第五章 綻び
サエキは、魔女を拘束している術式の解析に取りかかった。
封印は単純な拘束ではなかった。
魔女の身体を固定し、その力を抑え、同時に地下の底喰いへと続く術式を維持する。複数の機能がひとつの構造に組み込まれている。
この状態で魔女を殺せば、封印に大きな変化が生じる。
しかし、彼女を残したままでは、今後も同じ被害が起こり得る。
討伐は必要だった。
その後の封印処理も、避けては通れない。
サエキは新しい術式を組み立てた。
古い封印をそのまま再現するのではなく、魔女の身体を基点にしている部分を取り除く。底喰いの性質を利用する仕組みも切り捨て、存在する範囲を固定するための拘束陣へと置き換える。
完全に消滅させる方法は見つかっていない。
ならば、確実に閉じ込める。
それが現実的な判断だった。
作業の途中、魔女が口を開いた。
「あなたは、ずいぶん慎重なのね」
「仕事だからな」
「私を殺せば終わる。それだけの話でしょう」
「終わらないから調べてる」
「封印など、壊れたらまた作ればいい」
サエキは記録から目を上げた。
「簡単に言うな。お前が使っていた封印は、今にも崩れそうだ」
「私がいたから、これまで保っていたのよ」
「そうだな。だから、その構造を変える」
魔女は鼻で笑った。
「人間が?」
主人公は答えなかった。
魔女の表情には、相手を見下す余裕があった。
彼女は長い年月を生きてきた。自分より弱いものを利用し、邪魔なものを排除し、危険なものは自分の利益になる間だけ手元に置いてきた。
目の前の男も、同じだと考えていた。
腕の立つ人間なのだろう。
だが、人間である以上、限界がある。
彼女はそう信じていた。
サエキは作業を続けた。
魔女に近づき、護符を置き、術式の接続を確認する。彼女が何かを仕掛けようとする気配はあったが、主人公の防護は揺らがなかった。
最初の呪いも、二度目の干渉も、結果は同じだった。
何も起こらない。
魔女は、次第に口数が減っていった。
自分の力が通じないことを、彼女はまだ認めていない。だが、無視することもできなくなっていた。
「お前は、俺をどうするつもりだった」
主人公は作業の手を止めずに尋ねた。
魔女は彼を見た。
「どう、とは?」
「俺がここに来たことは分かってる。俺を操れない。脅しても退かない。なら、次は何をするつもりだった」
答えを期待した質問ではなかった。
魔女が自分の置かれた状況をどの程度理解しているのか。どんな選択肢を考えているのか。返答の内容より、その反応を確かめるための問いだった。
「あなたは、私を殺せないわ」
魔女は答えた。
質問とは、わずかにずれていた。
「それが答えか」
「事実よ」
「そうか」
サエキは再び作業に戻った。
魔女は、それ以上何も言わなかった。
しかし、彼が部屋を出るまで、その視線はずっと背中を追っていた。
彼女は、まだ余裕を失っていないつもりだった。
だが、サエキの作業は着実に進んでいた。
呪いは通じない。
拘束を利用して彼を襲うこともできない。
封印を解くための術式は、少しずつ切り離されている。
これまでなら、相手が自分の思惑に従わなければ、別の方法を選べばよかった。相手が何を考え、何を恐れ、何を望んでいるかを読み取り、そこにつけ込めばよかった。
だが、この男には隙が見つからない。
彼は魔女の言葉を真に受けず、怒りも恐怖も見せず、必要な作業だけを進めている。
それが、彼女には理解できなかった。
そして、理解できないものは、魔女にとって不快だった。




