花降り祭り 7
王都で開催される季節の祭りの主催者は教会だ。だから祭りに参加する9家の貴族は大聖堂に集まり、大聖堂で祭祀を執り行う。
そして祭祀が終わると、大聖堂から王城に続く、大通り一帯が会場となった祝福祭に参加する。祭祀には主催者である教会の責任者と9家の貴族しか参加できないが、大通りの祝福祭には貴族のみならず、平民も参加することができる。
祝福祭とは、季節ごと定められた対象者を祝うための催し物だ。通りには食べ物や小物などの屋台が並び、大聖堂と王城の中心である大広場には巨大ステージが設けられ、大道芸人や踊り子らによる見世物がある。そして祭りの終わりには、身分関係なく、祭りに参加する全ての者が大通りで踊る。貴族も平民も関係なくごちゃ混ぜになっているから、踊りに決まりはない。参加者は皆、それぞれが思うまま、1の大鐘が鳴る時まで楽しく踊り続けていれば良い。
これが、季節の祭りの大まかな流れだ。レオーネ公爵家を含めた9家の貴族は参加を義務付けられているものの、重要となる場面は、大聖堂での祭祀のみとなる。
では、実際に祭祀は何をするのかというと、国内全域の魔力濃度の調整と、国内に存在する全ての協会や大聖堂の聖杯に魔力を注ぐ“魔力奉納”だ。
祭祀で奉納された魔力は、次の祭りの時まで、各教会や大聖堂を、そして聖職者達の生命を維持するために必要な源となる。教会に籍を置く彼らは、魔力を扱うことができない——正確には、魔力を持たない【ウニロ】であるから。
プリマベル王国は魔術が発展した国であるが、不思議なことに、古くから魔力を持たない者は敬うべき存在だという考えがある。具体的に言うと、魔力を持たない者【ウニロ】は神の遣いである、といった考えだ。だからプリマベル王国の国民は、生まれてすぐであっても【ウニロ】である限り、身分関係なく教会に籍を置くことになっている。更に言うと、【ウニロ】以外は教会に籍を置くことができない。
けれど、これまた不思議なことに、教会の運営には魔力が必要となる。主に魔道具を動かすために。1日に大小合わせて24回鳴る鐘も、教会の魔道具の1つだ。
だからこそ“魔力奉納”は祭祀の中でも重視されるものだが、聖杯に注ぐことのできる魔力は教会に登録された魔力のみだ。レオーネ公爵夫妻は前回の冬の祭りまで奉納していたから登録してあるが、シルヴィオ様達は今回初めてだから登録されていない。それは前回までの祭りに参加していなかったイアン様と、彼の婚約者様も同じはず。彼らは祭祀が始まる前に登録しておかなければならない。が、
「魔力奉納には十分な魔力量が必要だ。イアン・マリクは魔力量が少ないと聞いていたが、無事に祭祀を執り行うことができるのかな?」
「心配されなくとも、奉納に必要な魔力量には達している。シルヴィオ・レオーネこそ、魔力濃度の調整は魔力の扱いが満足にできないと苦労するらしいが、人の心配をしている余裕があるのかい?」
シルヴィオ様はイアン様と威嚇し合っていて、動くそぶりすらない。2人揃って、こんなところで無駄なことをしている場合ではないはず。けれど、
「心遣いには感謝する。が、うちの魔術師はスパルタだからね。祭祀を執り行うには問題ないくらいの扱いはできるようになっているんだよ。君の方こそ……」
2人の威嚇はヒートアップするばかりで収まりそうもない。
いつの間にか馬から降りていたジリオ様も、イアン様についている護衛達も2人を止めることはできずに諦めた顔をしている。
公爵様達は、と思ったが、
「パティの刺繍は世界一だ!」
「なにおう! 裁縫でうちのジャネットの右に出るものはおらぬ!」
こちらはこちらで、いつの間にか嫁自慢大会が始まっている。シルヴィオ様達を止められるはずがない。
(あと公爵様、他の貴族の方もいるけど、そんな大声で夫人の愛称を叫んで恥ずかしくないのかな)
そもそも嫁自慢をしている時点で今更なのだが、普段の公爵様は人前で夫人、パトリシア様の愛称を呼ぶことはない。恥ずかしいからと。気付いた時に、恥ずかしさに押し潰されないといいけれど。
どちらにせよ、公爵様達に助けを求めることはできない。ならばパトリシア様達は、と思ったけれど、パトリシア様もラティーナ様も、お互いマリク公爵夫人とイアン様の婚約者様と盛り上がっていて見向きもしない。夫人達に至っては、隣で繰り広げられる嫁自慢をきいて「また言ってるわよ〜」なんて言って笑い合っている。
気付けば、来た時にいた他の貴族達は大聖堂の中に入ってしまっていた。私達の後から来たらしい貴族達も、公爵様達の様子に苦笑いをしながら大聖堂に入っていく。
本当に、そろそろどうにかしなければならない。でも、この状況を収められる人がいない。……正直、こんなところから逃げ出して家に帰りたい。文字に埋もれたい。
心の底からそう願って、なんなら声にも出してしまいそうになった時だった。
「レオーネ公爵様、マリク公爵様。仲が良いのはよろしいことですが、今は祭祀の準備をせねばなりませぬぞ」
救世主が、やってきた。護衛であろう屈強な男性を引き連れた彼は、ヴェルデ領とアランチョ領の間に位置する領地、ジャッロ領を治める貴族のエミリアーニ侯爵様だ。レオーネ公爵様とマリク公爵様からは爵位が1つ下だが、1つの領地を治める貴族であることには変わらない。
彼がやってきたことで、ジリオ様達の魔力が安堵の色に変わった。実力社会のプリマベル王国ではあるが、領地を治める貴族の、たとえ小さな口喧嘩でも、間に入って止めることができるのは同じ立場である、領地を治める貴族だけだから。
でも、それだけが理由ではない。
「「仲良くなどないわ!」」
「はいはい。シルヴィオ様、イアン様、お久しぶりでございます。お2人とも、立派になられましたな」
すかさず反論してきた公爵様達を軽くあしらって、シルヴィオ様達にも声をかけてきたエミリアーニ侯爵様は、人の良さそうな笑顔だ。でもその笑顔には隙がないように感じる。
「「お久しぶりです、ルベン・エミリアーニ様。本日はよろしくお願い致します」」
本当は仲がいいのではないか、と思いたくなるほど、声を揃えたシルヴィオ様達は、頭を下げながらお互い睨み合っている。
そのことに気づいているのかいないのか、エミリアーニ侯爵様は笑みを深めた。いや、確実に気付いているだろう。
「ところで、お2人は本日初めて祭りに参加されるのでしたな。魔力登録はお済みですかな」
わざとらしく、まるで今になって気付いた、とでも言うように問いかけたエミリアーニ侯爵様は、変わらない笑顔のままだ。
きっと、彼はシルヴィオ様達が魔力登録をしていないことに、そして、登録もせず威嚇しあっていたことに気付いている。気付いた上で、あえて聞いている。自分のすべきことをしなさい、とでも言うように。
シルヴィオ様達にも、エミリアーニ侯爵様の言いたいことが伝わったのだろう。2人の魔力が気まずく揺れた。
「もしお済みでないのであれば、今からでも間に合います。ささ、早く中へ行きましょう。準備すべきことは他にもありますぞ。良き統治者になるには、任せられたことだけでなく、事前準備にも積極的に携わってこそですからな」
それだけ言うと、エミリアーニ侯爵様は背を向けて公爵様達の元に向かっていった。今度は公爵様達を宥めるために。
エミリアーニ侯爵様は、もうシルヴィオ様達を見ない。でも、シルヴィオ様達はもう言い合いなどすることはない。2人とも優美な足取りで、各々婚約者を伴いながらではあるが、我先にと大聖堂に向かっていく。きっとエミリアーニ侯爵様の言葉に感化されたのだろう。
エミリアーニ侯爵様は、人を動かすのが上手い。噂では、今年王立学院の最終学年で、次期エミリアーニ侯爵となる彼のご子息も人の動かし方が巧みだと聞いた。
シルヴィオ様達から少し遅れて大聖堂に向かう公爵様について、エミリアーニ侯爵様の存在に改めて感謝したのは、きっと私だけではないはず。




