魔術稽古打開策 3
魔力量が少ない子供は魔力酔いを起こしやすい。
通常、魔力酔いが起きると、他者の魔力から自分の身を守ろうとして体が魔力を生成する。そうして徐々に魔力が増えていって、成人する頃には魔力酔いが起きる頻度は格段と少なくなっている。
5歳の頃までのシルヴィオ様も、他者の魔力に触れるたび魔力酔いを起こして、少しずつ魔力を増やしていったはず。順調にいけば、王立学院入学までには人並み程度の魔力量になって、魔力の扱いにも慣れていたはずだった。
でも、イレギュラーが発生した。それがエミリオ様の誕生だ。
レオーネ公爵夫妻も人並み以上には魔力があるが、群を抜くほどの魔力量ではない。だから油断していたのだろう。自分たちの子供が、魔術師に負けず劣らずの魔力を所持して生まれてくることを、彼らは想定していなかった。
「エミリオが生まれた日、私は父上とアーウィンと父上の書斎にいたんだ。本当は魔術の勉強があったのだが集中できなくてね。その日は勉強がなくなって魔術の先生は屋敷にいなかった」
当時のことを語るシルヴィオ様は、15年以上経った今でもはっきり覚えているのだろう。下を向いているけれど、視線は揺れていない。魔力も安定している。
「私が覚えているのはね、屋敷の中が少し騒がしくなって、普段感情を見せない父上が驚きと、焦りを顔に出したところまでだ。気付いた時には自室のベッドで横になっていて、僅かに感じていた魔力は一切感じられなくなっていた」
おそらく屋敷が騒がしくなったのは、誕生したエミリオ様の魔力量に、公爵邸にいた人たちが驚愕したから。それは別の場所にいた公爵様にも感じ取れてまうほどの魔力量だったのだろう。
公爵様が焦りを見せたのは、離れた場所にいる彼にも感じ取れる魔力量に、魔力量が少ないシルヴィオ様が重度の魔力酔いを起こしてしまうと思ったから。
その焦りは正しくて、でも少し違っていた。公爵様が気付いた時には、屋敷全体にエミリオ様の魔力が広がっていて、シルヴィオ様は魔力酔い以上の最悪な状態に陥っていた。
「だが驚いたのは魔力を感じなくなったことだけじゃない。私はエミリオが生まれてから10日間、意識を取り戻さなかったらしい。……エレナは、もう何が起きていたのか気付いているのだろう?」
「……魔力中毒に、なったのですね」
「さすがだな」
素直に頷くと、シルヴィオ様は眉を下げて笑った。
エミリオ様の莫大な魔力量にあてられたシルヴィオ様は、体内に侵入してくる別の魔力を弾き返そうとした。その結果、体内で2種類の魔力が暴走して魔力中毒を引き起こした。
でもそれで終わりではなかった。
「魔力中毒になった後、シルヴィオ様の体内ではエミリオ様の魔力を追い出そうとして、急激な変化が起きたんです。それが、今の魔力量と、魔力感知できなくなった原因ですね」
魔力は時に、持ち主の意思に反して体内を駆け巡る。魔力不足を起こした持ち主の魔力を回復する時に。持ち主が魔力酔いを起こした時に。それから、持ち主の体内に侵入してきた魔力を排除する時に。
いずれも魔力量が増えることで回復することができる。増加する魔力量はまちまちではあるが、持ち主の体にあった量だ。けれど、持ち主の体内に侵入した魔力を排除する時は、侵入した魔力を弾き返せるだけ、魔力が増加する。
エミリオ様の魔力量は、現在5人だけの国家魔術師にも劣らない。もしかしたら、私よりも多いかもしれない。
対するシルヴィオ様の魔力は、【ウニロ】と大差ないものだったらしい。
魔力中毒を起こしたシルヴィオ様の体内では、侵入して来たエミリオ様の莫大な魔力を弾き返そうと、短い期間で魔力量が大幅に増えた。
「急激な魔力の増加に、まだ幼かったシルヴィオ様の体は、耐えることができなかったんです。目を覚ますまでにかかった時間は、魔力量が馴染むまでにかかった時間です。でも、目を覚ますまでに、魔力感知は追いつきませんでした」
魔力感知は、魔力量増加に比例して精度が上がる。
魔力量が多ければ多いほど精密に魔力を感じることができて、少なければ少ないほど他者の魔力を正確に感じることが難しくなる。魔力を持たない【ウニロ】が魔力を感じないように、魔力を持つ者にも感じることのできる精度は異なるようになっているから。
そして魔力は、幼少期から青年期にかけて、人によっては成人期前半まで増え続ける。
通常であれば、魔力は徐々に増えていって、それに比例するように魔力感知の精度も上がっていくはずだ。ただ、時折急激に魔力が増えることがあり、その場合は魔力感知の精度が追いつかなくなる、らしい。でも徐々に魔力に慣れていって、最終的には自分の魔力量と他者の魔力量を正確に感知することができる。
なのにシルヴィオ様は、魔力が突然増えた時から15年以上経っても魔力を感知することができていない。
「魔術の先生には成長するにつれて魔力感知ができると言われた。だがエレナも知っての通り、15年経った今も感知できていない。それでも諦めきれなくて、エレナに依頼したんだ。魔術の先生を頼ることができない今、エレナなら、きっと解決に導いてくれると信じていたからね」
シルヴィオ様が何をもって私ならできる、と思ったのかわからない。応用ができない私のことをよく知る人なら、私には頼らないはずだから。
けれど、結果的に私は解決策を導き出すことができた。成功するかは、実際にやってみないとわからないが、私の推測が正しければ、シルヴィオ様は再び魔力感知が可能になる。それはすなわち、私は初めて、基礎を応用に活かすことができたということ。
シルヴィオ様の依頼は、彼だけでなく、私自身の成長にも繋がるものになっていた。
「……ありがとうございます」
自然と感謝の言葉が口から零れ出てきた。
5年間、私はレオーネ公爵様から様々な依頼を受けてきた。でも、これほど達成感を感じたのは初めてだった。
「? なぜエレナが礼を言う?」
「……感謝、したくなったからです」
不思議そうに首を傾げるシルヴィオ様からは、今も莫大な魔力が溢れている。まだ、肩の力は抜けない。
「……シルヴィオ様、これから私は、私の魔力をシルヴィオ様の魔力にぶつけて、シルヴィオ様の魔力だけ可視化します。魔力が見えたら、魔術で炎の球を作り出して、球が大きくならないように魔力を制御してください。……続けるうちに、魔力を感じることができるはず、です」




