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森の中の猫のいる図書室  作者: 道上 萌叶
ヴィノリーナ皇国の目的
52/53

おばあさまが残したもの 1

 雲ひとつない、濃紺の空にぽっかり浮かんだ月が、夜の森に青白い光を落としている。暗い室内から見える窓の外に広がる景色は、絵本の中から飛び出してきたかのように神秘的で目を引く。でも私の目は、自然と室内の一点に吸い寄せられている。


「これ、あなたのおばあさまが置いていったっていうペンダントよね?」


「……うん」


 アウリの言葉に頷きながらも、私は図書室の入り口にかけられたペンダントから、目を離すことができない。

 夜になると、森の中の家は照明魔道具を消してしまうと真っ暗で、窓から差し込む月明かり以外の光はなにもないはずだ。なのに、真っ暗な部屋の中で、おばあさまが唯一、この家に残していったペンダントだけが、わたしだけを見てくれ、と言わんばかりに光を放っている。普段は意識しないようにしていたのに、意識せざるを得ない。

 ふらり、とよろめきそうになりながら、ペンダントに近づいて手を伸ばす。久しぶりに触れるそれは、僅かに温かかくて、これまで我慢していた気持ちが溢れ出してしまいそうで、唇を噛み締める。


 日付が変わる鐘が鳴るまで行われていた【花降り祭り】は、祭祀の途中から雨が降り出したものの、次に鐘が鳴る頃には小雨になり、6の大鐘が鳴る頃には雨が上がりって、白い雲を残した空に、太陽が顔を出していた。

 ここ数年——少なくとも私がレオーネ公爵家雇われて護衛をするようになってからは、【花降り祭り】で雨が降ったことはない。だからだろうか、雨が降っていた時、祭りの会場には浮かない顔をした人が多かった。けれど雨が止み、祭りの終盤に差し掛かる頃には、人々の顔からは暗いものが失せ、最後はほとんどの人が明るい顔で手を取り合い、祭りが終わる瞬間まで楽しそうに踊っていた。

 そんな様子を、私は護衛として目を光らせながら、今回も魔術で気配を消して空から見守っていた。護衛は祭りを楽しむことができない、のではなく、ただただ私が知らない人にもまれながら知らない人と共に踊りたくないからだ。他の護衛達は目を光らせながらも祭りを楽しんでいたのだが、私は5年間、毎回護衛だからと言い訳をして逃げている。おそらく公爵様は気付いているだろうが、今回も公爵様からお咎めはなかった。

 そのことにホッとしつつ、少しのモヤモヤを残しながら帰宅したのがつい先ほどだ。

 今日はエルトン様ではなく、ジリオ様に送られてきた私は、いつものようにソファに腰を下ろす前に照明魔道具を消し、マジックボックスにしまっていた、公爵様から渡されたアグリアのブローチを取り出した。木箱の蓋の内側に書かれていたことに従って。


『エレナちゃん、成人おめでとう。家に帰ったら、部屋の中を真っ暗にしてみてね』


 こうして私は、おばあさまが残していったペンダントと、おばあさまが公爵様に託していったらしいブローチを手にしているのだが、これらがどういうものか、説明されていないのにわかる。この2つは、2(・)つ(・)で(・)1(・)つ(・)の(・)魔(・)道(・)具(・)だ。どちらかが欠けていれば起動することはできず、揃っていたとしても、起動の仕方がわからなければ使うことはできない。おばあさまは、受け取るのが私だからこそ、こういう形の魔道具を残していったのだろう。私は魔道具を見ただけで、どういうもので、どのように使うのかを理解できてしまうから。

 おばあさまがこの家から姿を消したのは5年前、私がレオーネ公爵家に雇われると決まった2日前だ。

 国家魔術師であったおばあさまが数日家を空けることはよくあったから、その時、私はおばあさまがいないことを気にしていなかった。だが、おばあさまが姿を消した2日後、丁度、私がレオーネ公爵家に雇われると決まった当日に、おばあさまが国家資格を剥奪されたという噂が街で流れた。

 なぜそんな噂が流れたのか、今になってもわからない。噂が本当のことかもわからない。でも、おばあさまが国家資格を失ったことだけは確かなことだ。

 資格を剥奪されたのか、それともおばあさま自ら返上したのかは定かではないが、私は噂の真偽を確かめることができていない。せめて、おばあさまが今どこにいるのかだけでも知りたいが、それすらわからずじまいだ。

 おばあさまがいなくなって何度かカシミロ様を尋ねてみたが、その度にはぐらかされている。一斉改装の時のように。

 それが、5年経った今になってわかるかもしれない。この魔道具は記録魔道具であるから。もしかしたら、おばあさまがこの魔道具になにか残していったかもしれない。

 なぜ今になってと、なぜブローチを公爵様に託したかと、疑問が沸々湧き起こる。でも、5年間ずっと気になっていて、確かめることができなかったことがわかるかもしれない。それだけで、たった今湧いたばかりの小さな疑問などどうでもよくなる。


「? エレナ?」


 淡い緑色の光を放つペンダントと、淡い青色の光を放つブローチを握りしめながら、体が勝手に震える。

 知るのは怖い。でも、おばあさまの汚辱を覆すことができるなら、私は何でもしたい。人前に立つことも、今ならできる気がする。

 震える手で、両手に握るペンダントとブローチを合わせて、同時に、同じ量の魔力を注いでいく。魔力が注がれるにつれ、双方の魔石から放たれる光が強くなっていく。手の中の熱が上がっていく。照明魔道具を使用していないのに、魔石から放たれる光で図書室の中がはっきり見える。

 熱くなりすぎて手を離してしまいたくなってきたころ、一際強い光を放ち、魔道具の魔力がいっぱいになったのを感じた。直後、魔石から放たれていた光が収縮して、1つの点になって宙に浮かぶ。その点が私の周りを1周したと思ったら、今度はゆっくり広がり、ある形になった。

 足元で、アウリが息を呑んだ。それと同時に、形が整った光は室内全体を照らして、消(・)え(・)て(・)い(・)っ(・)た(・)。

 何が起きたか、理解できなかった。

 魔道具の起動に失敗したわけではない。むしろ、その逆だ。成功したからこそ、何が起きているのかわからなかった。

 魔道具を展開している間、私は照明魔道具をつけていない。今も、私は照明魔道具を起動していないはずだ。なのに今、室内は照明魔道具を使用しているかのように明るくなっている。夜のこの家の中は、照明魔道具を使用しないと暗いままなのに。

 なによりも目を瞠ったのは、私とアウリの前に、いるはずのない人物が目を閉じて立っていることだ。

 何も言えないでいる私とアウリを前に、彼女はゆっくりと目を開け、私を視界に映した。


「エレナちゃん、ひさしぶり。成人おめでとう」


「お、ばあさ、ま……?」


 その人物、私のおばあさまが柔らかく微笑む姿も、優しい声も、5年前と何1つ変わらなかった。

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