月光
大后が主導で東のお妃の祈祷が行われた。
大司祭に巫女、覡と異国の言葉のような呪文を唱え、くるくると踊っている。
そこには国王ら王族が一斉に介していた。
ソンは巫女の一人に目をやる。なんとも魅力的な顔立ちの巫女であった。
(巫女でなければ愛を与えていただろう)
ソンは扇の下で笑った。
巫女の白い衣装は神聖な雰囲気そのものだった。しかし煙い香が鼻を着く。
「見て、東のお妃さまの顔色が悪いわ」
控えていた女官が小声で隣の女官に問いかけた。
それが聞こえたソンは視線を東のお妃に向けた。顔色は確かに悪く、座っているのも辛そうであった。
ちらりとソンは西のお妃、カヒを見る。
人形のように背筋を伸ばして座っている。視線は真っ直ぐ大司祭を見つめていた。
彼女は紺色の着物を着ている。銀糸の刺繍が瞬くように光っている。髪には螺鈿の小さな簪を挿していた。
カヒへの気持ちが込み上げてくる。近くにいるのに手に入らない、そのもどかしさと愛しさ。
おまけにカヒか挿していた簪はソンが幼い時に贈った物である。
祈祷を主導した大后は国王の脇で満足そうにしている。黒い着物に鳳冠を被り、手には紅珊瑚の数珠を手にしている。その姿は禍々しいが美しかった。
心が火照るソンはひっそりと席を外した。
ソンがふらふらと心の火照りを冷ましているときだ。
目の前から、優艶な笑みを浮かべる女官が現れた。
ミョンウォルだ。ソンはミョンウォルを見るなり、こちらに手招いた。
「公子さま」
「ミョンウォル、久しぶりですね。寂しかったですか?」
「本当に。涙で袖が濡れそうでしたわ」
「可愛いことをいいますね。まるで巷の妓女が歌う歌のようだ。」
ソンとミョンウォルの視線が重なる。
「ねぇ、名前をくださったのにいつまで後宮に?早く公子さまのお傍に……」
「別邸には部屋を用意してあります。今から行きますか?」
ミョンウォルは首を振った。さすがに祈祷の最中に連れていくのはまずいと彼女は思ったからだ。ミョンウォルは弁えている女だった。それにソンが咎められると思ったからである。ミョンウォルには彼への愛情があった。
「さすがに今は……」
「何をためらうのです?なら……」
ソンはミョンウォルの耳元で優しい声で囁くと、彼女の手を引いた。それだけでミョンウォルは彼が何を求めているのかが分かった。
そして彼が何か失うのも分かった。
二人はこの前、契りを結んだ部屋にいた。
ミョンウォルはソンの着物の帯を解いていく。だが、途中でその手を止めた。
「どうしたのですか?早く解いたら楽しめますよ?」
「公子さまはわたくしめを抱きたいとお考えになっておりません。別な誰か、でございます」
ミョンウォルは勘が鋭かった。ミョンウォルが告げた「誰か」はソンの恋心を育ていく人物だ。
「お慕いなさっている方に触れたいのでは?」
背中にもたれながらミョンウォルが冷たく言う。ミョンウォルの体温が背中から伝わる。
しかし、それがソンの心を温めることは出来なかった。
「公子さま、わたくしめは運良く名前をいただけました。でも、名前、いえ……女は地位で呼ばれることもござます」
「何が言いたいのですか?」
ソンが尋ねるとミョンウォルは彼の背中に顔を埋めた。
「密かに噂になっております……」
カヒへの文が見つかった──!
「ミョンウォルな噂を気にする性格でしたか?」
「公子さまは東のお妃さまと……」
的外れの噂にソンは大笑いした。それに噂の真実も知っていたから滑稽に感じた。
「その噂の主は私ではありませんよ?」
ミョンウォルは目を丸くしてソンの顔を覗き込んだ。あの澄ました顔が幼く見える。それはそれでソンには可愛く思えた。
「では、真実は?」
ソンはミョンウォルにまた囁いた。今度は楽しそうにである。だが、ミョンウォルには嫉妬が芽生えた。
真実に鏡の君、アラが関わっていたことである。彼女は不貞腐れたのか密会場所から思いっきり出ていった。
「さて、戻らないと鏡の君が困ってしまうな」
ソンもその場を離れた。神宮に戻る途中で慌てた顔をした鏡の君が走りよってきた。
「どうかしましたか?」
「東のお妃さまが破水なされて……早産です」
「重篤なのですか?」
鏡の君は何度も頷いた。
「産屋には男は立ち入ることはできません。鏡の君、手伝うことは出来ますか?」
「はい……それと、ソイがお産に……」
鏡の君はソイの名前を出すのを躊躇った。それはソンの手前だからだろう。
「二人でお願いします。産婆は?」
「控えております」
「わかりました、行きなさい」
鏡の君はソンに会釈をすると着物の裾をたぐり東の館に走っていった。
ソンはこれがカヒの出産だったら、こうも冷静にいられたかと自問自答する。
答えは、きっと冷静になれない。それだけ彼女が大事であった。カヒが存在しないことは、自分がいなくなることである。
ふと、ソンの脳裏に疑問がわいた。
「なぜ、急に破水したんだ?まだ、8ヶ月……早産であるが……」
ソンは大后と東のお妃の確執を思い出すのだった。




