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玉響

 ソンは相変わらず女の屋敷から朝帰りしていた。女籠に乗り込む。

 女の柔肌が体に染み込んでいる。

(なかなかの肌が合う女だった……心に止めておこう)

 女の家門は低かったが、目を見張る美人だった。街ですれ違ったとき、ソンは目に焼き付けていたのだ。

 いつものようにウナクに探らせて女と長い夜を共にした。久しぶりに後朝が名残惜しかった。

「ウナク、ウナク、あの女に絹でも贈りましょう」

「絹で満足するでしょうか?」

 ウナクは首を傾げる。

「あのように低い家門の女です。絹は最高の贈り物でしょう」

 ソンは小馬鹿にするように言い放った。

(いつもながら公子さまは世間を敵にするな)

 女籠はいつも裏門に吸い込まれるように入っていった。そこに慌てて下男が文を差し出してきた。

「公子さま、後宮の方から文が届いております」

 下男は辺りを見渡しながら声を潜めた。

「後宮?!」

 ソンはその場で文を読んだ。文はカヒからだった。カヒは自分を忘れていなかったことに嬉しさを覚えてが、文の内容に彼女が苦境に立たされているのが分かった。

「王子はカヒを……?」

 心の奥に怒りの火柱が立った。ソンの柔和な表情が徐々に鬼の形相に変わる。

「ウナク!直ぐに参内するぞ!」

「まさか、王子を詰問するのですか?!」

「そうでもしないと気が済まない!」

 ソンは思わず怒鳴っていた。

 すると背後から、

「朝から騒がしいですよ!」

 という声がした。

 ソンの怒鳴り声に反応したのは継母のイェ氏だった。柳のような眉に鮮やかな紅を唇にたっぷり塗った、そして造られた顔は嫌味なくらい美しい。

「継母上、朝に何用でしょうか?別邸にお越になるなんて珍しい」

 イェ氏はソンを厳しい眼差しで見つめる。

チンがあなたと遊びたいとグズっているのです」

「なんと可愛い異母弟おとうとですね」

「朝餉を用意させています」

 イェ氏は踵を返した。

「公子さまにあの態度は!」

「今に始まったことではないでしょう?申し訳ないですが、朝餉は断りましょう。カヒが優先です」

 ソンは別邸にやや早足で入っていった。


 イェ氏はソンが朝餉を食べるのを待っていた。玻璃から差し込む柔らかな光が彼女を照らす。

「許されないのは分かっている……」

 小さく呟き、俯いた。

 そこに侍女が申し訳なさそうな表情で部屋に入ってきた。

「継室さま《おくさま》、公子さまから朝餉は結構とのことです」

「そう……」

 侍女は静かに部屋から出て行った。

 イェ氏は膳を思い切り、ひっくり返した。

 ガシャン!

 食器が何個も砕け散った。その欠片をイェ氏は拾って左手首に持っていく。

「苦しい思いで鬼になってしまうなら……一層、死んでしまいたい」

 イェ氏は継子のソンに強い感情を抱いていた。何度も離心を決意したが、断ち切れない心にイェ氏を苦しめる。

「恋は忍しかないのね……耐えるために傲慢でいなければならない」

 涙がこぼれそうになった時、扉が開いた。乳母に連れられてチンが現れた。乳母は割れた食器に目をやると明らさまに嫌な顔をした。

(また癇癪を……!)

「継室さま、侍女に部屋を片付けさせましょう」

「ええ」

 イェ氏は素っ気なく乳母に言い放った。


 ソンは直ぐさま、アラに文を書いた。

 そこにはカヒの事を匂わせるような内容をしたためた。

 だが、この文がアラが確実に読んでくれるか分からなかった。ソンはソイを容華堂に遣わすことにした。

 妹から手渡された文ならアラは読んでくれるだろうと思いついたのだ。

「ソイを呼んでください」

 ソンは寝所の中を行ったり来たりしながら、控えている侍女たちに早口で言った。

 しばらくして、ソイが部屋の前にやって来た。

「公子さま、ソイでございます」

「入りなさい」

 ソイは伏し目がちにソンの寝所に紺色の裾を揺らしながら入ってきた。

「あなたにお願いがあります」

 お願い、と聞いてソイは身構えた。また、何かされるのかと思ったからだ。

「何用でしょうか?」

「アラに、あなたの姉に文を後宮に届けてもらいたいのです」

「文、でございますか?」

 想像とは違う要望にソイは思わず目を丸くした。

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