大后
大后の家系は古より続く、「后族」余氏である。后とは王后を意味する。
余氏は族姫と呼ばれて幼少期を過ごした。族姫とは本家筋の嫡女の敬称である。しかし、余氏の「后族」の地位は時代を経つにつれて廃れていった。
余氏の代わりに細群氏が第七国王時代に「后族」となった。
そこから何世代も細群氏から后妃が誕生する。
しかし、そこでも対立が生まれた。
麁群氏が台頭してきたのだ。
麁群氏は庶室であったが、三代続けて太子を産んだのである。
余氏と細群氏は完全に「后族」の地位を失った。麁群氏は「大后族」と呼ばれた。
だが、現王の御代で余氏は巻き返すかのように権力を得た。その権力の源は大后である。
一方の東のお妃は細群氏の出身であり、大后とは対立する家柄であった。その細群氏が公子の妻になっているこたとが、彼女の存在自体が大后には許せなかった。
「お妃さま!力んで!」
産婆が東のお妃に大声で言う。しかし、東のお妃は全く反応しない。おまけに東のお妃の顔は青ざめていくばかりである。
そこに鏡の君とソイが現れた。
すかさず産婆は鏡の君にお湯を用意させ、ソイは産婆と共に東のお妃に声をかけ続けた。
産屋の外ではヘンとソン、そして表情を崩さないカヒが待機している。カヒは東のお妃の容態があまりに気にならない様子であった。
ソンはその様子に違和感を覚える。
カヒがいつの間にか非情な女の子に変わってしまったのが苦しかった。
だが、一番、苦しかったのはカヒである。
本当は産屋で汗を拭きたい。産声を聞きたい。
なのに、自分は無関心を装っている。本来の気持ちに蓋をする。それほど辛いものはない。
「お妃さま!」
鏡の君がお湯を持って産屋に駆け込んだ。
産婆の手に目をやると血がついている。ソイは半ば諦め顔だった。
「ソイ、気付け薬を!」
鏡の君の指示でソイは直ぐに御医の元へ向かった。その姿をソンは見ていた。あのように誰かのために必死になるソイを初めて見た。
「おかしゅうございます」
ぽつりとカヒが呟いた。
「西の妃さま、どうなさいましたか?」
ヘンが尋ねる前にソンはカヒに聞いた。ヘンは腹が立ったが、今は東の妃が大事であった。
「祈祷の前は東の妃さまは顔色もよく、胎児も元気だと産婆も言っておりました。なのに祈祷中にあのように体調が悪くなるでしょうか?香を焚いてから、お妃さまの様子が変わりましたわ」
「西の妃さま……まさか」
「仕組まれていたのでしょう」
ソンは直ぐにウナクを呼びつけた。
「公子さま、いかがなさいましたか?」
「神宮の香を持ってきなさい」
「はっ!」
それにはヘンも驚きを隠せないようだ。
ヘンも薄らだが、大后が東の妃を疎んでいるのは感じていた。よくある嫁姑のこじれではないとは知っていた。なのに嫁の命や胎児まで奪う必要はあるのだろうか。
ヘンは考えた。
大后は梨花を……殺すつもりか……?
「大王、大后、太子さまのお越です」
宦官の野太い声でヘンは我に返る。そして、その三人に頭を下げた。ソンもカヒもそれに倣った。
国王はヘンとソンを見るなり、いささか微笑んだ。
「ヘン、ソンまで来ていたか!王族の男子がいるとは心強い!嫁の様子は聞いているか?」
「出産は片足を棺桶に入れているものです。陛下が心配なさることではありません」
国王の声にかぶせるように大后が冷たく言った。
大后には動揺も困惑も何もなかった。おまけに何も聞きたくないようだった。
それには国王も頭をかいた。
「大后さま、わたくしの妾が産屋におります。様子を伺ってきましょうか?」
「ソン公子、気にする事はないわ」
大后は東の妃の死を望んでいた。「后族」の地位と栄華を奪取するためなら手段はいとわない。
それが「后族」の族姫の生き方だ。
奪われた地位は奪うだけである。大后は落ち着いて丸椅子に腰を下ろした。
手にした扇を開いたり閉じたりしている。
(あと少しであの女は死ぬ……愉快だわ)
産屋にソイが気付け薬を持って現れた。ソイは汗だくである。それは産婆も鏡の君も同じだ。
鏡の君は気付け薬を東の妃に飲ませる。しばらくして東の妃がゆっくりと目を覚ます。
だが、それは長く続かなかった。
鏡の君はその度に声をかけては気付け薬を与えた。
お湯を持ってくる女官が入れ替わり立ち代りと忙しい。
産婆の数も、一人、また一人と増えていく。
産屋の前には御医も控え始めた。
東の妃は何時間も何時間も痛みと苦しみを味わっている。
「大王さま、ヘンに少妃を迎える件はどうなりましたか?太子にも側妃を迎えさせませんと」
「今、する話ではなかろう」
「もし……東の妃が……」
大后は扇で口元を隠す。本心を隠すように。
「大后さま、身内のお話のようなので私は退出いたします」
ソンは恭しいく言うと軽く頭を下げて部屋を後にした。カヒも退出しようとしたが、ヘンによって阻まれた。
「なぜ、わたくしめをお止めになるのです?わたくしめは妾室でございます。奴婢と変わりません……」
その言葉に真っ先に反応したのは大后だった。
「西の妃、いえ、カヒ。あなたは家族。そんなことはないわ」
カヒは大后に近い血縁の娘であった。




