密通と疑惑
ソンが退出すると扉の前でウナクが控えていた。
紙に包まれた香の残りをウナクはソンに見せる。この香りは衣蘭に似ている。
「芳しい香りですね。これが何か?」
ウナクが不思議そうにソンに言った。
「これが東のお妃の早産に繋がったのなら……」
「公子さま、それは安易な考えです!いくら何でも御子を害するなど!」
ウナクは王族、后族に詳しくない。彼は武骨な男だった。その父も、その父も武芸で従者を務めてきた。
「何か手がかりを探しましょう。疑うのはその後でも良いのでは?」
しばらくソンは考え込んだ。
「ミョンウォルはどこにいますか?」
「いきなり、どうなさったのですか?ミョンウォル殿はわたくしめが捜してまいります」
ウナクは颯爽と走っていった。ソンはこれが大后の仕業としか思えなかった。
だが、どこか彼女の仕業ではないような気もしている。膨らませてはいけない考えが脳裏に広がっていく。
「もしかして……カヒが?いや、カヒがする訳がない」
カヒは大后と血が同じだ。はっきりとした「后族」ではないが族姫、または宗姫である。
あの禍々しい大后と純粋無垢なカヒに同じ血が流れていると思うと恐ろしく感じるのだった。
そんな時だ産屋の庭に巫女の集団が現れた。
「あなた方は何ですか?」
ソンがつきめの口調で巫女の集団に尋ねると、その一人が代表するかのように告げた。
「大后さまがお産が長引いているのは鬼の仕業だと……鬼を治めるために遣わされました」
「鬼などいませんよ。早く帰りなさい」
ソンはため息をついた。ソンは鬼の類など気にしていなかった。彼は一番、恐ろしいのは人の心だと思っていたからだ。
(あの巫女は……)
ソンは巫女をかき分けて目をつけた巫女の腕を引いた。
「な、な、何をなさいます!」
巫女は抵抗して手を振りほどいた。
「あなたに用があるのです。野暮用ではありません」
「巫女のわたくしめにですか?」
巫女の集団は困惑しながら庭に出て鬼を払う舞を始めた。
ソンに引き留められた巫女は彼を睨んでいる。
「魅力的な顔が台無しですよ。あなたは神宮に自由に出入りできる身分です。今日、香を用意したのはどなたですか?それをお聞きしたいのです」
巫女は眉間に皺を寄せた。なぜ香を用意した人物を捜しているのか理解が出来なかった。
「お知りになりたいのはなぜですか?」
「東のお妃さまが難産で産屋で苦しんでいます。これは鬼の仕業ではないと考えたのです。人の仕業です」
しばらく巫女は黙り込んだ。巫女は人と鬼、俗世と聖界を行き来する。それでも彼女たちは鬼に世界に足を踏み入れる。彼女も同じだろう。
「わたくしめは何をすればよろしいのですか?」
巫女はソンから目を逸らした。彼女は「男」と言うものに慣れていなかったからだ。
そこにウナクとミョンウォルが現れた。
「ウナク、宮闈に後宮の出入りを調べさせなさい。私の従者なら宮闈も簡単に教えるでしょう」
「はい。かしこまりました……ですが、これと東のお妃さまの難産に関係があるのですか?」
「大いにあります。行きなさい」
「はい」
ウナクは宮闈の元に向かった。宮闈とは門番の事である。宮闈は人の出入りを事細かく記録している。記録と言えば、後宮には起居注と彤史と言う書記官がいる。起居注は夜伽の記録、月の障も書く。彤史も同じだ。
「ミョンウォルは起居注の記録をなるべく事細かに調べるのです」
「わたくしめができますか?」
「名を持つ、あなたならできるでしょう。この後宮は名を持つ女官は特別なのですから」
「かしこまりました」
私の杞憂であってくれ──!
次にソンは巫女に言葉をかけた。
「神宮に行ってくれますね?先程のやり取りを聞いたでしょう?これは大変なことなのです」
「よく分かりませんが……神宮に参ります。香を焚いた者を捜すだけですね?」
ソンは深々と頷いた。巫女は白い袖を靡かせながら神宮へと何回も振り返りながら走って行った。
ソンが皆に指示しなのは「ある仮説」が組み立てられたからである。
(香に細工したのは大后ではない。神宮に紛れた誰かだ。それが大后の知らない刃になった……)
ミョンウォルを起居注に遣わしたのは東のお妃とヘンのお渡りの回数と月の障。
ウナクを宮闈に遣わしたのは怪しい人物の洗い出し。
巫女を神宮に遣わしたのは香を細工した形跡を調べるため。
ソンは東のお妃の子はヘンとの子どもではないと薄々と考え始めていたのだ。
ミョンウォルが告げた「噂」。
その噂の相手は鏡の君に復讐されたウクだと彼は考えた。東のお妃はウクと密通していた、そうすると起居注や彤史の記録が参考になる。相違する点があれば、東のお妃は密通をしていた、その相手はウク。または誰か。
かりにウクなら納得がいく。
だが、仮にウクなら、どうして愛し合った東のお妃を苦しめているのだろうか?
(ウクが自分の子を消すために?いや、大后さまの口振りは自分の仕業のようだった。それにウクは左遷されて京には入れない。もしかして……)
ウクの存在がソンの内心で強くなっていく。
それと同時に大后の冷たい笑が頭から離れなくなった。




