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真っ白だったこの家が、彩りにあふれる頃には  作者: 春野 安芸
第3章

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053.体育祭~その1~

6話ほどの長さです。

 5月最後の週末、晴れ渡った澄清の空の下。俺たち中高合わせて1000人弱の生徒は全員広いグラウンドに整列していた。


「この雲ひとつ無い晴天!まるでこれから競技を行う私たちを応援するかのような―――――」


 生徒の目の前にある壇上、そこに立っている我らが校長先生は何やら詩的な表現を使いながら今日の日を歓迎している。

 校長先生の話というものは総じて話が長いと噂では聞くがウチの学校では比較的短く、今まで5分程度で終わっていたと記憶している。けれど今回はいつもと違い、5分経過しても話が終わる気配がなく、今まで短めで慣らされてきた生徒に焦燥感が見られていた。


 それでも俺はまだなんとか自分の両足で立っていたが、背が小さくて気づかれにくいことを良いことに、後ろの翔子さんは早々俺の背中へ頭を乗せ、完全にリラックスしていた。…元生徒会長がそれで良いのか。


「―――と、長くなりましたが君たちの活躍を私は楽しみにしています」


 それから更に5分ほど経過してようやく終わったようだ。周りの生徒からため息が聞こえてくる。



『それでは、第52回 体育祭を開催します。 第1、第2種目に出場する人は入場門に集まってください』



「翔子さん、終わったよ。 …翔子さん?」


 放送委員のアナウンスをきっかけに生徒たちが一斉に動き出す。

 しかし俺は翔子さんが退いてくれない限り動けない。呼びかけても反応がなくどうしようかと考えていると前方からいつもの2人がやってきてくれた。


「始まったね~体育祭! それにしてもここの校長先生は話が早くて大助かりだよ~!」

「そうなの?あっちの学校はどれくらい?」

「中学の校長先生は1時間弱話してたわね。ずっと立たせたままで……体調不良者が出てもお構いなしだからここの長さには有り難みしか感じないのよ」


 と、優衣佳さんの口から想像もつかないことが。1時間も立ちっぱなしはたしかに地獄だな……


「そこに比べたらここは天国だよ~!グラウンドが地面なのがちょっと怖いけどねっ!……あれ?慎也くんは移動しないの?」


「うん。ちょっと後ろにいる翔子さんを呼んでるんだけどね…」

「あらホント、姿が見えないと思ったらこんなところにいたのね…翔子さん、ほら、終わったわよ」

「ん……ん? ………あぁ、おはよう、優衣佳」

「おはよう。立ったまま寝るなんて器用ね……」


 呼んでも反応無いと思ったら寝ていたのか。下手に動いたら転けていただろうし優衣佳さんを待ってよかった。


「優愛、今どんな感じ?」

「今は第一と第二種目の招集してるよ~。綱引きと大玉転がしだから私たちはまだ先だねっ!」

「そっか、ありがと」


 翔子さんは寝ぼけてフラフラになりながらもクラスのテント下まで歩いていく。優衣佳さんらは心配そうに見ていたがだんだんとその足取りもしっかりしたものになっていってテントに着く頃には翔子さんの意識も覚醒しきっていた。



「慎さ~ん!待ってましたよ~!」


 テントから何者かが俺を呼ぶ声が。見ると俺の椅子を雫が占領しながら手を振っていた。同時に智也が近づいてくる。


「おぉ慎也。解散してまっすぐこのテントに来たからお前の席を教えといたぞ」

「お気遣いありがとう。あとはそのニヤニヤを隠せれば完璧だったよ」

「おっと、俺としたことが…いい感じの修羅場になってくれることを期待してたんだがな…」


 それだけをいい残し別のテントに移っていく智也。俺は改めて雫に向き直る。


「おはよう雫。今日は敵同士だね」

「おはようございます!ホントですよ~!いくら当日に分かることとはいえ私と慎也さんを引き離すなんて…どうしてくれましょうっ!」


 先生に喧嘩売る気か。ウチの体育祭ではクラス単位で赤白青黄の4色に分けられる。俺たちは白、雫は黄と1人だけ敵になってしまった。


「はいはい。雫は一体なんの競技に出る予定なの?」

「えっと…仮装大会に借り物競走です。借り物競走が憂鬱なんですよね~」


 仮装大会はたしか雫の学年の定番種目で、それぞれの担任に化粧を施して出来栄えを競う種目だったはずだ。去年クラスの女子たちが張り切っていた覚えがある。


「借り物競走が憂鬱?」

「はい~。ほら、アレって学年関係無いじゃないですか?それで先輩方に当たったら勝つべきか負けてあげるべきか……」


 なるほど。雫のことだ、こんな場面でも先輩の顔を立てようと考えているのだろう。部活の先輩後輩関係というものは厄介なものだな。


「あら、雫さんも障害物競走? 私もなのよ…もしかしたら一緒になるかもしれないわね」


「あっ、優衣佳先輩もなのですね!もし当たっても私は容赦しませんからっ!!」

「雫、さっき言ってた先輩方云々はどこいった?」


 憂鬱はどこいったんだ……


「それは部活での先輩ですっ!優衣佳先輩なら仲間と同時にライバルでもあるので私が容赦する必要はありませんっ!!」

「あら、言ってくれるわね……大差付けられて負けても知らないわよ?」


 2人はお互いを煽りながら見つめ合う。けれど雫のフラットな視線は優衣佳さんの口元に来る程度。どうしても見上げる形になってしまい迫力に欠けてしまう。


「雫ちゃ~ん!どこ~!!」

「あ、菜月ちゃんだ!すみません先輩方、私もここで観戦したいですが行ってきますね!」

「うん。競技も頑張って」

「はいっ!慎さんもファイトです!!」


 雫はそう言い残して見覚えある少女…菜月さんの元へ向かっていった。俺もゆっくり競技を見ようかと椅子に腰掛けようと時、翔子さんによってそれを阻まれる。


「どうしたの?翔子さん」

「そろそろ私たちの、出番」

「え?早くない?」

「……練習しておきたいから」


 翔子さんはそれだけ言って一本の紐を俺に見せてきた。





 俺と翔子さんは二人三脚にエントリーしていた…クラスで出場競技を決める際、翔子さんがそれに手を上げたことが全ての始まりだった。


 場を仕切っていた体育委員が翔子さんの名前を黒板に記し、次は男子を決めるかと思われたとき、何故かその欄には俺の名前が…

 当然俺は疑問視するも「井野さんが出るんだったら相手はお前しか居ないだろ?」と当たり前のように言われ、彼女自身にも頼まれた為了承する他なかった。

 その後優愛さんが同じく二人三脚に立候補するも、出れる人数は1グループだけ…壮絶なジャンケンの結果、翔子さんが出場するに至ったということだ。




「わかった…それじゃあ二人とも、行ってくるね」

「えぇ、気をつけて」

「む~~。翔子ちゃん、ジャンケンで勝ったんだから頑張ってね!」

「ん。頑張る」





「……よし。翔子さん、痛くない?」

「平気。痛くない」


 競技場から少し離れたグラウンドの隅。招集までそんなに時間は無いが少しでもがんばろう。


「それにしても、やっぱり身長差が辛いね…このまま歩けそう?」

「ちょっとだけ、やりにくい」


 それもそのハズ。俺と翔子さんの身長差は25センチ以上。彼女の頭頂部が俺の肩に来る時点でミスマッチなのは明らかだ。

 周りを見ると同じように二人三脚を練習している人たちがいるが俺たちほどの身長差は見られない。なんとか走ろうと彼女の動きに合わせて動こくよう意識するがどうにもお互いギクシャクして何度か躓きかける。



『二人三脚に出場する生徒は 入場門に集まってください』


 しばらく練習するも上手く行かずついに招集のアナウンスが。俺は潔く諦めて結んでいた紐を解く。


「それじゃあ呼ばれたし行こうか」

「……」

「翔子さん?」

「ん、なに?」

「いや、さっき招集されたから…」


 まだ眠いのか翔子さんは少しほおけていた。二度目の呼びかけにはきちんと答える。


「ん、慎也くんの匂いを、堪能してた」

「俺ってもう汗臭い!? 」


 競技もしてないのに!?あ、でも太陽の下ずっと立ってたから汗かいてるかも。


「ううん、慎也くんの匂い。この匂い、好きだから…」

「~~! 早くいくよっ!」


 俺の体操服を掴んで匂いを嗅いでくるのが恥ずかしくなり、俺は早々に招集場所まで歩き始めた。





「慎也くん」

「どうしたの?」


 入場門にて無事招集が完了し、出番を待っている時に不意に翔子さんに話しかけられた。


「足を出すタイミングは慎也くんの好きなようにやってほしい。私に気にせず」

「それは……かなり無理させると思うんだけど……」

「歩幅だけ気にしてくれたらどうにかする」

「それだと翔子さんの負担が――――」


『次の競技は、二人三脚です』


 反論しようとしたところでアナウンスに遮られる。俺たちの順番は最初だ、もうあまり会話する時間はない。


「大丈夫。私に任せて」


 俺たちは脚が結ばれたままスタートラインに整列する。もうタイムリミットだ。


『位置について、よーい……』



「……翔子さん、信じるよ」

「ん、任せて」



 パァン! と快活なピストルの音が響き渡る。

 彼女の指示通り歩幅だけを気をつけて俺のタイミングで走り始める。すると練習では何度も感じた引っ張られる感覚が一切なく脚が前に出る。

 不思議に思ってチラリと顔を見ると彼女は足元を全く見ず正面を見据えていた。俺の視線に気づいたのか流し目で俺を一瞥するもすぐに正面へ顔を向けてしまう。


 それからは圧倒的だった。後続をどんどん引き離し俺たちはダントツ一位でゴールテープを切る事ができた。係の人の拍手とともに外に捌け、俺たちを繋いでいた紐がほどかれる。


「ありがとう、翔子さん。一体何をしたの?」

「信じてくれてよかった…何もしてない、いつもどおり走っただけ」


 脚が開放された翔子さんはそのまま隣から後ろの定位置に移動する。


「いつもこうやって歩いてるから、慎也くんの動きは把握してる。だから、余裕」


 たしかに背中にひっつきながら歩くのも至難の技だ。期せずして俺たち…翔子さんは二人三脚の練習を日常からやっていたというのか。


「そっか…なんにせよ翔子さんのおかげで勝てたよ。ありがとう」

「ん。よかった…」


 俺は彼女を背中に迎えたままクラスのテントへと凱旋に行った。

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