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悪女、動く

 月が雲に隠れ、部屋の燭台の灯りがとても強く揺らめく。

 大后はホンジョンを呼びつけた。

 ホンジョンは薄っすらと汗をかいている。

 かすかに汗の臭いもする。

 大后は巾着をホンジョンに投げつけた。

「これは?」

「着手金だ」

「着手金?」

 ホンジョンは首を傾げた。

「豪族が最近、騒がしい。娘たちをこぞって後宮に入内させようとしている」

 大后のいつもとは違う口調にホンジョンは少し動揺した。

 ホンジョンは表向きは囚人である。

 たが、裏では大后の手先であり男寵であった。今宵の大后は彼を抱くより、手先として「何か」を企てている。

「大后さま、豪族は陛下に忠誠を誓っております」

「ホンジョン、豪族の私兵が増えれば増えるほど陛下もわたくしも頭を悩ませる。分かるな?」

 冴え冴えとした大后の眼差しがホンジョンを射抜いた。

 だが、ホンジョンは陛下という言葉より「わたくし」という言葉に反応した。

「ホンジョン、獄に戻れ」

 大后の言葉を待っていたかのように乳母の息子、侍衛獄司が現れて彼を鎖に繋いだ。

 大后は鎖の遠くなる音に何の愛しさも感じなかった。

 あれだけ抱いた、真夏の夜に汗を絡めて抱いた男を大后は簡単に愛欲から切り離したのである。

 大后はホンジョンとの愛欲よりも駒としての彼が欲しかったのだ。

 しかも、決して裏切らない、そして一方的に消え失せた愛欲に忠実な駒だ。

「後宮の女たちが邪魔なんかじゃない……ただ、権力が欲しいだけ。私は余氏の族姫」

 大后は卓を拳で強く叩いた。

 その音を聞きつけた女官が心配そうに現れた。

「大后さま、何かご用でございますか?」

「呼んでいないのに入ってきてよいの?」

「し、失礼しました!」

 女官は血相を変えて部屋から出ていった。

 女官は命を奪われずに良かったと部屋を出てから体が震えた。

「私はあの男に未練はない。陛下にもホンジョンにも……目障りな豪族を根こそぎ刈り取ってやる。特にイェ氏。王族の一員になった途端に塩の専売、莫大な財産を溜め込んで……」

 このイェ氏はソンの継母と同族だった。

 ただ、イェ氏は后族でもなんでもなかったが、最近は塩の専売権を与えられると財を成した。おまけに高利貸しも始めた。

 そしてイェ氏の娘が後宮の庶室として入内することも決まっていた。

「大公の継室を見せしめにすれば面白い。王族と豪族が関わるとこうなると」

 大后は瑠璃の杯を仰いだ。

 瑠璃の杯には飲み慣れた葡萄酒が入っていた。


「どけ!」

「イェ氏はどこだ!」

「早く見つけろ!」

 荒々しい三人の男たちの声が大公の本邸に朝早くから響く。

 乳母はチンを抱きしめて納戸に隠れた。

 幼いチンでも状況を怯えた目つきで見ている。奥院からイェ氏の髪を引っ張りながら居間に現れた。

 乳母はチンの目を袖で隠した。

 イェ氏は体を放り投げられた。黒髪が何本も床に落ちる。

「何をするのです?」

「俺らは命令を受けただけだ」

 もう一人の男がイェ氏の前にしゃがむと小馬鹿にしたように彼女に言った。

「ご夫人を好きにしていいっていわれたんだ。裸にして街で晒してやろうか?」

「な、な、なんと恥知らずな!大公さまが許さないわ!」

 三人の男たちは顔を見合せて笑った。

「知らないのか?もう大公は王族じゃないんだよ」

「え……」

 大公はいわれのない罪で王族の印、赤帯子せきたいしを奪われたのである。

 罪は安価な骨董品を高値で売りつけた、というもの。大公にこんな事実はない。

「それでは、ソンは?!」

「公子さまはある条件で許されたよ」

「ソン……ソン……!」

 イェ氏は静かに涙を流した。ソンが助かるなら裸で晒されても構わないとイェ氏は思った。

「連れていくぞ」

 イェ氏は縄に繋がれて寝間着姿、乱れた髪で本邸の正門から出ていった。

 野次馬はそのイェ氏の様子にいつのまにか胸を痛めた。それくらいイェ氏が哀れの対象に変わったからだ。

 これが大后だったら、と思うと彼女は石を投げつけられて衣服を剥ぎとれられるだろう。

 イェ氏は囚人用の馬車に乗ると伏し目がちになった。男たちはにやにやと品定めするような視線を送る。

(郊外に出たら私は……)


 大后は国王の部屋に呼ばれた。

「陛下、お呼びになるなんて珍しいこと」

 嫌味ったらしく大后は言った。

「お前は妻だ。呼んで何が悪い」

 国王は大后の言葉に嫌気がさした言い方をする。

「陛下がわたくしをお呼びになるときは閨のことが多いでしょう?」

「くっ!」

 国王は何も言えなくなった。

「豪族の女どもは好きません。所詮、田舎娘です」

「違う!大公の継室……イェ氏を」

(ホンジョン、上手くやったわね)

「玄宗皇帝になるおつもりですか?」

「昔から兄弟が妻を継ぐことはあっただろう?!」

 大后は澄ましたように言った。

「イェ氏はおやめ下さい」

 そう言うと大后は部屋から出ようとした。国王は大后の背中を苦々しく見つめる。

 大后は視線を感じつつ、口角を上げながら部屋を後にした。


 イェ氏は手首を縄でしばられながら郊外に連れてこられた。

 男たちは獲物を見つめるような、また、汚らしい欲情を目に浮かべながらイェ氏を見つめている。

 一人の男がすかさずイェ氏の背後に回り込み猿轡をして自害させないようにした。


「ん!ん!」

 男がイェ氏を草原に投げ出した。

 イェ氏の瞳には澄み切った空が映る。

「大公殿は毎晩、いい思いをしていたんだな」

 イェ氏は二回目の生き地獄を味わうことになった。




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