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064.優愛とのデート~後編~

「ただいま~!」

「ただいま」


 時刻はまだ未ノ刻。俺たちは朝飛び出した家に再び舞い戻っていた。誰も居ない家に2人の挨拶が響き渡る。


「って、私はお邪魔する立場なのにただいまって変かな?」

「ううん、一緒に出て一緒に帰って来たんだしおかしくないと思うよ」

「そっか、そうだよね!…さて!慎也くんのお部屋はどこかな~?」


 優愛さんはそう言いながら迷うこと無く俺の部屋の扉まで進み、その扉を開ける。


「どこかなって言いながら場所わかってるよね。優愛さん」

「えへへ……朝慎也くんが入ってくの見えてたから!それじゃ、おじゃましま~す!」


 俺の表情を見て問題ないと察したのか部屋へ入っていく優愛さん。俺もその後を追う……ことはせずに一旦キッチンに寄って飲み物を準備してから自室へと向かう。



「おまたせ。コーヒー入れるには時間掛かるから冷たいお茶にしたけどよかった?」

「あ、全然いいよ~!ありがと!」


 本棚を物色していた優愛さんは俺に向き直りお盆ごと受け取って机の上に置いてからお茶を飲み始めた。


「んくっ……んく……はぁ。コーヒーもいいけど、こう冷たいお茶もいいよねぇ」

「もう6月だしね。どんどん暑くなってくるよ……」


 お茶を一気に飲み干した彼女はベッドに腰掛ける。俺は椅子に座ろうとしたが彼女の手招きによって隣に座ることにした。


「暑い夏かぁ…もう今から鬱になっちゃうよ~ ねぇ慎也くん、夏休みに入ったらさ、どうするの?」

「どうするって……どういうこと?」

「慎也くんのご家族って海外にいるんでしょ?だから夏休みを利用して遊びに行ったりするのかな~って……」


 そうか。今年は部活もないから時間も取れるのか。バイトでも入れない限り一ヶ月もある夏休みの殆どが暇になるだろう。

 空いた時間を利用して家族に会いに行くのもいいのかもしれない。


「……慎也くん?」

「あぁごめん、ちょっとボーッとしてた。夏休みかぁ…家族に会いに行くって今まで考えてなかったからなぁ……」

「そうなの?てっきりもう計画してると思ってたよ」


 とんでもない。今まで行くという考えすら頭になかった。


「たしかに海外はいいかもね。そのためには色々準備しないとなぁ……パスポートとか」

「いいね!海外旅行!……そういえばパスポートってどうやって取るんだろう?」


 優愛さんがスマホでパスポートの取得方法を検索する。

 最初からついていく気が無くパスポートすら準備してなかった。たしか発行するのにお金もいくらか必要なんだっけ?

 そんなことを考えると隣から「あっ!」と声が上がった。


「どうしたの?」

「慎也くん、これ見て……ここ。20歳未満が申請する時の条件……」


 彼女のスマホを見るため画面に近づく。その際優愛さんとの距離が必然的に近づいていき、ふわりと髪のものか優愛さん本来のものか、仄かな甘い香りが俺の鼻孔をくすぐった。

 そんな香りを堪能したくなったが鉄の意志で目の前の画面に集中する。


「えっと……20歳未満は親権者又は後見人が……署名………」

「うん……慎也くん、これクリアできる?」

「………ムリ………」

「あはは…だよね………」


 その肝心の保護者が海外に行ってちゃ話にならない。

 俺が海外に行く計画は早くも頓挫してしまった。


「まぁ、まだ海外に行ってから半年と経ってないしね。夏休みはこっちでもっと一人暮らしのスキルを磨くことにするよ」

「うん……うん!それがいいよ!それに、私から提案しておいてなんだけど海外に行ってほしくなかったからさ…ちょっとホッとしてる」

「そうなの?」


 声のトーンがだんだんと小さくなっている言葉に俺は問いかける。


「ほら、海外には私も行くことができないし、それに魅力的な女性がいっぱいいるから心配……って、何言ってるんだろ私!ごめんね、忘れて!」


 優愛さんは自分の手をうちわにして顔を仰ぐ。いつもと違う、焦っている様子を目にした俺は無意識的に彼女の膝に手を置いていた。


「ひゃっ……慎也くん?」

「たとえパスポート取れたとしても優愛さんや優衣佳さん、それにみんなも一緒にいくつもりだったよ。もし1人だけだったら……俺もつまらないからいかないや」

「それって……私もついていっていいの?」


 そう。たとえ海外旅行行くにしてもそれは皆が一緒でようやく成り立つものだ。俺一人で行くなんて考えられない。


「もちろん。だから優愛さんも、行く時にはパスポートを取っておいてね」

「うん……ありがとう。慎也くん」


 そうなるとまた夏休みの予定を考えないとな。兼島さんの件に花火は確定として、何かバイトを始めてもいいかもしれない。


 そう、夏休みの予定に意識を逸した瞬間だった。俺の視線は大きく動き、気づけば天井が視界いっぱいに広がっていた。


「………あれ?」

「うぅぅぅ………」


 上半身ごとごと隣に視線を移すと優愛さんも俺と同様ベッドに上半身を倒していた。しかしその顔は俺の位置からは髪に隠れて絶妙に見えない。しかし妙な唸り声が俺の心をざわつかせた。


「優愛……さん…?」

「ううぅぅうぅぅ……!」


 彼女の唸り声が大きくなったと同時に俺の体が強く引っ張られた。突然の行動に抵抗することができず、そのまま彼女の胸元に俺の頭はダイブしてしまう。


「………いんだよ?」

「へ…? 今なんて……」

「慎也くんが……悪いんだよ? 私をこんなにキュンキュンさせるんだから………!」


 優愛さんは力いっぱいに俺の頭を強く抱きしめ、後頭部に顔をうずめていく。

 俺も先程スマホを除いた時に漂ってきた香りが顔いっぱいに包まれて正常な思考ができなくなってしまう。


「慎也くん慎也くん慎也くん慎也くん!!どうしてそんなに私の言ってほしいことを言ってくれるの!?どうして私の心を癒やしてくれるの!?どうしてこんなにいい匂いなの!?」


 彼女は俺の脚を起用に絡ませ、かろうじてベッドの側面に座っていたといえる状態から2人揃って完全にベッドに寝転んでしまう。

 そのままどんどんと抱きしめる力を強めていく。


「ゆあ……さっ……」

「あああぁぁあぁぁ!慎也くんはどうして慎也くんなの!?」


 そんな物語のセリフみたいなことを言われても支離滅裂でさっぱりわからない。

 そう思っているとふと俺を抱きしめていた力が弱まり完全に無くなった。ようやく正気に戻ったか、とも考えたがどうやら違うようだ。

 彼女は絡ませていた脚をほどいて馬乗りし、両手を俺の顔近くに置いてこちらを見下ろしてくる。


「えっと……これはマズイんじゃないかな……?」

「もうだめ……もう我慢出来ない……慎也くんのせいだからね……」


 段々と近づいていく俺と優愛さんの顔の距離。お互いの唇が触れ合うか―――そう思った時、彼女の腕の力が一気に抜け俺の胸元にその頭が落ちていった。


「あれ……?なんともない? 優愛さん?」

「すぅ………すぅ………」


 俺の胸元に落下した彼女は規則正しい寝息をたてながら意識を眠らせていた。

 映画館で寝たといっても徹夜は徹夜。その反動が今一気に来たのだろう。俺はその身体をゆっくりとベッドに移し脱出しようと企む。


「んん……いっちゃいやぁ……」


 本当に眠っているのだろうか。彼女は眠りながら脚を絡ませ、俺の腕を両手で掴んで逃げられないようにする。


「これは……出られそうにないな」


 掴んでいる力はそこまで強くないが外そうとすると何度も掴み直して逃してくれない。

 俺も彼女の眠気に誘われたのか段々と眠くなってきた。


「あぁ…これはダメだ。眠い………俺も寝よう…」


 無防備に眠っている優愛さんの顔を覗きながら、俺もその意識を闇へ落としていった。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――





「ん……んん……いま何時……?」


 目が覚めた時、窓から真っ赤な夕日が室内を赤く照らしていた。


「……!?……なんで…ゆ……あぁ、そういえば……」


 段々と意識を覚醒していくと隣で優愛さんが眠っていることに気付きパニックになりかけるも直ぐ寝る前の状況を思い出して冷静になる。

 彼女はまだぐっすりと眠っていた。しかしいつの間にか腕と脚の拘束は解かれていたようで起こさないように慎重になりながらゆっくりとベッドから脱出する。


 そんな時、俺のポケットに入れていたスマホが小刻みに振動する。電話か、相手は……優衣佳さんだ。


『はい、もしもし』

『もしもし。慎也くん?今大丈夫かしら?』

『うん。どうしたの?』

『えぇ。今朝借りたアルバムを返しに行こうと思うんだけど…いいかしら?』

『もちろんいいよ。今から?』

『えぇ。近くに優愛はいるかしら?』

『うん。今はちょっと手が離せない状況だけどね』


 手が離せないというより、意識を手放している。


『そう、なら優愛も連れて帰るからそっちで待っていてもらえる?』

『わかった。じゃあまた後で』


 さて、まずすることは…優愛さんを起こすことか。


「ほら、優愛さん。起きて」

「んん……んぅ、あぁ…慎也くん…おはよぉ」

「おはよう、優愛さん。早速で悪いんだけど今から優衣佳さんがくるみたいだから起きれるかな?」

「お姉ちゃん…?あれ…? ……!! そうだった…私、慎也くんにとんでもないことを…」


 どうやら記憶は残っているようだ。優愛さんの顔がどんどん青く染まっていく。


「慎也くんごめんなさい!なんだか勢いに乗じてとんでもないことを!!」

「ううん、ちょっとしたトランス状態だったみたいだし、俺は平気だよ」

「でも……もうちょっとで私は……」


 と、優愛さんが謝り倒すときだった。

 ピンポーン――――

 と、室内にチャイムが鳴り響く。優衣佳さんか。


「ごめん、ちょっと行ってくるね」

「う…うん…」


 俺は優愛さんに一言断り、インターホンの置いてあるリビングへと移動する。


『はい』

『すみません、川瀬と申しますが』

『優衣佳さんだね。上がってくれるかな』

『わかったわ』


 俺はエントランスの解錠キーを押して彼女をこのフロアまで誘導する。


「お姉ちゃんだったの?」

「うん。もうすぐ上がってくるよ」


 優愛さんもリビングに来たようだ。俺は帰り支度をするよう促し、彼女は少ない荷物をまとめていく。


「それじゃあ、俺は優衣佳さんを迎えに行ってくるね」

「あっうん、いってらっしゃい」


 優衣佳さんはエレベーター前で動けなくなっている頃だろう。早く行って助けないと。

 そう思いながら玄関の扉を開けると目の前には見慣れた少女の姿があった。


「あれ!?優衣佳さん!?」

「あら、まだ押してないのに…迎えてくれてありがと」


 彼女は今朝までこのマンションの高さに恐怖していたにも関わらず平然と立ち、ここまですんなり歩いて来ていた。もう平気だと主張するように彼女は外を一瞥する。


「どうしてここまで……」

「どうして、かしらね?」


 彼女はそう言って自身の唇を軽くなぞる。その妖艶な姿に俺はつい顔を逸してしまった。


「あれ!?お姉ちゃん?いらっしゃい~!」

「いらっしゃいじゃなくてね…貴方を迎えに来たのよ」


 俺の後ろからひょっこりと顔を出す優愛さん。もう本調子のようだ。


「そうだっけ……もう支度は済んでるよ!」

「それはよかったわ。慎也くん、これありがとう。おかげで1日凄く楽しめたわ」


 渡されたのは紙袋。中を覗くと今朝貸したアルバムが。


「楽しめたなら…よかった。複雑だけど… ところで翔子さんと雫は?」

「あの2人は早々に帰したわ。一晩泊まったわけだし早いうちに帰そうと思って」


 なるほど。昨晩いきなり泊まったわけだし、早く帰らないと親御さんも心配するだろう。


「さて、用事も済ませたし私たちも帰らせてもらうわ。ほら、優愛も」

「あっうん。わざわざありがとう」

「慎也くん、今日はありがと……またね」

「また…」


 優愛さんはいつもと違い控えめに小さく手を振る。そんな彼女の行動につられて俺も小さく手を振り返す。


「ねぇおねえちゃん、どうしていきなり高所恐怖症治ったの?」

「さぁ……なんでかしらね……何度も往復するうちに治ったのかもしれないわね」


 彼女たちが話しながら帰る姿を俺は見えなくなるまで見送っていた。


次回更新は2日後の23日です。

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