呆気ない解放 2
王立学院の卒業生と在校生の情報は、外部に漏らすことを固く禁じられている。場合によっては、学院内や、学院に在学する学生、教師に対しても漏らすことはできない。
ティルソン様は4週間前に王立学院に編入した。編入した理由は今もわかっていないらしいが、編入した経緯はティルソン様本人と、ティルソン様の父親、つまり、ヴィノリーナ皇国の皇帝が編入を希望したそうだ。
そして問題はここから。
学院内では、ティルソン様が編入する前に、その理由がいくつか噂で流れたらしい。どれも信憑性はないものの、正しい情報も公開されないから噂はティルソン様が編入して4週間経った今もそのままになっているという。
ただ、数ある噂のほとんどは事実無根であると流されているようで、信じている生徒も数えるほどしかいないという。1つを除いて。
現在学院では、学院内のみならず、学院外、はっきり言ってしまえば、魔術師団や騎士団、そしてプリマベル王国の政治を担う貴族会をも揺るがす噂があるらしい。それは、ティルソン様はスパイではないか、というものだ。
スパイにしては堂々とし過ぎているし、皇族がスパイとは何事だ、とつっこみたくはなるし、他の噂同様本気で信じている人は少ないらしい。でも、この噂によってティルソン様は学院内でも、学院外でも警戒されているようだ。
そもそもどうしてこの噂が立ったのか、その原因とやらが、私がティルソン様にお願いされた経緯と大きく関わってくる。
なんと、ティルソン様は学院に編入した初日に、学院の教授全員にモナさんのことを聞いて回ったらしい。少しでも情報を得て、モナさんを頷かせる材料を得ようと思ったのだろうか。
「すごいよねぇ。生まれ変わっても、私には真似できないなあ」
エミリオ様から聞いたティルソン様は、あまりにも私の予想の範疇を超えていた。家に帰ってきて、アウリに話しながらも遠い目をすることしかできない。
「……他人事のようだけど、あなたに大きく関わることじゃない」
「まあ、うん。そうだけどね……」
確かに私も関わっている、というか巻き込まれているけど、私以上にモナさんの方が被害は大きい。
卒業生のことを漏らすことは固く禁じられている。そして編入して学院の生徒とはいえ、ティルソン様はプリマベル王国の人間ではない。他国の皇族とはいえ、聞かれたから「はい、教えます」とはならないはずだ。
なのに、ティルソン様は私のことを知っていた。つまり、そういうことだ。私のことを、そしてモナさんのことを話した教授がいるということだ。
「だからあの時ピリピリしてたんだー……」
ティルソン様が、学院の教授に聞いた、と言った時に緊張感が漂った本当の理由を知って、頭を抱えることしかできない。そうしたところで、私にはどうにもできないのだけれど。
あの時、私はティルソン様がモナさんを、他国の皇族がプリマベル王国の貴族令嬢を説得して欲しい、と言ったことに空気がピリついたと思っていた。ティルソン様は、モナさんを引き抜こうとしているのか、と。
でも違った。実際は、漏らしてはならない情報を漏らした人物が王立学院にいる、という事実に緊張感が漂っていたらしい。
「あれも、ああ、あれもそういうことかー……」
モナさんに逃げられた、と思ったのは、王立学院に乗り込む準備をするため。シルヴィオ様達が申し送りをしている、と私が思ったのは、申し送り以外にも共有すべき情報があったから。おそらく、あの時にシルヴィオ様は第3部隊のカーソン様達に、私が在学中に学院に籍を置いていた教授を共有していたのだろう。
エミリオ様によると、授業を受けていたら、突然騎士団の調査が入ったらしい。ただ、話を聞いていくと、騎士団は私がティルソン様からお願いされた日に学院に立ち入ったわけではないらしい。学院に在籍する教授を調べて、立ち入るための許可を国王から得て、ようやく調査に入ったのは花の日。私がティルソン様からお願いされた3日後だった。
翌日、なんだかシルヴィオ様達がいつもより疲れていそうだな、とか、クレア様がいつもより鬼気迫る勢いがあるな、とか感じたのは、学院の調査が大変だったみたいだ。エミリオ様によると、その日の授業は全て中止になって、教授のみならず、生徒にも、騎士団総出で聞き取りが行われたらしい。
幸い、生徒の中には私やモナさんの学院時代を知る者はなかったこともあり、処分を受けた者はいないようだ。が、在籍していた教授の3割は謹慎処分やら除籍処分を受けたらしい。
エミリオ様は「小さな事件」と言っていたが、大分大きな事件ではないだろうか。
そして花の日まで事情を知らなかったエミリオ様は、公爵邸にティルソン様を招き入れてしまって、そのことを後悔していたようだ。話せる範囲ではあったが、私に説明してくれたのは、そして危機感を持った方がいいと言ったのは、罪悪感があったからだろう。
……危機感と言えば、モナさんからも似たようなことを言われた気がする。
「ああ〜……、ほんとばかあ……」
考えればわかりそうなものを、考えようともしなかった結果がこれだ。
ソファに寝転んで膝を抱えていると、アウリが小さくため息をついた。
「でもティルソン様が「教授から聞いた」って言った時に気付かなかったの? 全員に聞いて回ったのよね?」
「……もっと軽い感じだと思ったの」
「つまり?」
「ティルソン様が聞いたのは、授業の時に教授がチョロっとこぼしたことだと思ったの。こんな感じの学生がいて、今はこんな風に活躍してますよー、みたいな」
授業で卒業生の名前を出すことは、その者のプライバシーに関わることでなければ制限されていない。
モナさんが騎士団の第1部隊隊長であることは周知の事実であるし、私が王立学院を3年で卒業した事実も多くの人が知っている。モナさんが騎士団隊長になりたかった理由や、私が3年で卒業した理由はプライバシーに関わることだけれど、誰もが知る事実を言っても罰せられることはない。
私とモナさんが友達だったと聞いたのは、「そう言えばこの2人は友人だったかな」みたいに聞いたのだろうと思っていた。グレーゾーンではあるけれど、これくらいなら注意を受ける程度だろうと思っていた。
「まあ、これからはもっと危機感を持つことね」
「……うん……」
過去を悔やんで恥じても遅いけれど、未来は遅くない。
素直に頷くと、アウリが小さくあくびをした。
「それで、本題は何かしら?」
私がアウリと話す時に、泣き言をこぼしたりグジグジするのは、いつも決まった理由がある。
「今度は、何が嫌なの?」
それは、嫌な依頼を受けた時か、嫌なことが待ち構えている時。
「……ティルソン様から、呼び出されたの」
「まあ」
あまり驚いていない様子のアウリは、私が何を言うか予想していたのかもしれない。
「明日、5の鐘の時に、初めてお会いしたところで待ってます、て」
「そう。まあ、頑張ってね」
「やだよー! だって、だって、何言われるか全然想像できないんだもん!!」
私がティルソン様からお願いされて4週間。実は、ティルソン様がレオーネ公爵家に押しかけてきた日以来、ティルソン様とは会っていない。モナさんが頷くまで面倒なことになると思って構えていた私は、正直拍子抜けしてしまった。
でもここにきて、呼び出しを受けた。そして、エミリオ様から聞いた、王立学院での事件。
正直、ティルソン様の名前を聞くことも嫌だ。
そして、何よりも嫌なのが、明日は星の日であること。明日はシルヴィオ様の護衛も、エミリオ様の家庭教師もない日。つまり、休みの日だ。
せっかくの休みの日に、どうして私は人に会わなければならないのだろう。




