花降り祭り 5
公爵様について向かった先は応接室だった。
室内にはすでにシルヴィオ様と、公爵夫人のパトリシア様、それから、シルヴィオ様の婚約者であるラティーナ様と護衛2人がいた。護衛の2人はもちろん、シルヴィオ様達3人は立ち上がっているが、直前まで何かをしていたらしく、机の上には記録魔道具が置かれている。
「公爵様、ご無沙汰しております。未熟者ではございますが、本日のお勤め、精一杯果たさせていただきます」
綺麗な所作で挨拶したのは、ラティーナ様だ。普段、仕事の時は邪魔にならないようにお団子にしてまとめているらしい水色の髪を、今日は上品に巻いて1部を編み込んでいる。王立学院で時々見かけた時も同じような髪型をしていたから、これがラティーナ様の社交の場での姿だろうか。
「そう畏まらずとも良い。気を張りすぎず、我々も祭りを楽しもう」
優しく声をかけた公爵様は、空いていたひとつの椅子に腰掛けた。彼が腰掛けたことで、シルヴィオ様達3人も腰を下ろした。
公爵様と部屋に入ってきた時、室内には公爵家に雇われた護衛騎士が2人いた。その2人は今入り口に立っている。必然的に、私は公爵様の後ろに控えることになる。
私が公爵様の後ろに立ったところで、パトリシア様が机の魔道具を操作した。ヴヴ、と音を立てて魔道具が表示したのは、王都の地図と、【花降り祭り】で公爵様達が祭祀を執り行う大聖堂の拡大地図だ。
「では、大まかな流れと我々の役割を確認していこうか」
王都で開催される4つのお祭りは、4の大鐘と5の大鐘の間の2つ目の小鐘が鳴る頃から深夜を告げる1の大鐘までの、ほぼ半日かけて行われる祭りだ。ただ、今は4の大鐘が鳴ってからあまり時間が経っていない。お祭りに参加する9家の貴族は準備があるから早めに到着している必要があるとはいえ、王都に行くには早すぎる。そして、私が公爵邸に呼ばれた時間も去年より早い。
では、王都に行くまで何をしているのだろう。と思っていたのだが、ようやく理解できた。
(そっか。シルヴィオ様とラティーナ様、今回初めて【花降り祭り】に参加するんだった)
季節のお祭りに参加する9家の貴族には、お祭りごと、それぞれ役割がある。中には9家すべてに共通するものもある。
祭りは半日という長いものだが、逆に言えば、半日以内にすべてを終わらせている必要がある。祭りを滞りなく進めるために、シルヴィオ様とラティーナ様が事前確認しておく必要があるのは当然のことだ。レオーネ公爵家に与えられている役割の際に手間取ってしまうと、他の8家に迷惑がかかってしまうから。
公爵様達が確認を始める前に、私は室内に防音結界を展開する。
祭りの概要を外部に漏らすことは、固く禁じられている。知る権利があるのは祭りに参加する貴族夫妻と、護衛5名まで。私がレオーネ公爵家に雇われてから、レオーネ公爵家は毎年、今室外で見張りをしている騎士2人と私が祭りの時に護衛しているから3人だけが知っていることだ。万が一私や、外の騎士達が祭りのことを外部に漏らした場合、相当の処罰が下される。私の場合は、よくて修道院送り、と言ったところか。
淡々と確認を進めていく公爵様達を視界に映しながら、情報を漏らしてしまった場合の最悪の事態を考えて体が震える。よくて修道院送り、とは言うが、修道院に行くと言うことは自由がなくなることだ。娯楽もなく、人のために残された人生を捧げなければならない。当然、聖書以外の本を読むことなど許されない。私にとって地獄と等しいことだ。
(まあ、漏らすって言っても、私がちゃんと話せる相手なんてアウリしかいないんだけど)
どこから漏れるかわからないからアウリにも話していないが、人と会いたくない私は、頻繁に会って話をする友人がいない。最近はモナさんと再会したが、彼女は忙しいようでなかなか会えずにいる。祭りのこと以外も話す時間がない。
そういえばティルソン様のことも話せていなかった。私はティルソン様から解放されたけど、モナさんはどうなったのだろう。
盗聴を警戒しつつ、考えごとをしていると、突然視線を感じた。ツ、と目を動かすと、予想外の人が私を見ていた。
(え、私、ラティーナ様に何かした?)
目が合ったらすぐに逸らされてしまったが、彼女は何か言いたいように見えた。これまで言葉を交わしたことなどないけど、知らないうちに何かしてしまったのだろうか。
(あっ! もしかして、シルヴィオ様の護衛?)
シルヴィオ様の婚約者である彼女は、シルヴィオの近くに違う女性がいることに不安を感じているのだろうか。
(違うの、私は公爵様から正式に依頼を受けたから護衛してるの! 私はシルヴィオ様のこと何とも思ってないから! できるなら護衛なんてしたくないし!)
声には出さずに、目線だけで訴えるけれど、ラティーナ様はもう私に目を向けなかった。
結局、そのまま【花降り祭り】の確認は終わって、言葉を交わすどころか、目も合わせることなく会場に行くことになった。この時、私は初めて人と話がしたい、と思ったかしれない。
(あぁ〜、もう! 誤解されてるなら早く解きたいのに〜!)
1の大鐘が0時頃、と言う設定です。




