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森の中の猫のいる図書室  作者: 道上 萌叶
ヴィノリーナ皇国の目的
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呆気ない解放 1

 人は、早く終わってほしいと願っているものほど、呆気なく終わってしまうと恐怖を感じるらしい。

 目の前で優雅に座り、15歳とは思えないほどの大人びた微笑をたたえる青年を前に、私は笑顔を取り繕うことも忘れて、恐怖による寒気を感じていた。



 緊急魔道具の一斉改装は大きな事件も事故もなく無事に終わり、改装後も不具合は出ていないらしい。

 シルヴィオ様の護衛や、エミリオ様の家庭教師をしつつ、時々耳に挟むものは、改装前と大きく変わらない、はっきり言ってしまえばどうでもいいような噂話だった。

 誰も緊急魔道具改装時の話をしなければ、改装前と変わったことも話さない。それはすなわち、国内は変わらず平和であると同時に、この国の国民は魔道具を、そして魔道具を生み出した魔術師や国家魔術師を、信じて疑っていないということだった。

 当然、改装時に突如見えた魔力の雨についても、当日は大きな話題となっていたようだったが、翌日には意識していても耳にすることはなかった。魔術や魔道具が当たり前のプリマベル王国で、しかも国内全域の緊急魔道具の改装時に起きたことだったから、()()()()()()だ、と思われたのかもしれない。

 だから人知れず忘れ去られて、話題にあがることもないと思っていた。改装から3週間経った風の日の今日、エミリオ様の家庭教師をしているこの瞬間までは。


「……ぇ、と、何の、ことでしょう?」


「一斉改装の時のことです。あの魔力と魔術式はエレナさんが見せたものですよね?」


 魔術師団と騎士団誕生の経緯を説明していた私は、エミリオ様から想定外の質問をされて動揺してしまった。

 机に向かって、目は手元の問題を追っていて、ノートに書き込む手を止めずに言うエミリオ様の表情は変わらない。冗談ではなく、エミリオ様はあの時の、一斉改装の時の魔力の雨と、空に浮かび上がった魔術式が私によるものだと確信している。

 一斉改装の日、学院では通常通り授業が行われていたからエミリオ様は学院にいたはず。彼は私が超広範囲魔術を展開したことも、魔力を追加したことで魔力が見えてしまったことも知らないはずだ。

 なのにエミリオ様は、あの魔力の原因が私だと確信している。シルヴィオ様から聞いたからだろうか。

 けれど超広範囲魔術を使用したことは、騎士団と魔術師団の1部しか知らない機密事項だ。身内とはいえ、シルヴィオ様が話すだろうか。

 不思議に思っていると、エミリオ様は正直に打ち明けてくれた。


「ハート先生が言っていました。魔力を追加する時に雨をイメージするところは変わっていないようだな、と」


「え、ハート教授が……?」


 驚いたあまり、敬語が抜け落ちてしまった。

 ハート教授は、私が王立学院を卒業する半年前に魔術の特別指導をしてくれた、上級魔術専門の40代くらいの男の先生だ。私が魔術を展開する時の癖をよく知っている人の1人であり、魔力を見ることができる魔術師でもある。当然、私が魔力を追加する時に雨をイメージすることも、ハート教授には知られている。あの時の魔力()を見たハート教授は、私が引き起こした現象だと気付いてもおかしくない。

 だから私が驚いたのは、ハート教授に気付かれたことではない。エミリオ様の口からハート教授の名前が出てきたことに、私は驚いた。


「……ハート教授は、3年前に王立学院の教授を引退したと聞いていますが」


 エミリオ様は今年で15歳。王立学院の6年生だ。

 王立学院では6年生から、大きく騎士科と魔術師科と文官科の3つに分かれてそれぞれ専門分野を学ぶことになる。

 エミリオ様は魔術師科に進んだと聞いているから、魔術の教授の名前が出てくることは不思議ではない。でも今、3年前に引退したはずであるハート教授の名前が出てくるのは、不思議に思う以前にありえない。

 しかもエミリオ様の口ぶりからして、一斉改装の時、エミリオ様はハート教授と一緒にいたことになる。もっとあり得ることではない。


「ああ、確かにハート先生は3年前に引退しましたが、今でも時々特別講師として魔術科に顔を出してくださるんです。不定期ですけど、だいたい2週間に1度は来ていますよ」


「そう、だったんですね」


 私に特別指導をしていた時、ハート教授はよく「こんな仕事早く辞めたい」「引退したら研究に身をささげる」と言っていた。魔術関連の研究だけが生きがいだったようなハート教授は、引退して3年経った今も研究に没頭できていないらしい。

 大方、ハート教授程の逸材を手放したくない学院側と、寝ても覚めても研究のことだけを考えていたいハート教授の間で、盛大なバトルが繰り広げられたのだろう。ハート教授は、現在この国に5人だけの国家魔術師の1人であるから。


「まあ、先生はイヤイヤのようですが。よく「今日こそは辞めてやる」って溢していますよ」


「‥‥‥」


 いや、たぶん、今でもバトルは繰り広げられているんだろう。きっと学院長に直談判もしている。ハート教授なら、やりかねない。

 恩師の変わらない様子に和んでいた私は、エミリオ様からの質問を忘れかけていた。


「それで、エレナさんはなぜ、王国全域に魔術を展開していたのですか?」


「……あの、なぜエミリオ様が、それを知っているのでしょう?」


 一斉改装で私が超広範囲魔術を展開したことは、騎士団と魔術師団の1部しか知らないことだ。王国全域に魔術が展開されていたことすら、国民には知らされていない。

 でもエミリオ様は、あの時、王国全域に魔術が展開されていたと、しかも私が展開していたと確信している。


(まさか、ハート教授はそこまで気付いていたの?)


 私のこの予想は半分合っていて、半分違っていた。


「魔術式の詳細をハート教授から聞いて、魔力濃度を元に計算しました。僕はまだ、正確に魔術式を読むことはできませんので」


 魔術式は魔術を展開するのに必要な情報が組み込まれている。そのことを理解することで術式を編むことができて、読み取ることもできる。

 でも私は、私だけが使う術式を編むことはできない。あの時使ったのは、ハート教授が過去に編んだ術式を組み合わせたものだった。

 エミリオ様はまだ正確に術式を読むことができないと言ったが、聞いた話では、魔術の才能はあるらしく、何種類か術式を編んでいるらしい。私が2種類の魔術式を組み合わせていなければ、正確に読み取られていたかもしれない。

 エミリオ様の才能の恐ろしさを感じつつ、どうして一斉改装で私が魔術を展開していたのか悩んでいると、エミリオ様は小さくため息をついた。


「まあ、詳しくは聞きませんが。エレナさんは、もっと危機感を持った方がいいですよ」


「? ……ありがとうございます?」


 最終確認の時のカシミロ様の反応から、超広範囲魔術のことは下手に言わない方がいいと思っていたから、エミリオ様が簡単に引き下がってくれてよかった。でも、どうしてエミリオ様は呆れた顔をしているのだろう。

 首を傾げていると、エミリオ様はまたため息をついて呟いた。


「そういうところですよ。大方、ティルソン様から()()()された経緯も正しく理解していないのでしょう? 学院では小さな事件となっていますのに」


「……………………え?」

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