君は気づかない
次の新曲。
「奏よろしく」
玲に言われた。
「ん」
短く返事をする。
ちょうどこの頃だった。
玲に会うたび、
胸が張り裂けそうになっていたのは。
スタジオ帰り。
煙草の匂い。
笑った顔。
何気なく肩を組まれるだけで、
心臓がおかしくなる。
なのに。
玲は何も知らない。
だから歌詞にした。
『誰よりも愛している』
『君は気づかない』
『夢で逢えたら』
本当は、
もっと直接的な言葉も浮かんだ。
でも、
消した。
玲が弾けなくなる気がしたから。
ーー
「歌詞、書いてきた」
スタジオで、
玲に紙を渡す。
「さんきゅ」
玲はソファへ座り、
歌詞を読む。
部屋が静かだった。
秀治がドラムを軽く叩く音だけが響く。
玲の視線が、
ゆっくり文字を追っていく。
その時間が、
やけに長く感じた。
やがて。
「いいね」
顔を上げた玲と、
目が合う。
「サイコー」
玲が笑う。
「奏って、
本当ファンのツボわかってるよな」
胸の奥が、
痛かった。
お前のことを書いてる。
そう言ったら。
もう、
今みたいに笑ってくれなくなる気がした。
だから俺は、
何も言わなかった。
「次は俺が曲作ってくるわ」
「頼む」
玲が立ち上がる。
その背中を見る。
また、
胸が苦しくなる。
ーー
喫煙所。
玲は煙草へ火をつけた。
紫煙が、
ゆっくり空へ溶けていく。
「誰よりも愛している、か……」
奏の歌詞。
やけにリアルだった。
「お疲れ」
良直が隣へ来る。
「……なぁ」
「ん?」
「奏ってさ」
良直が煙を吐く。
「うん」
玲は煙草を咥えたまま、
小さく言った。
「……片想いしてんのかな」
良直の手から、
吸いかけの煙草が落ちそうになる。
「か、片想い!?」
玲は苦笑する。
「いや、知らんけど」
奏の書いた歌詞を、
良直へ渡す。
『君は気づかない』
良直が黙る。
「……何か聞いてる?奏から」
「……いや、何も」
「そっか」
玲は煙草を見つめる。
胸の奥が、
妙にざわついていた。
でも。
その理由は、
まだ分からなかった。
「……でもさ」
良直が言う。
「奏が歌いたいなら、歌わせてやればいいんじゃね?」
玲は煙草を咥えたまま、黙る。
紫煙が、ゆっくり空へ溶けていく。
奏の歌詞。
『誰よりも愛している』
『君は気づかない』
それが、例えば誰かへのメッセージだったとして。
歌うことで、奏がその子と両思いになったとしても。
……何も問題ない。
玲には彼女がいた。
奏にも、好きな相手がいるのかもしれない。
それは、普通のことだ。
「……そうだな」
煙草の火が、小さく赤く灯る。
玲は静かに煙を吐いた。
良直が煙草を指で弾く。
「奏、女子の話とか全然しねーから、わかんねーわ」
玲は少し眉を上げる。
「……幼なじみなのに?」
「うん」
良直は苦笑する。
「昔からそう。自分のことあんま話さねーんだよな」
玲は黙る。
煙草の煙だけが、静かに揺れていた。
そういえば。
奏の“好きなタイプ”とか。
誰が好きだとか。
ちゃんと聞いたことが、なかった気がした。
でも。
今さら踏み込むのも、何か違う気がした。
「……まぁ」
玲は短く笑う。
「アイツが幸せなら、それでいいよ」
そう思っていた。
この時は、まだ。




