花降り祭り 6
【花降り祭り】に参加する9家の貴族は、王都に到着するとまず大聖堂に向かう。祭りの準備のため、というのが1番の理由であるが、何よりもまず、祭りが始まる前に挨拶を済ませておく必要があるからである。
だから、大聖堂に到着して馬車から降りた公爵様達が、息をつく間もなく話しかけられることは予測できていたことであった。
でも、流石にこれは予想外である。
険悪な空気とほんわかした空気の相対する空気を前に、私の心の隅で蹲っていた疑問が1つ解消する。その一方で、どうして今なんだ、と思わずにはいられない私は、これまでの【花降り祭り】で初めて、ここまで強く帰りたいと願ったかもしれない。
レオーネ公爵邸で1日の流れを確認した後、王都に立ち入るための南門までやってきた私達は、今、大聖堂に向かっている。
魔術師である私がいるから、転移魔術で王都の大聖堂まで行ってしまえば早い。現に、南門までは私が展開した転移魔術でやってきたから、できないことはない。仮に私がいなくとも、シルヴィオ様達は仕事の時、転移魔道具を使って王都の庁舎と公爵邸を行き来している。原理としては直接向かうことができる。
なのに、直接大聖堂に向かわないのは“国、または領地を越えての転移魔術や魔道具による移動は禁ずる”と法律で定められているからだ。この法律がなければ、魔術や魔道具が充実している今、誰でも簡単に国内外を行き来できてしまう。つまり、いつでも、誰でも自由に不法侵入が可能になってしまう。魔術が発展したからこそできた法律である。
国、もしくは領地を越える場合は、それぞれに定められている門で通行証を掲示しなければならない。王都にはこの門が4ヶ所ある。私達が通ってきた南門はそのうちの1つだ。
ただ、この法律に縛られることはない、シルヴィオ様達のような例外もある。
騎士団や魔術師団に所属するものは、ほとんどが自領から王都に通っている。ごく稀に王都で暮らしている者もいるが、それも数えるほどしかいない。そして騎士団や魔術師団は、それぞれ数千人が所属している、プリマベル王国最大の団体だ。毎日、必ず稼働している。
そんな彼らが全員、仕事の度に門を通るとなると、門の周りはたちまち人で溢れてしまう。門を通る者の通行証を確認する職員の負担が大きくなる。
この負担を解消するために、シルヴィオ様達騎士団員を含めた者たちは“通行印を所持している場合に限り、国内を自由に移動することを可とする”となっている。
基本領地で仕事をしている公爵夫妻が直接大聖堂に向かえないのは、通行印を持っていないからだ。シルヴィオ様達も、今日は騎士として王都に出向くわけではないようで持ってきていないらしい。
ちなみに、シルヴィオ様の護衛の時に毎度王都へ出向いている私は、公爵様から依頼を受けた時に条件付きの通行印をもらっている。条件とはいうまでもなく「シルヴィオ様の護衛をする時に限る」ものである。だから先月王立図書館に行った時は、わざわざ門を通ってから向かった。シルヴィオ様はいたけれど、あれは私のプライベートだから。
久しぶりに乗る馬の上で、今日、公爵様達と門を通る時に使った通行証に目を落としながら、通行証を作った時のことを思い出す。あれは、確か王立学院の試験に合格して通えると決まった時のことだから、もう8年も前になる。
王立学院に通う生徒は寮に入ると決まっており、自領に帰る時には申請書が必要となる。私が毎週風の日にエミリオ様の家庭教師をしているのも、エミリオ様が休日には申請書を出してレオーネ公爵家に帰ってきているからだ。
私が王立学院に通う初めの頃は、心がめげそうになる度に森の家に帰っていた。思えば、通行証にはたくさんお世話になっている。
でもあの時はまさか、私が通行証を使わないで王都に来ることが当たり前になるとは考えてもいなかった。人生、何が起こるかわからないものだ。
「エレナ・フィオーレ」
「…………はい」
魔術を展開して周囲を警戒しながらも、今、私が置かれている状況から目を逸らしたくて、よけいなこと……仕事とは関係のないことを考えていると、すぐそばで名前を呼ばれた。驚いた拍子に肩が震えて変な声が出そうになったけれど、気合いで耐えることができた。
でも、1度跳ね上がった心臓はなかなか落ち着いてくれない。
それもそのはず。だって私は今、1人で馬に乗っているわけではない。私の名前を呼んだ人、レオーネ公爵家専属騎士のジリオ・ナルディ様と1頭の馬に同乗しているのだから。
季節のお祭りの時は毎回、公爵様達は王都の南門から大聖堂まで馬車で移動している。今年の【花降り祭り】はシルヴィオ様達も参加するから馬車は2台だ。1台に4人乗ると狭いわけではないが、せっかくなら、移動の時だけでもシルヴィオ様とラティーナ様を2人にしてあげよう、という公爵夫人の考えだ。
実はシルヴィオ様とラティーナ様は、王立学院の頃から仮婚約を結んでいたらしい。つまり、2人はお互いを想い合っていたらしい。しかも、2人の気持ちは正式に婚約を結んだ今でも変わらないという。一般的に仮婚約は誰でも認められているとはいえ、仮婚約を結んだ者同士で正式に婚約を結ぶことになる確率は低いから珍しいことである。
そんなわけで、レオーネ公爵家の馬車は2台大聖堂に向かっているところなのだが、私達護衛3人はというと、それぞれ馬車の周りを馬に乗りながら警護することになっている。だから、今回も南門には馬車が2台と、馬が3頭用意されているはずだった。なのに、なぜか南門には、2台の馬車と2頭の馬しか用意されていなかった。その結果、色々あって私はジリオ様と同乗している。
馬車ならまだしも、同じ馬に他人と乗るのは嫌すぎて、飛行魔術で移動するとごねてみたけど無駄だった。…………いや、やっぱり馬車の方が嫌かもしれない。
「まもなく大聖堂に着く。そろそろ通行証はしまいなさい」
「……はい」
低いだけじゃない、優しさを感じるジリオ様の落ち着いた声に視線をあげると、すでに王都の中心市街に入っていた。
【花降り祭り】では、王都全体が春の花で装飾される。今年も見渡す限り、花で溢れている。花の都、と言っても過言ではないほどに。
祭りが始まる前とはいえ、街中にはすでに国内外の観光客で溢れている。去年よりも少し多いだろうか?
どれだけ街に人がいようとも、大聖堂は王城と庁舎に次いで高い建物だ。人混みの向こう側に、色とりどりの花で彩られた建物が見える。言うまでもなく、私達が目指している大聖堂だ。
「流石は春の国、プリマベル王国の祭りだ」
今年も大聖堂に近づくにつれ、華やかになっていく街並みを感じていると、人混みの中から声が聞こえてきた。おそらく、ヴィノリーナ皇国から訪れた観光客だろう。
周囲に目を向けると、プリマベル王国では見慣れない、ヴィノリーナ皇国特有の裾の長い服を着た人達が確認できる。でも、予想していたよりも少ないように思う。この後から増えてくるのだろうか?
そんなことを考えているうちに、大聖堂に到着した。
馬に乗ったまま門をくぐると、スッ、と人の気配が遠くなっていくように感じる。普段は誰でも自由に出入りできる大聖堂だが、祭りの日は一般市民の立ち入りを禁止している。
ただ、一般市民は立ち入ることができないが、祭りを執り行う者は出入りできる。だからひと気が全くない、なんてことはなく、門をくぐった先にはすでに馬車が数台か停まっていた。
ここまでは私の想定内で、きっとジリオ様も予想していたことだったと思う。
なのに、一瞬にしてすぐそばの、ジリオ様から放たれる魔力が険しくなったのは、レオーネ公爵家のものより少し早く到着していたらしい馬車から降りてきた人物が、そして馬車に記されている家紋が目に入ったからだと思う。その人物、ジャッロ領を挟んでヴェルデ領の東に位置するアランチョ領を治める彼は、レオーネ公爵様とは馬が合わないらしく、顔を合わせる度、2人の間には険悪な空気が流れるから。
建物に入る前から2人が顔を合わせてしまうと面倒だ。
そう考えたのは、私だけではなかった。すぐにジリオ様と、もう1人の護衛騎士のイリデ・カッターニ様が動く。……が、少し遅かった。アランチョ領を治める貴族の目が、こちらに向いた。そして、馬車に記されているレオーネ公爵家の家紋を認識してしまった。
私達の存在に気付いた彼は、護衛を引き連れて、公爵様の乗る馬車に向かってくる。当然、逃げ道などない。
早々に諦めたらしいイリデ様が、馬から降りると馬車は停まった。そして、公爵夫妻と、少し遅れてシルヴィオ様達が出てきた。
「おやおや、貴殿のご令息は命を狙われているのではなかったかな。そのような時に祭りに参加させてよろしいのですかな?」
「ははは。心配されずとも、うちには優秀な護衛が付いている。そちらこそ、先日の王立学院の件でアランチョ領出身の教員の多くが懲罰を受けたと小耳に挟んだのだが、対応に忙しいのではないか?」
やはり、顔を合わすなり2人はお互い挑発を始めた。頭を抱えているイリデ様と、アランチョ領の護衛達の魔力は一様にうんざりしたものになっている。
でも、ここまでであればいつも通りのことだった。だから私は、面倒だな、早く終わらないかな、くらいにしか思っていなかった。それで終わらなかったのは、険悪な空気は公爵様達だけで収まらなかったからだ。
「レオーネ隊長、いや、シルヴィオ・レオーネ。騎士団の隊長ともあろうお方がこのような場にいていいのですか?」
なんと、アランチョ領を治める貴族、マリク公爵様から少し遅れてやってきた緑髪の人物が、シルヴィオ様に突っかかってきた。
「本日のために十全な備えはしてある。君の心配することではないよ」
しかも、シルヴィオ様も公爵様のように挑発に乗ってしまった。
馬から降りると、背後からジリオ様のため息が聞こえてきた。きっと気のせいではない。私もため息をつきたいから。
バチバチぶつかり合う男性陣を置いて、両家の女性陣は仲良く談笑している。どうしてだかわからないが、レオーネ公爵家とマリク公爵家は、男性同士が険悪な反面、女性同士は顔を合わせると手を取って喜ぶほど仲がいいらしい。なぜだろう。
ただ、気になるのはそれだけではない。シルヴィオ様と言い合いをする男性を、私はどこかで見たような気がする。それから、笑顔の反面、ビリビリと荒く燃えるシルヴィオ様の魔力を、私は前に見ている。どこで見たのだろうか。
記憶を辿るけれど、私が答えを見つけ出す前に、シルヴィオ様が彼の名前を口にした。そして、思わず頭を抱えたくなった。
「君こそ、班員達をまとめていなくていいのかい、イアン?」
瞬時に全てを思い出した私は、そういえば、前にクレア様が彼のことを『マリク班長』と呼んでいたことも思い出した。彼は騎士団の第3部隊に所属する班長の1人、イアン・マリク様だ。私がシルヴィオ様の護衛として初めて騎士団に行った時、私が騎士団にいるわけを聞いてきた人。そして、彼の言った嫌味に対して、シルヴィオ様が私に稽古をつけてもらう、と言った時に不機嫌そうだった人。まさか彼が、レオーネ公爵様と仲の悪いマリク公爵様のご令息だったなんて。
今度ははっきり聞こえてきたジリオ様のため息に、私もため息を堪えることができなかった。




