花降り祭り 1
プリマベル王国は、別名、春の国と言われている。理由は、1年を通してもっとも春が長いから。……ではなく、国の名前が、古代語で春を意味するものだからである。
では、なぜ春という名前がつけられたのか、となるのだが、実はあまりよくわかっていない。建国したのが春だったとか、初代国王が春を大事にしていたとか、色々言い伝えは残っているが、それも確かなことではない。
確かなことは、プリマベル王国には四季があることと、それぞれの季節には、王都で開催される大規模な祭りがあるということ。そしてプリマベル王国は、中でも、春の祭りをもっとも大切にしていることだ。
理由は、国の名前が春だから、というのもあるが、春の祭りは貴族も平民も関係なく、すべての成人する若者を祝う行事でもあるからだ。
その祭りが2日後に迫っている。
さらに、今年の春の祭りは、ヴィノリーナ皇国と協定を結んで初めての大規模な祭りだ。国民のみならず、多くの観光客も訪れるだろうと予測されている。つまり、祭りの運営側が準備で忙しいのはもちろん、街の治安を維持する騎士団や魔術師団が警備体制を強化するために忙しいのは当然のことだ。
私がティルソン様から呼び出された翌日、火の日。シルヴィオ様の護衛でいつものように庁舎に来た私は、ひと月ぶりの定例報告会で春の祭り、【花降り祭り】のことを聞いた。そして、王都で開催される大規模な4つの祭りのことを思い出していた。
私はレオーネ公爵家に雇われてから、5年間、毎回必ず4つの祭りに参加している。もちろん、遊びに行っているわけではなく仕事として。
王都で開催される季節の祭りには、プリマベル王国に9つある領地を治める、9家の貴族の出席が義務付けられている。当然、ヴェルデ領を治めるレオーネ公爵家も対象内で、レオーネ公爵家からは毎回、公爵夫妻が出席している。私は彼らの護衛として、毎年、4つの祭りに参加していた。
では、今年の春の祭り、【花降り祭り】では、私はどのような形での参加になるのだろう。いや、今年も人がたくさんいるだろうから、正直に言ってしまえば参加などしたくな。けれど、例年通りなら公爵夫妻の護衛として参加することになるだろうから、そんなことは言っていられない。
ただ、今年はシルヴィオ様の護衛という仕事がある。公爵夫妻にも護衛は必要であるとはいえ、公爵家には私などと比べることが申し訳なくなるような優秀な騎士や魔術師が、数名と数は少ないものの、護衛として雇われている。そして【花降り祭り】当日は土の日で、シルヴィオ様の護衛はお休みの日だ。でも、シルヴィオ様にはエルトン様とアーウィン様が付いるとは言え、仮にも狙われている身のシルヴィオ様を、国民以外が訪れると予測される場に放っておくのはいささか不用心が過ぎるではないだろうか。となると、やっぱり私はシルヴィオ様の護衛に着くことになるのだろうか。
と考えていたのが、ちょうど1週間前の話だ。
星の日である昨日は休みの日であるにも関わらず、私は公爵様に呼び出された。そして気になっていた【花降り祭り】当日の仕事内容を聞いて、やっぱりアウリに泣きついた。
でも1日経って、シルヴィオ様の護衛としてやってきた庁舎で、先月以上に積み重なっている書類を前にしたシルヴィオ様が、何も言わずに魔道具と地図を駆使して淡々と書類を片付けているのを見て、何も言えなくなってしまった。
公爵家まで私を迎えに来てくれたらしいエルトン様によると、シルヴィオ様は一昨日から家に帰っていないらしい。しかも、まともな睡眠もとれていないという。普段の業務に加えて、【花降り祭り】の準備で忙しいみたいだ。
「レオーネ隊長、本日のパトロールはどうされますか?」
シルヴィオ様が処理している半分以下の書類——それでも1人で処理するには多すぎる——を片付けていたクレア様が、シルヴィオ様の様子を伺うように問いかけた。
クレア様にも【花降り祭り】の準備があるけれど、シルヴィオ様ほどではない。だからクレア様の目の前にある書類は、ほとんどが申請書などの普段の書類で、クレア様達は普段通り、通常業務もしている。
「……申し訳ないが、任せてもいいだろうか?」
「当然です。他に私にできることがございましたら、遠慮なくおっしゃってください」
「はは、申請書の処理だけでも十分助かっているよ」
隈のできた顔で笑うシルヴィオ様は、話している余裕もないようですぐに書類の処理に戻った。
クレア様もそのことを理解しているようで、静かに魔道具をつけると、スコット様とフランキー様を伴ってパトロールに出かけていった。
「ああ、そうだ、エレナ」
「……はい」
シルヴィオ様の護衛のために庁舎に来た時、私は入国申請書の確認をすることが恒例となっている。クレア様達が出ていってからも申請書を確認していると、シルヴィオ様から呼ばれた。
顔をあげると、シルヴィオ様は僅かに疲れを滲ませた顔を私に向けていた。
「今日の稽古はお休みでもいいかい?」
「……はい」
ひと月前に、私はシルヴィオ様が魔力を感知する打開策を見つけた。が、一朝一夕とはいかず、シルヴィオ様の稽古はまだ続いている。前回の稽古で、シルヴィオ様の魔力感知は4割進んだところだ。けれど、感知できるようになったことで簡単な魔力の扱いはできるようになったらしく、今、シルヴィオ様は魔力を抑えることができている。
本来であれば、火の日である今日も稽古があり、これだけ成果が出てきたのだから稽古できない日が来るのは不安だ。が、シルヴィオ様の前には山のように書類が積み重なっている。今日も終わりそうにないのだろう。
ではシルヴィオ様の仕事が終わるまで、私もシルヴィオ様の護衛として帰ることはできないのだろうか。と思ったけれど、どうやらそこまではいいらしい。
「エルトン、7の大鐘が鳴ったら、エレナを送ってあげなさい」
「承知しました」
そして、なぜか今日も、私はエルトン様に送られるらしい。
シルヴィオ様の護衛を初めてひと月と少し。エミリオ様の家庭教師の仕事の日も含めて、私はほとんどの日をエルトン様に送ってもらっている。
護衛対象であるシルヴィオ様の周りが手薄になってしまうのに、なぜ私はエルトン様に送られるのだろう。1度聞いてみたけど、はぐらかされて教えてくれなかった。しつこく聞くのも躊躇われてそのままになっている。
【花降り祭り】は2日後だ。準備で忙しそうなシルヴィオ様はもう顔をあげない。
【花降り祭り】当日に騎士団の仕事をできないシルヴィオ様には、部隊長であるシルヴィオ様がいない状況でも、万全の状態で【花降り祭り】を迎えるための準備がある。なんせシルヴィオ様は、ヴェルデ領を治める貴族として、今年初めて【花降り祭り】に参加しなければならないのだから。公爵夫妻と、シルヴィオ様の婚約者であるラティーナ・オルランディ伯爵令嬢と共に。
そして当日の私の仕事は、公爵夫妻とシルヴィオ様と、シルヴィオ様の婚約者のラティーナ様の護衛だ。シルヴィオ様の1つ下のラティーナ様は、私と王立学院で同じ学年だったことがあって顔も合わせたことはある。けれど、クラスは違っていた。話したことは、当然ない。
明後日、私は初めましての相手を含めた4人の護衛をしなければならないのである。




