036.山道
「う~・・・なんだかこわいよぉ・・・・・・」
少し前を歩く優愛さんが身体を縮こませながら一人漏らす。山の天気は変わりやすいと言うがさっきまで晴れていたのにいきなり雲が空を覆ってしまったのだ。その上周りは木々に囲まれた山の中、ただでさえ入りにくい光が雲によって遮られ一気に暗くなってしまった。
「ただの散歩のハズだったのになんだか肝試しみたいになっちゃったね・・・ところで優衣佳さん。怖いの?」
「なっ・・・何を言ってるのかしら慎也君は。私がこの程度のことで怖がるわけ・・・ないじゃない!」
「それじゃあ、俺にピッタリくっついているのは・・・」
「それはあれよ!・・・・・・そう。慎也君が怖がっていたから励まそうとしているだけよ!」
気がついたら優衣佳さんが俺の右袖を摘んでしきりに辺りを見渡しているがそういうことにしておこう。俺はそれ以上何も言わず地図を確認する。
「えっと、もう少し歩くと滝が見えるから、そばにある小さい橋を渡ればすぐゴールみたいだね」
「滝かぁ・・・水の音は聞こえるんだけどなぁ・・・」
「優愛。あれ」
俺の真後ろにいたはずの翔子さんがいつの間にか優愛さんの隣に移動して左側を指差す。俺たちは一斉にそちらを向くと木々の向こうに川が見えた。
「ホントだ!沢がある!じゃあここを進んでいけばいいんだね!」
「どちらかと言うと川が正しいと思うのだけれど・・・まぁいいわ。それでようやくこんな暗い道から抜け出せるのね」
変わらず俺の側を離れない優衣佳さんがホッとした表情を見せる。雲も見えにくいが少しづつ晴れてきた気もするし、暗い道ともそろそろお別れだろう。
それからしばらく歩くとだんだん滝の音だろうか水の落ちる音が聞こえ、大きくなってくる。
「ねぇ!見てあれ!!」
翔子さんと手を繋いで歩いている優愛さんが指さす。その先には木々の間からだが滝らしきものが見えた。
「多分・・・滝かなぁ?優衣佳さんはどう思う?」
「きっとそうよ。そうじゃないと私がもう持たないわ」
今まで暗い道を歩いてきた優衣佳さんはもう限界に近かった。最初のうちは俺の袖を摘んでいたが次は腕を掴み、今となっては腕をしっかりと抱きしめている。そんな俺の腕にはずっと柔らかい物が当たっているのだが、突き放してはいけないという使命感とほんのちょっとの役得の気持ちで何も言わずに受け入れてしまっている。
(アレ絶対当たってるよね。どう思う?翔子ちゃん)
(ん、当たってる。私たちには無いものを使ってズルい)
(そうだよね!アレは絶対ズルいよね!!)
(でも、優愛のその大きさも、ギルティ)
(私も!?)
前方で二人が何やらこちらを見ながらコソコソとなにか話している。
「二人とも、後ろ向きながら話すのは危ないよ・・・・・・・あれ?あそこに見えるのって橋じゃない?」
俺の言葉に合わせて二人が前を向き直ると同調の言葉が聞こえる。更に少し歩くと木々で隠れて見えなかったが滝壺と橋の直ぐ側まで来ていたようだった。ようやくこのお化け屋敷モドキもおしまいか。
「ねぇねぇ!足だけ川に入らない!?」
「ん!入りたい!」
そう二人だけで合意して優愛さんと翔子さんは奥へ走っていってしまった。
「まったく、あの2人は・・・私たちも行きましょ」
「そうだね。ほら、あそこまで行くと明くなってるよ」
俺たちも後に続き、明るい場所に出て思わず目をつむってしまう。
目を開けると滝が目に入った。10メートル無いくらいの滝がそこにはあり、いつの間にか晴れていた太陽光を水面が反射して青く光っている。
「きれい・・・」
隣にいる優衣佳さんがそう小さく漏らした。俺も少しその景色に見惚れていたが、ふと辺りを見渡すと下流へ10数メートルほど行った先に丸太の小さな橋があり、そこに向かって河原を歩く2人が見えた。
「スマホ持ってきてるなら、写真でも撮る?」
「いえ、残念ながら圏外だったから置いてきてしまったのよ。でも、ちゃんとこの景色を目に焼き付けたからそれでいいわ」
そう答える彼女は微笑んでいた。
「さて、あの2人が水遊びする前に追いつかないといけないわね」
「そうだね。俺たちも追いかけようか」
「ええ。私たちも急ぎま――――――――」
川の水がここまで届いて地面が濡れていたのだろう。優衣佳さんが駆けようとしたその瞬間、彼女の身体は大きく傾いた。
「え――――――――?」
「優衣佳さん!!!」
このままじゃ優衣佳さんが転けて河原の石にぶつかってしまう!そう認識した瞬間辺り一帯がスローモーションになり、俺は反射的に彼女を抱えて一緒に倒れこむ。
「いっ――――――」
「へ・・・・・・?慎也君・・・?慎也君!!」
彼女を抱えて倒れることができたがどうやら当たりどころが悪かったようだ。左腕が石にぶつかってしまったようでとてつもない痛みに襲われ声が出なくなってしまう。
「慎也君!大丈夫?ねぇっ!・・・・・・・・・慎君!!」
あぁ・・・・・・懐かしい呼び方だ。数年ぶりにそう呼ばれた気がする・・・・・・あの時は誰に呼ばれたんだっけ・・・・痛みで思い出せないや・・・
痛みに耐えて目を開く。優衣佳さんはその場に座り込んで涙を流しながら俺を呼び続けていた。
「お姉ちゃん!どうしたの!?」
「慎也くん・・・何が」
優衣佳さんの声が届いたのだろう、2人が駆け寄ってくる。俺ももう少しで痛みに慣れるからそんなに心配しないでほしい。
「私のせいで・・・慎也君が・・・」
「優衣佳、落ち着いて・・・・・・慎也くん、喋れる?」
「うん・・・だんだん痛みに慣れてきたから・・・大丈夫そう。優衣佳さんも・・・そんなに心配しないで・・・」
なんとか痛みに耐えて身体を起こす。途中体勢を崩しそうになるが優愛さんが支えてくれて座ることができた。
「優愛さんもありがとう。ほら、このくらい平気だよ。見た感じ打撲程度ですんだしね」
俺はそう言って左袖を捲くって二の腕を見せる。そこには予想通り青あざと切り傷が見え、軽く出血している。
「ごめんなさい慎也君。ごめんなさい・・・・・・」
「俺もちょっと大げさな反応しちゃったみたいでごめんね・・・優衣佳さんこそ怪我してない?」
「私は・・・何も・・・庇ってくれたから・・・・・・」
優衣佳さんはそう答えて頭を下げて黙り込んでしまう。
「慎也くん、ほんとに大丈夫なの?」
「もちろん。優愛さんも支えてくれてありがと。」
優愛さんはそれに従って俺の肩から手を離してくれる。
優衣佳さんを見ると微動だにしていない。よほどショックだったようだ・・・仕方ない。
「・・・・・・・・優衣佳さん」
「・・・・・・・・へ!?慎也君?」
俺は膝立ちになり、右腕で優衣佳さんの頭を抱き寄せて俺の胸元に寄せる。彼女は両手で離れようとするが力が入ってないので気にせず抱きしめ続ける。
「優衣佳さん、アレは事故だから優衣佳さんのせいじゃないよ」
「でも・・・私の不注意で、慎也君に怪我を・・・」
「このくらい大した怪我に入らないよ。それより、優衣佳さんに怪我なくてほんっとよかった」
「うん・・・・・・」
「俺にとって優衣佳さんは凄く大切だから。そんな大切な優衣佳さんに怪我してほしくないよ」
「うん・・・うんっ・・・・・・ありがとう。慎也君」
彼女はそのまま両手で俺を抱きしめる。俺は右手で彼女の髪をなで続けた。
しばらくそうしていると、右袖を引っ張られる感覚がしてそちらを向く。
「ん。私は?」
「えっと・・・・・・私はって?」
翔子さんがしゃがんだまま俺に問いかける。
「私は、大切?」
「あっ・・・うん。もちろん翔子さんも大切だよ」
「ん」
彼女はそのまま満足したかのように数歩後ろに下がった。すると今度は後ろから体重が掛かる。
「ふ~ん。私のことは大切じゃないんだ~」
振り向くことはできないが後ろからそんな声が聞こえる。優愛さんが俺の肩に体重を軽く掛けてむくれているようだ。
「そんなこと無いよ。優愛さんもみんなと同じく大切な人だよ」
「・・・ホントに?」
「うん。本当に」
「そっかぁ・・・大切かぁ・・・」
彼女もそう言って掛かっていた体重を無くした。
「それじゃあ、俺はこの怪我をそこの川で洗い流してくるか・・・・・・・・・グェ!?」
俺が優衣佳さんを離そうとした時、突然抱きしめていた腕に力が入り肺が圧迫されて変な声が出てしまう。
「どこで・・・何をする、ですって・・・?」
「いや・・・そこの川で傷を洗い流そうなぁって・・・・・ヒッ!」
俺がそういった途端、優衣佳さんの顔が上がって俺に向く。こんなに密着しているのに恥ずかしさや嬉しさどころか恐怖しか感じない。
「慎也君・・・川の水はね・・・・・・雑菌がいっぱいなのよ・・・そんな水で洗ったら化膿してしまうじゃない!モモの1件で学ばなかったの!?」
「あっ・・・はい。忘れてました!ごめんなさい!」
「全くもう。ちょっとまって頂戴」
優衣佳さんはそう言ってカバンを漁る。もうちょっとあのままでも良かったのだが、決して口には出さない。
「アザは無理だけど、切り傷ならこれでどうにかできるわ。腕を出して」
「はい。お願いします・・・」
そう言って取り出したのは大きめの絆創膏に消毒液。その用意周到さに驚きつつも素直に腕を差し出す。
「・・・本来は変なことして怪我するであろう優愛のために持ってきたのだけれど。こんな形だけど役に立ててよかったわ」
「酷い!?私そんな怪我するように見える!?」
「さっきだって私たちを置いてさっさと行っちゃったじゃない」
「うっ・・・そうでした・・・」
そう言っておとなしくなった優愛さんを尻目に優衣佳さんは慣れた手付きで手当てをしてくれる。
「できた。戻ったら先生に言って適切な処置をしなきゃいけないわね」
「ありがとう、優衣佳さん。助かったよ」
「私が招いたことだもの。改めて、ありがとう。慎也君」
「うん。奇しくもあの時と逆だね」
「あの時?」
「入学式の日だよ。あの時は優衣佳さんが怪我して俺が持ってた絆創膏を渡したけど、今回は逆だなって」
程度は違うが今回は救急セットを持っていた彼女に助けられた。そうあの時のことを思い出して優衣佳さんに語りかける。
「そういえば・・・・・・そうだったわね」
「え~!私その話知らないんだけど!何があったの!?」
「あれ、優愛さん聞いてなかったんだ。あの時はね・・・」
「慎也君」
「はいっ!!」
突如優衣佳さんから謎の圧力を感じて言葉を中断させてしまう。
「もう時間もないし、早く戻りましょ」
「へ?うん、そうだね。ごめん優愛さん、その話はまた後でだね」
「え~!まぁいいやぁ。今度お姉ちゃんから聞き出すもんね。ね、翔子ちゃん!」
「ん。気になる」
そう彼女たちは口々に立ち上がる。俺も立ち上がろうとしたところで目の前に手が差し出された。
「はい、慎也君。立ちにくいでしょう」
「助かるよ。ありがとう」
俺たちは晴れた空の下、4人で残り少ない散歩コースを歩き始めた。




