花降り祭り 4
「やあ、エレナ。今日もよく似合っているよ」
「……お褒めいただき、感謝申し上げます」
3人の使用人に取り囲まれて着飾られた私は、4の大鐘の音を聞きながら、エルトン様に案内されてまた違う部屋に通された。
そこに待っていたのは、レオーネ公爵様の執事、アルフォ・テスタさんと、立派な革張りの椅子に腰掛けた男性だった。
にこにこと優しい笑みを浮かべ、椅子に腰掛けたまま当然のことのように賛辞の言葉を述べる目の前の彼に対して、いつものように表情を作って丁寧すぎるほどの礼をする。
シルヴィオ様とよく似た宝石のような紫の瞳を持ち、絹のようにサラサラした癖のない金髪を後ろで1つに結んだ彼は、この家の主人。ヘイデン・レオーネ公爵様本人だ。彼こそが、私の雇い主であり、国家魔術師になることもできなかった私に救いの手を差し伸べてくれた人。
そして、ついさっき、私が3人の使用人によりもみくちゃにされることになった元凶だ。
「はは、せっかく可愛らしい格好をしているのだ。そう怒るものではない」
私は不満を感じているけれど怒ってはいない。でも、そんな小さなことなど、訂正する必要はないから何も言わないでおく。
もう何度目になるかわからない言葉を口にする彼は、私が本当はこうして着飾られることを苦手としているとよく知っている。だからこそ、確実に私が逃げることのできない時、つまり、私が着飾られる瞬間まで、私にそのことを悟らせることはない。今日のように。それから、約1か月半前に、私がシルヴィオ様の護衛とエミリオ様の家庭教師という依頼を受けた日のように。
ただ、文句を言うことができないのは、彼が私の雇い主だから、というだけではない。彼が私を着飾る時は、必ずちゃんとした理由がある。前回は食事会が理由だったが、今回の理由は何だろう。
私が疑問を持ったことに、公爵様はすぐ気付いたようだ。
「アルフォ」
ふっ、と息を吐き出した公爵様に呼ばれたアルフォさんは、足音も立てずに前に進み出ると、片手サイズの木箱を差し出してきた。一瞬迷ってから、両手で受け取ると、彼はまた足音もさせずに公爵様の後ろに下がった。
「これも、今エレナが着ているワンピースと共に託されたものだ」
公爵様の言葉に、私は、ついさっき着せられたこのワンピースは公爵様が用意したものでないことを初めて知った。そして、あり得るはずのない予感が沸き起こった。私には、今、アウリ以外の家族がいないのに。
手の中の木箱は、記憶にないものだ。ついさっき着せられたワンピースも、初めて着る。なのに、私は、このワンピースをどこかで着たように思う。木箱の中になにが入っているのかも、なんとなくわかる。
恐る恐る箱を開けてみると、やっぱり、木箱の中には、想像通りのものが収まっていた。プリマベル王国を象徴する、アグリアの花のブローチだ。
でも、私はブローチよりも、蓋の内側に刻まれた文字に目が奪われた。それはあり得るはずのなかった私の予感を確信に変えるものだった。
どうして、公爵様がこれを持っていたのだろう。
「あの……」
だけど、私が問いかける前に、部屋のドアがノックされた。
「エレナには我々の護衛という仕事を依頼している。が、それをどうするかは君に任せるよ」
公爵様は、私には仕事があるけれど、私も祝われる対象であるからブローチをつけても構わない、と言っている。でも、私が他者から祝われることを好まないことを公爵様は知っているから、無理につけることを勧めてもこない。もし、ブローチをつけてしまえば、これから王都に行く私は、名前も知らない相手に祝われることを回避することはできないから。
公爵様の言葉に甘えて、ブローチは木箱ごとマジックボックスにしまう。帰ってから、アウリの前でだけつけよう。
「さて、では行こうか」
私がブローチをしまっている間に、公爵様は立ち上がって準備を整えていた。さっきのノックは、公爵様を呼びに来たものだったらしい。
公爵様は、ブローチとワンピースを「託された」と言っていた。つまり、ブローチとワンピースを用意した人は、少なくとも5年前から、私がレオーネ公爵家に雇われた時から、こうなる未来を確信していたことになる。
でも、レオーネ公爵家に雇われる以前、私は公爵家との関わりがなかった。託すなら、少しでも関わりのあったカシミロ様の方が納得できる。どうして、公爵様に託していったのだろう。
なによりも気になるのは、みんなは、何を私に隠しているのか、だ。
気になるけれど、一斉改装の最終確認の時、カシミロ様に聞いてみても教えてもらうことはできなかった。今、公爵様に尋ねても教えてはくれないだろう。
初めて着るのに、妙に着心地のいいワンピースの裾を、皺にならないように気をつけて摘み、深呼吸をして公爵様の後に続く。
私は、レオーネ公爵家の魔術師、エレナ・フィオーレ。国家魔術師でもない、魔術師の端くれにすぎない私は、本来、雇い主である公爵様の依頼をこなすだけの存在。私個人の感情で依頼を疎かにすることはできない。今は、【花降り祭り】で公爵夫妻とシルヴィオ様と彼の婚約者の護衛という仕事を、無事に終えるごとだけを考えるべきだ。




