連理の枝
大后の命令で女官、宦官らの文箱は綺麗に空になった。大后はそれらに一つ一つ目を通した。噂の出処が東のお妃とウク、または別な誰かの密通にしたかった。
大后の側仕えが、面白い物を見せてきた。
「大后さま、これは実に面白い物語でございます」
側仕えの声が弾んでいる。
大后はじろりと側仕えを睨んだ。
「申し訳ございません。ただ、大后さまも目を通すと良いかと……」
側仕えは大后の机の上に物語を置いた。
帝王と庶妃から生まれた貴公子
眉目秀麗、振る舞いも洗練されている
従姉妹の木槿の姫君に恋をするが
木槿の姫君は太子の後添えに
貴公子は忘れられず
三日月の夜に忍び込み……
「この木槿の姫君が東の妃だったら良いのに。恋の始まりは燃え上がる……でも、すぐに火消しされてしまうの」
側仕えはきょとんとした。大后は側仕えに物語を手渡す。
「お前は分かっていないのね。主の言葉を理解もしようとしない。分かろうともしない」
側仕えの背中に汗が流れる。
大后は椅子から立ち上がり、側仕えの顎を引いた。
「お前は美しい。美しいうちに楽しむ事ね。出ておいき!」
「はい……」
側仕えは顔を真っ青にして部屋を出ていった。それから大后は垂れた髪に光る白髪を見つけた。
「花は永遠に咲いていない……」
大后は先程の物語の続きを書いた。それは大后の心の全てをぶつけたものである。
最後はどうなるのか……
作者に聞いてみたいが、これが誰の物だか分からない。
大后が書いた最後。いや、最期。
木槿の姫君は太子との間に子を儲ける
だが、お産が原因で亡くなる 貴公子は彼女の子を抱いていた
貴公子の魂は地獄の果て落ちてしまう
地獄に果てで彷徨う貴公子の魂は
いつの間にか霞のように消えていった
大后は書き上げてから大声で笑った。
このように綺麗に、貴公子のように全てを終わらせられたら良いのに、っと。
「私は国王の妻。余氏の族姫。消える訳にはいかないの。畜生道に落ちようが私は余氏に栄華を……」
大后は白髪を抜いた。
プツン……微かな痛み。
抜け落ちた白髪は絨毯に落ちた。
大后は何ともなかったかのように文を調べ始めた。調べるという名の検閲だった。
「大后さま」
女官長の声が部屋の外から聞こえてくる。
何やら訳がありそうな声音であった。
「お入り」
女官長はおずおずと大后の目の前に現れた。
女官長の背後には若い女官が控えている。その手には花瓶が握られていた。
「この前、女官が手を滑らせたときいて陛下から新たな花瓶が下賜されました」
「置いておいて」
若い女官は紫檀の机の上に置いた。
「陛下にお礼を言わないとね」
大后はその足で女官長、若い女官を引き連れて大王殿に向かった。
引き詰められた玉石。それ以外、何もない殿閣はあまりにも質素で地味であった。
「取次を」
すかさず女官長が取次を申し出た。
大王殿に侍る女官らはざわついた。
その様子で大后は大王殿の中に何が行われ、誰がいるか分かった。
「陛下はお楽しみのようね」
女官や宦官らの静止を振り切って大后は部屋に乗り込んで行った。
寝所に近づく度に女の声が聞こえる。
嬌声、そして熱を帯びた息づかい。
大后は動じない。
国王には数多くの妃嬪がいる。手がついた女官も数多いる。
大后は寝所の両扉を勢いよく開いた。
寝所には大王と女官らしい女が裸で抱き合っている。おまけに国王の手は女の豊満な乳房を揉んでいた。その二人は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしている。
大后はその滑稽な表情を見て鼻で笑った。ずかずかと寝所に入っていくと二人は慌てて体を離して肌が透けないくらいの衣服をまとった。
「何用だ!」
「妻が来てはいけないのですか?」
「使いくらいよこせば良いものを……」
「それでは他人行儀ではありませんか。わたくしめは花瓶のお礼に。こういうことは早い方が良いと太子に教えていましたでしょ?」
大后は部屋の中をぐるぐると歩き出した。女は怯えて額に汗を浮かべながら俯いている。
「この女は美味でしたか?」
大后はそう笑いながら言うと寝所から出ていった。
(あの女は若いもの。美味しいはずね……ずっと手元に置きたい玉……飽きられるのも早いだろうけど)
女官長が大后に駆け寄ってきた。
「大后さま」
「汚らわしいものを見たわ。とてもね」
大后が冷たく小さな声で女官長に呟くと足早に出ていった。
ソンはしばらく別邸に引きこもっていた。
大后の言葉が本気に思えて参内を控えることにした。
その間、募るのはカヒへの想いだった。参内していれば近くにいると、何か感じる香りがあった。だが、参内ができない日々が続くと匂いはいつの間にか消えてしまう。
あの純粋な香りは誰にもかがせたくない。なのに西のお妃になった途端、彼女は愛され始めた。
それは暴力を伴い、また欲を伴う汚い愛され方である。
「比翼連理…連理の枝……」
傍で座っていた鏡の君が笑いながら言った。
「白居易でございますか?」
「あなたは詩に精通しているみたいですね」
「新入りの時に教わりました。それと……」
また、鏡の君は笑った。
「女官が皇帝に見えるのは稀で白髪になっても見えない……そういう詩もございますのよ」
「鏡の君は悲しい話を笑顔で話すのですね」
「わたくしめは旦那様に身を捧げた女です。詩に出てくる女官たちは自ら動きませんでした……いえ、動けなかったのですから」
ソンは鏡の君を見つめた。
「あなたはとても教養があると感じました。明日からキョンビの世話をしてやってください」
鏡の君は目を見開いたが、すぐに返事を何回もした。




