↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞始末録  作者: 黒サケ缶EX
異聞始末録  幽囚の魔女
7/54

第七章 底の脈動



最初に変化したのは、計測器だった。


数値が急上昇し、警告灯が点滅する。壁面の金属板が細かく震え、床の石材に亀裂が走った。


サエキは顔を上げた。


地下から、低い音が響いてくる。


それは、遠くで何かが唸っているようにも聞こえた。


次の瞬間、地下室全体が大きく揺れた。


封印陣の中心に、黒い歪みが生じた。


何かがそこにいる。


だが、姿は見えない。


空間の輪郭だけが不自然に歪み、光がわずかに吸い込まれるように曲がっている。


サエキは即座に距離を取り、用意していた防護陣の状態を確認した。


魔女がいなくなったことで、封印の構造が変化している。


地下に封じられたものが、拘束の緩みを感じ取ったのだろう。


低い唸りが、再び響いた。


それは、声というより、空間そのものが軋む音に近かった。


サエキは計測器を確認した。


質量の変動。局所的な温度低下。記録不能な振動。


それらが、封印陣の中心に集中している。


底喰い。


記録によれば、底喰いは物質を摂取し、その性質を取り込む。生物を食らえば、記憶や精神的な痕跡さえ吸収する可能性がある。


だが、今、彼が目にしているのは、その片鱗にすぎない。


空間の歪みが、封印陣の端へと伸びた。


床に落ちていた小さな石片が、音もなく消えた。


次の瞬間、同じ場所から、先ほどまで存在しなかった黒い筋が伸びた。


サエキは一歩退いた。


底喰いは、封印の隙間から周囲へ干渉しようとしている。


魔女を失った古い封印は、もはや維持できない。


彼は用意していた新しい石板を取り出した。


古い術式をそのまま再現するつもりはなかった。


魔女は底喰いの力を利用しようとした。


その結果、封印は底喰いと一体化する方向へ進み、彼女自身が拘束の要となった。


同じ構造を作れば、同じ失敗を繰り返す。


サエキは底喰いの力を使わず、その存在する範囲だけを固定する術式を組み立てていた。


彼は石板を封印陣の中心へ置いた。


周囲に護符を配置し、古い術式の接続をひとつずつ切り離す。新しい拘束の輪を組み上げ、底喰いが境界を越えられないようにする。


作業を進める間にも、地下室は何度か揺れた。


黒い歪みが広がり、封印の境界を押し広げようとする。


サエキは手を止め、計測値を確認した。


まだ、対処できる。


ただし、ここから先は危険が大きい。


彼は一度だけ、撤退という選択肢を考えた。


契約上、撤退に問題はない。報酬を返し、追加の請求をしなければ、それで済む。


だが、ここで封印を放棄すれば、底喰いがどこまで影響を及ぼすか分からない。


危険はある。


しかし、作業の手順は成立している。


サエキは続行を決めた。


護符を置き、経を唱える。


新しい封印の輪が、ゆっくりと閉じていった。


地下から、凄まじい咆哮が響いた。


壁が震え、照明が消える。床の石板が浮き上がり、破片が飛び散った。


それでも、サエキは経を止めなかった。


最後の護符を置き、封印陣の中心へ印を刻む。


光が床を走り、円環を描いた。


黒い歪みが激しく揺れた。


やがて、その輪郭が縮み始める。


咆哮が遠ざかり、振動が弱まり、封印陣の中心から黒い筋が消えていった。


最後の光が収束する。


地下室は、静寂に包まれた。


サエキは計測値を確認した。


封印の境界に破綻はない。異常な振動は減衰し、空間の歪みも観測されなくなっていた。


底喰いは、再び封じられた。


消滅したわけではない。


何を吸収し、どこまで変化しているのかも分からない。


だが、少なくとも今は、封印の外へ出られない状態になっている。


サエキは損傷した設備を確認し、記録をまとめた。


魔女の討伐。


封印の再構築。


想定外の作業と、装備の損耗。


報酬の再交渉は必要だろう。


彼は最後に、地下室の中心を見た。


何もない。


ただ、そこには確かに、何かがいるはずだった。


サエキは荷物をまとめ、地上へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。