慎也君、エスコートお願いできるかしら?」
「うん……任せて…」
俺はとろけきっている優愛さんをソファに寝かせてアルバムの選定をする。卒業アルバム以外ならかさばらないし問題ないだろう。適当に手提げ袋に詰めていった。
「3人共準備は……大丈夫そうだね」
俺がアルバムの選定を終えて玄関に行った時には翔子さんと雫は既に制服姿に戻っていた。
「それじゃあ翔子さんと雫は先にエレベーター前で待っておいて。俺は優衣佳さんを連れて行くから」
「わかりました! でも、連れて行くってなんなんです?」
雫から当然の疑問が。優衣佳さんに話していいか目で確認するとうなずいて答えてくれた。
「優衣佳さんはちょっと高所恐怖症みたいでね。エレベーターまでの道のりをほんの少しだけ手伝うんだ」
「なるほど……優衣佳も苦労してる」
「それじゃあ私たちは先行ってるんで、慎さん、よろしくおねがいしますね!」
2人はその言葉に納得してくれたようで素直にエレベーターへ向かっていった。
「……それじゃあ、俺たちも行こうか」
「えっ……えぇ……」
彼女は俺の手を取りゆっくり扉をくぐる。外は昨日とうってかわって快晴だった。さんさんと太陽の光が降り注ぐが少し風が強い。風程度で揺らぐようなマンションではないが高所ゆえに油断すれば人がよろけるくらいの風速はあるだろう。
「ちょっと風が強いかな。行きはよく来れたね」
「行きはここまで強くなかったのよ……あっ、ちょっと慣れてきたわ……外さえ見なければだけど…」
そういう彼女の顔は常に壁を向いている。俺は目を逸したまま移動できるように後ろ歩きで手を引く係だ。一歩一歩はとても小さいものの少しづつエレベーターまで近づいていく。
そうして少しづつゴールまで近づいていくが事件は道のりが半分を超えた辺りで起きた。
「これなら問題なく着けそうだね」
「よかったわ……この調子なら――――きゃっ!!」
この調子ならいける―――そんな2人の油断が事件を起こした。不意に優衣佳さんの背後から突風が襲い、彼女を数歩前に押し出していく。
俺も油断をしていた。そんな押し出された動きについていけず彼女を抱きかかえたまま倒れ込んでしまった。
まったく経緯を知らぬ者が見たら女が男を押し倒したと思われるだろう。反射で顔と床との接触は避けられたが彼女は俺に体を完全に預けてお互いの顔の距離は数センチほど。お互いに目を見開いたまま顔を合わせて固まってしまう。
「あっ……これは……違くて……」
「うん……わかってる……俺も受け止められなくてごめん」
「いえ、それは……でも……」
「…? ……優衣佳さん?」
彼女も焦ったのは一瞬ですぐ事態を把握したはずだった。けれど何か迷い始めたようでしばらく逡巡している。俺は動くことができず暫くその様子を伺う。
「その………ごめんね」
その行動は一瞬だった。
一瞬で行動に移し、その後勢いよく体を起こして1人で残り半分の道のりを走り去っていく。
俺はその後姿を見送ることしか出来なかった。
自分の手で自分の唇を触れる。
本当に触れるだけだった、触れるだけの彼女の唇の感触を思い出しながら。
いつも評価ありがとうございます……(泣




