おばあ様が残したもの 2
ゆるく三つ編みに結われた長い絹のような金髪と、タレ目気味の柔らかいエメラルドのような瞳は美しく、年齢を感じられない。
5年前と変わらない、いや、まったく同じ姿のおばあさまが今、口元に微笑をたたえ、まっすぐ私を見ている。
今までどうしていたのか。なぜ急にいなくなってしまったのか。おばあさまが国家資格を剥奪されたのは本当のことか。聞きたいことは、たくさんある。——あるのに、
「……ぁ……」
5年ぶりにおばあさまを前にして、言葉が出てこなくなってしまった。
言葉が出ない代わりに、両目から涙が零れ落ちてくる。いつも、この図書室だけで流している涙とは違った涙が、溢れて止まらない。
足はおもりが付いているように重たくて、すぐそばにいるおばあさまに抱き着きたいのに、動くことができない。辛うじて動かすことができた腕を持ち上げて、懐かしい、おばあさまのグレーのスカーフに手を伸ばす。
「あ…………」
でも、私が触れた瞬間、目の前にいたおばあさまが消えて、部屋にはまた暗闇が訪れた。
部屋の中が暗くなったことで、私は、ようやく今の状況を思い出した。私は、おばあさまが残していった記録魔道具を展開したところだった。
思い出したことで、おばあさまには会えない現実を突きつけられたようで余計に悲しい気持ちでいっぱいになったけれど、悲しんでばかりもいられない。おばあさまが魔道具を2つに分けてまで残していったのは、よほど大事なことを私に伝えなければならないからだろう。
涙を拭うと、真っ暗だった室内は少しずつ明るさを取り戻して、消えてしまったはずのおばあさまも、変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。
「エレナ……」
「大丈夫だよ、アウリ」
いつの間にか足元まできていたらしいアウリに笑いかけて、深呼吸をしてからおばあさまに目を向ける。
魔道具は、正常に発動した。あと私がすることはなくて、待っていれば目の前のおばあさまがしゃべる出すはずだ。なのに、おばあさまはしゃべるどころか、動くこともない。もしかして、さっき触れてしまったのがよくなかったのだろうか。もう1度発動すれば大丈夫だろうか。
そんなことを思っていると、目の前のおばあさまが、フッといたずらっぽい笑顔になった。
よかった、不具合が起きたわけではなかった。と思ったのは一瞬のこと。
『うふふ、びっくりしたかしら? なな、なんと! エレナちゃんに内緒で、記録魔術と幻影魔術を掛け合わせた魔道具を発明してみました! さっき触った時に消えたのは、今の私が幻影だからなのよ!』
おばあさまがこれを記録に残したのは、姿を消す前のことであるから5年以上前のことのはずだ。なのに、私がおばあさまの幻影魔術に触れることを確信していたという口ぶりだ。
『そ、れ、に、記録術式と幻影術式を掛け合わせた術式を1つの魔石に描いてもいいと思ったけど、どうせならエレナちゃんを驚かせようと思って、2つの魔石に分けてそれぞれ術式を描いてみたの! 2つで1つの魔道具って初めて作ったけど、成功してよかったわ~。どう? どう? びっくりしたかしら?』
まるで、いたずらが成功した少女のようなきらきらした瞳で見つめてくるおばあさまは、私の記憶の中のおばあさまと同じで、自然と口元が緩む。
『エレナちゃん相手に、見ただけで魔道具だとわからないように作るのは大変だったわ〜。でも、そこは国家魔術師の意地でのりきったわよ! って、これをエレナちゃんが見てる時は国家資格はないのだったわね』
あちゃー! と額に手を当てて、なんでもないことのように笑うおばあさまを前に、私は、緩んでいた表情がまた強張っていくのがわかった。
おばあさまは、5年前には国家資格を失うことをわかっていた。目の前のおばあさまは笑っているけれど、資格を失う瞬間も、こうして笑っていられたとは思えない。
それに、おばあさまはいつから、資格を失うことを知っていたのだろう。これを記録に残したのがいつかわからないけれど、おばあさまの口ぶりからして、まだ国家資格がある時のようだ。おばあさまはずっと、資格を失うことを知っていたのだろうか。5年前まで、私はおばあさまと一緒に暮らしていたというのに、レオーネ公爵家に雇われる瞬間まで気づくことができなかった。
『あ、そうそう。エレナちゃん、きっと気になっているだろうから、帰ったらこの魔道具をどうやって作ったか、教えてあげるわね!』
「……え……?」
『まあ、これを見てるってことは、エレナちゃんの成人を祝うお祭りまでに帰れなかったのだし、いつ帰れるのか想像もつかないのだけれど』
まったく、あと5年先のことならエレナちゃんの成人をお祝いできたのに。そうむくれたおばあさまは、1度大きく息を吐き出すと、また優しい柔らかい笑顔になった。
『まあでも、いつかは必ず帰るわ。その時にちゃんと、エレナちゃんの成人をお祝いしましょう』
「……うん。うん、待ってる」
目の前のおばあさまは、魔道具で姿を見せているだけで、実際にここにいるわけではない。それでも、頷かずにはいられなかった。
おばあさまは、帰ってくる。いつかはわからないけれど、これを残していった5年前に帰る気持ちがあったことは確かだ。それがわかっただけで十分だ。
おばあさまがいなくなって、おばあさまの国家資格が剥奪されたと噂が流れた時、もしかしたら、おばあさまとはもう会えないのかもしれないと思っていた。最悪、もう生きていないとも思っていた。
でも、5年前、おばあさまには帰ってくる意思があった。帰ってくるつもりでいたから、私に魔道具を残していった。だからきっと、おばあさまは生きている。そう確信できた。
『今はまだ、どうしてあなたの前からいなくなったのか、言うことはできないわ。でも、それもいつか必ず教えると約束するわね』
「……うん」
『あとは、言っておくことあったかしら? あ、そうそう。きっと私の国家資格がどうの〜って噂が流れるけど、あまり気にしなくていいわよ〜。資格を失って死ぬわけじゃないし!』
「……ぇへ、うん」
噂の真偽はわからないけれど、本当は、おばあさまの不名誉を取り払うことができるならなんでもするつもりだった。
でも、おばあさまはこれを残している時、資格を失うことも、その後に流れるだろう噂のことも、なにも気にしていないみたいだ。それなら、私がするべきことはない。私は今まで通り、おばあさまの帰りを待っていればいい。
『あーあ、本当、エレナちゃんのお祝いはしたかったわね。いや、まだできないと決まってるわけじゃ……ううん、これをエレナちゃんが見ている時にはお祝いできなかったってことじゃない。あー、もう、想像しただけで悲しくなっちゃう』
どうやら本気で、お祝いできない未来を想像して落ち込んでいるらしいおばあさまは、目元を拭うと、勢いよく顔を上げた。
『直接お祝いできないなら、今、ここでお祝いしましょう!』
そう言うと、おばあさまは短く呪文を唱え、頭上に魔術式が現れ、次の瞬間、部屋に花が降り注いだ。
「わ……ぁ」
「まあ」
思わず声が漏れてしまったのは、私だけではなかった。足元のアウリも、おばあさまが展開した幻影術式に息を飲んだのがわかった。
次から次へと魔術式から降り注ぐのは、プリマベル王国を象徴する白い花、アグリアの花だ。大ぶりな花弁が降り注ぐ光景は、まるで温かい牡丹雪のようでもある。
『エレナちゃん、成人おめでとう。ワンピースも気に入ってくれたかしら? 私が帰った時にも来て見せてちょうだいね』
幻影魔術の中で、優しく笑うおばあさまの姿が、少しずつ透けていく。部屋の中も暗くなっていくから、きっと、これで終わりなのだろう。
『あと、ヘイデンちゃんにもよろしく伝えて……ああ! …………〜!!』
「え?」
消えかけていく中、おばあさまが慌てた表情になり、何かを叫んだような気がした。でも、そこで魔道具は止まって、室内には再び暗闇に包まれた。
どうしたものか迷って、とりあえず照明魔道具を展開して明るくし、ソファに腰掛けると、アウリも隣にやってきた。
「それで、どうするの?」
しばらく、呆然とソファに身を委ねていた私に問いかけてきたアウリが、おばあさまが最後に叫んでいたことを言っているのはわかった。わかったから、思わず膝を抱えてしまった。
「…………とりあえず、公爵様に話を聞かないと、だよね」
「まあ、そうね」
「いやだよ」
それ以外の選択肢などないのだけれど、嫌なことは嫌だ。
でも、逃げることはできなかった。
「いやもなにも、あなた自身のことでしょう。頑張りなさいな」
無慈悲なアウリの応援を受けて、私は溢れる涙を止めることができなかった。
「いやだよお〜。なんでおばあさま、大事なことを忘れるのぉ〜」
できるのは、避けられない未来を作り出したおばあさまに対する恨みをこぼすことだけだった。
『“森の家”の管理のことと、娘達のことを伝え忘れてたわ! ごめんね、ヘイデンちゃんとパトリシアちゃんに聞いてちょうだい!!』
“森の家”とは言わずもがなこの家のこと。娘達、とは私の両親のこと。ヘイデンちゃんとパトリシアちゃん、とはレオーネ公爵夫妻のことだ。
なぜ、レオーネ公爵夫妻なのかわからないけれど、私は今度、レオーネ公爵様に話を聞かなければならない。仕事でもないのにレオーネ公爵家に訪れて、公爵夫妻と話をしなければならない。




