兄弟
アヒョン公主はソンが目覚める前に侍女たちによって身支度を整えられた。
公主は親しげに鏡に映るメヒャンに笑顔を見せた。メヒャンは公主の髪に簪を挿したり外したりしている。アヒョン公主はそれを拒否することもできたが、メヒャンの趣味に従った。
髪は高らかに結い上げられて、牡丹の簪を挿した。ただ、今までと違うのは簪が金ではなく、銀になったこと、貴公子の正室になったことである。そして衣装は清らかさを感じさせる空色を基調にした、ゆったりとした物にした。
「メヒャン、あなたも着飾ると良いわ。私の装飾品を使いなさい」
思いがけないアヒョン公主の言葉にメヒャンは大いに喜んだ。彼女は物乞いのようにアヒョン公主の宝石箱をあさった。衣装箪笥も好みの色を引っ張り出しては床に投げては捨てた。
「これで旦那さまの心を奪えれば……」
メヒャンはどこの侍女よりも着飾った。
それを見た侍女たちは一斉にアヒョン公主がメヒャンを甘やかしていると感じた。
アヒョン公主は自身が連れてきた侍女は允雲宮では格上だと思い込んでいた。公主は侍女を後宮の美しく教養のある女官として仕えさせたかったのである。
(暇をみて史書や詩経を手解きしましょう)
彼女はそう意気込んでいた。
ただ、彼女の教養が侍女の全員が身につくとは限らない。この允雲宮で教養を身につけていると言えば、鏡の君である。その手解きを受けているキョンビも教養高い女君であった。
アヒョン公主はメヒャンを伴って正院に足を運んだ。正院にはすでに鏡の君、明月の君、ウナが彼女を待っていた。
公主の姿が見えると三人は椅子から立ち上がり、彼女に深々と礼をした。
「座って」
アヒョン公主の一言で三人は腰をおろした。
公主の後から侍女頭が現れた。侍女頭は公主を見ると一礼した。
侍女頭はきつい口調で全員に向かって言った。
「この允雲宮では正夫人はアヒョン公主さま。その次が次婦である鏡の君さま。明月の君さまは庶室。ウナさまは侍妾でございます。次婦は正夫人に次ぐ地位になりますので、公主さまも尊重なさってくださいませ」
「尊重?」
公主は聞き返した。侍女頭は無表情で、
「さようでございます」
っと、答えた。
アヒョン公主は酷く自尊心を傷つけられた気分であった。それを察したメヒャンは侍女頭の前に出て、彼女の色白で化粧っ気のない頬を平手打ちした。
「公主さまに失礼ね!尊重するのはそちらでしょう?!」
すると侍女頭はお返しするようにメヒャンを平手打ちした。メヒャンは勢い良く倒れ込んでしまった。
「公主さま、わたくしめは侍女頭でございます。いくら、公主さまがお連れになられた侍女とはいえ、罰するのはわたくしめの役目でございます」
侍女頭は平然とアヒョン公主に言い放った。それにはアヒョン公主は呆気にとられたが、気づかれないように侍女頭に尋ねた。
「わかりました。あなた、お名前は?」
「恵人と申します。名は太大公さまより賜りました」
(太大公さまから名前を賜ったなんて……古株もいいところだわ)
公主は拳を握った。恵人がこの允雲宮の女主人のように感じたからだ。実際、ソンたちが別邸から移り住むまでは彼女が允雲宮を管理していた。それは太大公の信頼が厚い証拠でもあった。
とはいえ、太大公は亡くなっている。彼女の後ろ盾はいないようなものなのにアヒョン公主は彼女を恐れ始めた。
「あなたは公主さまの侍女です。身をわきまえなさい」
ぴしゃりとヘインはメヒャンに言い放った。
メヒャンはヘインを睨みつけながら立ち上がると悔しそうに公主の隣に戻って行った。
一方、王宮では。
「兄上!」
ヘンの明るい声が東宮に響いた。その声はカヒが今まで聞いた声のどれよりも明るかった。少年のような表情を浮かべながらヘンは太子を待っていた。
「ヘン、会いたかったぞ。お妃方も連れてきていたのか?」
太子はヘンの一歩後ろにいた東のお妃とカヒに視線を送る。二人は太子にお辞儀をした。
「よいよい。二人は義妹だ。そんなに硬くならずに」
太子は歯を見せて笑った。カヒは彼が優しく穏やかな心の波を持っている人物だと思う。
ヘンの心の波は振り幅が激しい。乱暴であるとき、寛容であるとき。カヒは背中にできている痣がどこか痛むような気がした。
「東の妃、姪が生まれて私は嬉しいよ。今度、東宮に連れてくるといい。玩具は何が良いだろうか?太子妃と相談しなくては……」
太子はいささか暗い口調で小さく言った。
「兄上、また義姉上さまは炫に付きっきりですか?」
「実はそうなんだ」
彼は急に砕けた口調になり、力なく俯いた。それは一国の太子というより、一人の父の姿であった。
ヒョンは太子妃との間に授かった王子である。通称は「儲君」だ。
儲君は虚弱であり、大后からは跡継ぎとの王子とは認められてもらえなかった。
太子妃は虚弱な王子を産んだことに責任を感じて東宮から外出することはほとんどなかった。むしろ、大后が太子妃を避けていたのである。
カヒは言った。
「ずっとお見かけしないと思っておりましたが、儲君さまが……」
「妻はいつも自分自身を責めていてね。東の姫君と遊べば少しが気が晴れると思ったんだ」
「義姉さまは大后《お母様》の目を酷くきにしていますし、かと言って東の館は遠いですね。人目につくでしょう」
ヘンが小さく言うと太子は彼の肩を何回か叩き、笑いながら答えた。
「いいんだ、これは東宮の問題だ。さ、風が強くなってきた中へ入ろう」
三人は太子を先頭に東宮へ足を踏み入れた。そこで待っていたのは蠱惑な雰囲気の女官だった。カヒはこの女官に太子は手をつけていないと直感で分かった。
この柔和な太子の好みではない、っとまで分かった。太子の周りから女官との醜聞はないし、太子妃に一途な雰囲気すらあった。
ソン、あなたなら……この女官を抱くわね。
私の面影を重ね合わせて……
カヒはそっと、瞼を閉じた。




