第八章 終
施設の外へ出ると、森は相変わらず静かだった。
鳥の声は聞こえず、木々の枝葉もほとんど動いていない。
しかし、地下から伝わっていた振動は消えていた。
サエキは廃道を戻り、森を抜けた。
丘の草地には、穏やかな風が吹いていた。
陽光が斜面を照らし、遠くの雲がゆっくりと流れている。森の手前まで戻ると、地上の世界は何事もなかったかのように見えた。
彼は一度だけ振り返った。
木々の奥に、施設の姿は見えない。
それを確かめてから、丘を下りた。
屋敷につくと、サエキは老紳士との面会した。
用意された部屋には、以前の通話で見たのと同じ男が座っていた。机上には書類が整然と並べられている。
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
老紳士は立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「ご依頼の幽囚の魔女ですが、討伐しました」
サエキは報告書を続けた。
「施設内で確認された個体は、すでに存在しません。記録上の特徴とも一致していました。今後、同じ個体が現れる可能性は低いでしょう」
「ありがとうございます。これで、犠牲者が増えることもないのですね」
「少なくとも、あの魔女については」
サエキは報告書を開いた。
「ただ、封印の異常は残っていました。魔女の処理によって古い封印の一部が崩れたため、こちらも組み直しています。現時点では安定していますが、対象そのものを消滅させたわけではありません」
老紳士は報告書に目を落とした。
「再封印ということですね」
「ええ。完全な解決ではありません。ただ、以前のように魔女の身体を封印の要にする構造はやめました。今後は定期的な計測と、異常発生時の対応が必要です」
「承知しました。管理体制については、こちらで改めて検討いたします」
老紳士は書類を閉じた。
「追加作業が発生したことについても、契約の範囲内で対応いたします。報酬の再交渉を希望されるのであれば、内容を確認させてください」
「すでに明細をまとめてあります。魔女の討伐だけなら、当初の見積もりで問題ありませんでした。ただ、封印の再構築は別です。作業量も危険度も、想定を超えています」
「もっともです」
老紳士は、すぐに答えた。
「当初の情報に不足があったことは、私も認めなければなりません。追加報酬については、妥当な請求として受け入れます」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。依頼した仕事を完遂していただいたことに、感謝します」
老紳士は改めて頭を下げた。
契約金、危険手当、秘匿に対する補償、そして追加作業への報酬。
約束された金額は、すべて支払われることになった。
老紳士は余計な説明を求めなかった。
サエキも、必要以上のことは話さなかった。
今回の仕事は終わった。
人間を襲い、四人の命を奪った幽囚の魔女は、もういない。
それが依頼の中心であり、最も重要な結果だった。
⸻
帰国後、サエキはしばらく仕事を入れなかった。
破損した装備を買い替え、使い切った護符を補充し、今回の仕事の記録を書に記す。身体に残った疲労が抜けるまで、余計な依頼は受けないことにした。
ある夜、彼は自宅の机で、記録書を読み返していた。
犠牲者四名。
幽囚の魔女。
封印施設。
そして、底喰い。
魔女は、自分の欲望のために他者を利用し、最後までそれを悔いることはなかった。
彼女にとって、他人の命は自分の目的を妨げない限り、価値を持たなかったのだろう。
だからこそ、サエキは彼女を討伐した。
説得の余地はなかった。
反省を期待する理由もなかった。
ただ、放置すれば、また誰かが死ぬ。
それだけで十分だった。
サエキは記録書を閉じた。
机の隅には、新しく用意した護符が積まれている。
窓の外では、車の走る音が聞こえた。
街はいつもどおりだった。
彼はコーヒーを淹れ、椅子に腰掛けた。
今回の仕事は終わった。
生きて帰った。
報酬も受け取った。
それでいい。
遠い異国の丘の下では、底喰いが再び眠りについている。
封印は、今も機能している。
幽囚の魔女は死んだ。
彼女が最後に何を叫んだのか、サエキは知らない。
知る必要もなかった。
ただ、彼女が望んだものは、最後まで彼女の手には戻らなかった。
異聞始末録 ―― 幽囚の魔女
人間から「幽囚の魔女」と呼ばれていた存在を討伐。
意思疎通は可能だったが、最後まで話が通じていたとは思えない。
討伐後、封印の奥に別の異常存在を確認。どうにか再封印したが、あれを解放するのは割に合わない。
魔女は最後まで自分が死ぬとは信じていなかった。あの表情は、覚えておく価値がある。
記録者 サエキ
名もなきモノの記録
『幽囚の魔女』
この世に魔女が何人いるか誰もわからない、その内の1人。
私は見た、彼女と会話をした者は彼女の奴隷になってしまう。
魔女との会話は危険が伴う。
彼女は何かを求めているようだ、だがうまく聞き取れない。
私に彼女の求めるものを用意できるであろうか。
幽囚の魔女が求めるモノそれを知る者は、今ではもう残っていない。
?????
『底喰い』
知ってはいけない。触れてはいけない。
与えてはいけない。・・・いけない。




