魔術稽古打開策 4
遠くの方から聞こえて来た声は、フクロウだろうか。
ヴェルデ領の端から更に奥の方に存在しているここには、人間は私しか暮らしていないけれど、さまざまな野生動物が生息している。生息していると言うよりは、住み着いている。
それでも、フクロウの声を聞いたのは今日が初めてだ。今度はフクロウが、この森に迷い込んできたらしい。
「じゃあ、シルヴィオ様は魔力感知ができたのね」
外はもうすっかり暗くなっている。そろそろ日付が変わる大鐘が鳴ると思うけれど、隣でくつろぐアウリの声は珍しく眠そうではない。
「うーん……まあ、できた、のかな?」
首を傾げながら言うと、アウリの色の違う両目が私に向けられた。
「あら。あなたの推察は当たっていたのではないの?」
「うん、当たってはいたよ」
当たってはいた。私の推測通り、シルヴィオ様は私が魔力をぶつけて魔力を可視化したことで、魔力感知に一歩近づくことができた。
「でもね、私が考えていたより大変だったの」
「ふうん?」
正直、シルヴィオ様は今日で魔力を正しく感知できるだろうと思っていた。でも、
「シルヴィオ様はなんとなく魔力の感覚は理解できたみたいだったけど、感知するまではできなかったの」
稽古の初日に試してみた魔力の可視化では、シルヴィオ様は魔力の感覚を理解するとすらできていなかった。だから今日、魔力の感覚を理解できただけでも十分だと言えるかもしれない。
それでも、感知までできると信じていた私は、残念だと思ってしまった。
「ふうん。まあ、少しだけでも前に進んだのね。よくやったじゃない」
「うん。えへへ」
のし、と私の膝に乗ってきたアウリが、ざりり、と手の甲を舐めて、ふかふかの顎を乗せてきた。私が頑張った時、アウリはいつもこうしてほめてくれる。
「でも、前に魔力を可視化した時は思うような結果が出なかったと言っていたわよね。どうして今日は前進したのかしら?」
「あ、それはね、今日のと前のはやり方も目的も違うからなの」
稽古初日に私が試した魔力の可視化は、幻影魔術だ。エルトン様が、私が魔術式を見ることができるか確認するために展開した雪の幻影魔術と似ている。
幻影魔術とは、術式にのせた魔力が光を吸収したり反射したりすることで、魔力で形づくったモノを見ることができる魔術のことだ。術式に魔力をどんな形にしたいか、吸収する光や反射する光の色はどうしたいかまで組み込むから、術式を編んだ後に術者がすることは魔力を術式にのせることだけ。術式さえ編むことができれば誰でも使うことができる簡単な魔術だ。
この幻影魔術の基本を利用して、私はシルヴィオ様自身に幻影魔術の術式をかけた。そうすればシルヴィオ様の魔力すべてを可視化できると思ったから。
でも私の予想に反して、これは失敗に終わった。魔力の持ち主に魔術をかけたところで、持ち主の体内で新しく作り出される魔力は可視化されなかったから。だから今日は、私が可視化したい魔力だけに私の魔力をぶつけて可視化した。幻影魔術よりも、こちらの方が臨機応変に対応できて楽だったと思う。
そもそも、シルヴィオ様の魔力は次から次へと新しく作られていって、古い魔力はどうしてだか、シルヴィオ様には扱うことができないみたいだった。
あの時は理由がわからなかったけど、シルヴィオ様は人1倍魔力酔いを起こしやすい、という結論に至って理解できた。魔力酔いを起こしやすいシルヴィオ様は、他者の魔力からシルヴィオ様の身を守るために、無意識のうちにとてつもない量の魔力を作って排出していた。新しい魔力が生まれたら、古い魔力は不用になって持ち主の体から離れる。
一度持ち主の体から離れてしまった魔力は、持ち主の魔力とは別物だ。そして、人が扱うことのできる魔力は、その人の魔力に限られる。他者の魔力は扱うことができない。
これは魔術師である以前に、魔力を持つ者としての常識だ。だから自分のものでない魔力を扱う古代魔術は、現在使える者がいないとされている。
(でも、私は使えた。カシミロ様は私が使えることを確信していた。どうして……?)
「エレナ、大丈夫かしら?」
超広範囲魔術はシルヴィオ様の魔術稽古のヒントになったけれど、わからないことが増えた気がする。
ぐるぐると同じことを考えていると、アウリが肉球で私の手の甲をペチペチ叩いてきた。
「……うん。えっとね、幻影魔術はシルヴィオ様の魔力を可視化するだけだったの。でも今日私がやったのは、シルヴィオ様の魔力を可視化しながらシルヴィオ様の魔力にも干渉するものだったの。だからシルヴィオ様は魔力を見ながら、魔力を感じることができるはずだと考えたの」
「ふうん? よくわからないけど、あなたがシルヴィオ様の魔力に干渉したことで、シルヴィオ様は魔力を感じたのね?」
「うん」
魔力酔いを起こしやすいシルヴィオ様に、直接違う魔力をぶつければ違和感を感じるはず。ほんの少しの違和感は魔力を感じる手助けになる。
ちなみに、初日に私が水球を作り出した時にシルヴィオ様が何も感じなかったのは、私の魔力を上回るシルヴィオ様の魔力が、彼の体内に私の魔力が侵入するのを防いでいたからだった。
結果的にシルヴィオ様を守ることだったけど、私がシルヴィオ様の魔力に酔いやすい体質を見逃すものになってしまった。
「ところで、今日はどんな嫌なことがあったのかしら?」
するり、と私の膝から降りたアウリに問いかけられて、思わず首を傾げてしまう。
「特にはないけど……?」
「あら、そう? 帰ってきた時はずいぶんと暗い顔をして、なんだか思い悩んでいたようだけど」
じっと私を見つめてくるアウリの言葉に、思い当たることがあった。
でも、
「うん。なにもないよ」
アウリに相談しようか迷った私は、今は言わなくてもいいと判断した。
「そう。ならいいけれど」
もしかしたら、アウリは私が隠したことに気づいたかもしれない。けれど深くは聞いてこなかった。
「アウリ、ありがと」
「お礼を言われるようなことはしてないわよ。私ができる恩返しはこのくらいだもの」
アウリと暮らし始めて5年経つ。
あれからずっと、アウリは私に助けられたことへの恩返しだと、私の話を聞いてくれる。が、アウリからは恩返し以上にもらいすぎている気がする。
「アウリ、大好き」
「はいはい。それよりも今日は見に行かなくていいのかしら?」
ちらり、と窓の外に目を向けてアウリが問いかけてきた。何を言っているのかまではわからなくとも、アウリもフクロウの声に気付いて気になっていたみたいだ。
「うん。助けを求めている感じではないし、結界も反応していないから。たぶん、ちょっと遠くまで散策に来ちゃっただけだよ」
この森を管理する者には、魔道具によって、この森にいる生き物と話すことができる。そして今の私には、この森を管理する義務がある。
「そう。じゃあ今日はもう休みましょ。明日も早いのでしょう?」
「うん。そうする」
ぴょこん、とソファから飛び降りたアウリに続いて図書室から出ると、フクロウの声がまた聞こえてきた。
(またね)
心の中でフクロウに返事をして図書室の扉を閉めると、遠くの方から大鐘の音が聞こえてきた。
大鐘の音は、遠く切り離されたここまで聞こえてくる。この国にいなくても、聞こえるのだろうか。
『私の魔術の先生はね、カリーラ・フィオーレ、君のおばあさんだよ。……彼女は今、どこにいるのだろうね』
帰り際に、シルヴィオ様から言われた言葉がよぎる。
おばあ様がシルヴィオ様の魔術の先生をしていたことは知らなかった。でも、心のどこかではもしかしたら、と思っていたから驚きはしなかった。
それよりも私は、シルヴィオ様が何を感じているのかが気になった。
暗くなった空に目を向けて、どこにいるのか、と呟いたシルヴィオ様は、顔を強張らせて、何を考えていたのだろう。
制御されていないシルヴィオ様の魔力を見ても、私は彼の感情を読み取ることができなかった。
1章完結です。2章からは徐々に謎が解けていく予定です。




