花降り祭り 2
お祭りの日に、それも春のお祭りで晴れるというのは、1年を幸せに過ごすことができる。という言い伝えがある。
これは、実は政治面においても、密かに重視されているものだ。と言うのも、春の祭り【花降り祭り】の日に、王都が終日晴れであれば、次の【花降り祭り】まで、他国との諍いなく平和な1年になる、と言われているからだ。
言い伝えと言うよりも、一種の占いと言った方が正しく、根拠も確証もないものである。が、不思議なことに、これまで外れたことがない。
朝、起きた時に魔道具で確認したところ、今日、王都は1日晴れると予測されていた。
もしかしたら今年は、と考えないわけではないが、晴れていると知ると安心する。
とはいえ、これはあくまで政治の面において、他国との諍いがない、と言うことである。私、エレナ・フィオーレが幸せに暮らせると確信できるものではない。
そして、私が幸せに暮らせる可能性は、限りなくゼロに等しい。
「…………いつまでそうしているのかしら?」
「んぐ……」
いつものように、「行ってきます」と言ってからずいぶん時間が経ったとは思う。けれど、どうしても最後の決断ができない。
深呼吸をして、ドアノブに手をかけてドアを開けようとして、でもやっぱり開けられなくて、だけど時間は迫っているから行かなければならない。そんなことを繰り返していると、後ろからアウリの呆れた声が聞こえて来た。
振り向くと予想通り、姿勢良く床に座るアウリが、ジトッ、とした目を向けていた。
「うぅ……行きたくないよぉ〜……」
アウリは呆れを隠していないのに、顔を見てしまったら、少しばかり上がっていた行く気メーターがマイナスまで下がってしまった。
私の幸せは、人に会わずに、この家の中で本だけを読んでいることだ。レオーネ公爵家に雇われている間は、幸せを願っても叶うことはない。
「んぅ……わ、わかってるもん、逃げられないって。逃げないもん。ちゃんと行くもん。でも、でもでもでも、気持ちはすぐに変えられないって言うか……」
「変えられないもなにも、いつも同じでしょう。どうせ変わることはないのだから、早く行ったほうがいいんじゃないかしら?」
「ゔ……」
気持ちが変わらないことも、ぐだぐだしているこの時間が無駄なことも、私が1番よくわかっている。
それでも、家から出る決心がつかない。
もう立っていることも嫌だ。スカートが汚れることも気にせず座り込むと、すり、とアウリが体をすり寄せてきた。一見優しそうに見える行動だけど、アウリは体全体で私をドアの方に押している。早く行け、と言いたいらしい。
「やだよぉ……ラティーナ様、こわいよぉ……」
それでも私が動かないでいると、アウリは諦めたようにため息をついて、私を見上げてきた。
「怖いって、話したこともないのでしょう?」
「話したことがないからだもん。どんな人か、全くわからないんだもん」
「でも会ったことはあるのよね? その時にわからないものかしら?」
ラティーナ様は、シルヴィオ様の1つ下だ。私とは王立学園で同学年だったこともある。ただ、クラスは違ったから話したことはない。話したことはないけど、遠目から見たことは何度かあるから、どんな容姿の人かはわかる。それだけだ。
実は最近になって、何度か会ったことはあるのだけれど、それでも数秒目が合っただけで話したことはない。
実際に話すのと、見たことがあるだけではまったく違う話だ。
「言葉を交わさないと、人となりがわからないもん」
ぐじぐじ呟くようにいうと、アウリはまたため息をついた。
「じゃあ行かないの?」
「それはダメだよ!」
行きたくはなくても、すでに依頼されて承諾してしまっている。というか、依頼された時点で、私には拒否権がない。初対面の人に会いたくないから仕事に行かない、なんてできない。
だからちゃんと行くつもりではいた。でも、嫌だ嫌だと思っていたら、いつもより早くに目が覚めて、いつもより早くに準備が終わってしまった。時間だけは十分すぎるほどあるのに、気持ちはまったく足りていない。
「なら早く行ってきなさい」
「あ、待って、アウリ……わ、わかった、わかったから。ちゃんと、行くから」
でも、いつまでもうじうじしている私に呆れたのか、はたまたうんざりしたのか、アウリはさっきよりも強い力で私を押してきた。行きたくないけど、まだ時間はあるけど、行くしかなるまい。
重たい腰を持ち上げて、これまた重たい体を動かして扉を開けると、目が眩みそうなほどに眩しい朝日が差し込んできた。
「いってらっしゃい」
「……うん……いってきます……」
「あ、そうそう」
「?」
とぼとぼと家から出ると、アウリが今思い出した、と言いたげに声を上げた。
「春のお祭りは、国内すべての成人する人を祝うお祭りなのよね?」
「うん、そうだけど……」
プリマベル王国には、季節ごとに王都で開催される大きな祭りがある。そして、それぞれの祭りでは、祝う対象が存在する。春の祭りでは、国内にいる、前年の夏から今年の春にかけて成人した、すべての人が祝われる対象だ。祝われる対象者は祭りの会場である王都に行き、胸にプリマベル王国を象徴する、9つの花弁があるアグリアの花を模したブローチをつけることで、他者から祝ってもらうことができる。このブローチは家族から贈られるのがこの国の伝統だ。
ただ、すべての国民が王都の祭りに参加できるわけではない。祭りに参加できない者達は、1日アグリアの花のブローチをつけて、夜になってからそれぞれ、家族や知り合いに祝われるという。
私の頭に入っていたのは、このことだけだった。
だからアウリが続けた言葉を、すぐに理解することができなかった。
「帰ってきたら、たくさんお祝いしましょう」
「? うん、わかった……?」
ひとまず返事をしたはいいものの、私には誰のお祝いをするのかわからなかった。
わかったのは、家を出て、森の中の道を進んで、いつもの場所でレオーネ公爵家に行くための転移術式を展開した後だった。
「……あ、そっか。私、この前18歳になったんだ」
そう呟いた直後、私はいつものように、レオーネ公爵邸の中庭にいた。
私が魔術師となったのは13歳の時。あれから5年経っていて、この前、私は18歳になったばかりだ。
そして、この国、プリマベル王国の成人は、18歳だ。私は今年、お祝いされる側だった。




