緊急魔道具一斉改装 4
室内の視線は、全て私に集まっている。
そして室内の空気は静まっているのに対して、シルヴィオ様や騎士団長が持つ魔道具越しに、街中がざわついているのを感じる。きっと、気のせいではない。
「あー、エレナ」
「……はい……」
私はなにかやらかしてしまったらしい。具体的になにをやらかしたのかわからないけど、カシミロ様たちはそう確信している。
「今、なにをした?」
(わかんないよ! なになになに、なんか怒られることした!?)
私がしたことといえば、発動している超広範囲魔術に魔力を追加したことだけだ。特に変わったことは起きていない。
「ぇと……」
どうしたものかと困っていると、騎士団長が手にしている魔道具から、どこかの領地に配置されているだろう騎士の声が聞こえてきた。
『団長、ハレス団長! 一般人の緊急避難を開始してもよろしいでしょうか?』
(!?)
緊急避難、ということは、かなり大ごとになっているらしい。それも王国全域で。
すぐに異常察知魔術を確認するけれど、国内全域を巻き込むような事件や事故は起きていない。魔術は正常に展開できているから、それだけ大きな事件が起きれば、すぐに魔術に引っかかるはずだ。
「現在調査中だ」
冷静に応じた騎士団長が一瞬私を見て、カシミロ様に目を向ける。
視線を受けたカシミロ様も私に目を向けて、首を横に振った。
「害のあるものとは考えられていない。引き続き警戒を頼む」
騎士団長が指示を出して魔道具の通信を切り、室内の視線はまた私に向けられた。
「それで、エレナ。なにをした?」
もう1度、カシミロ様が問いかけてきた。
「……魔術に、魔力を足しただけ、です」
何が起きているのかわからないけど、私がしたことはそれだけだ。
正直に答えると、カシミロ様は眉を寄せた。
「魔力を足した? 何故そんなことを?」
「それは……」
もったいなかったからだ。
そもそも私が足した魔力は、もとはシルヴィオ様の魔力だ。理由を言うならシルヴィオ様の魔力の事も説明しないといけない。でも私の判断だけで説明していいことではない。
「なるほど、そこの騎士団員の体質が関わってくるんだな」
シルヴィオ様に目を向けて、どうしたものかと悩んでいたら、カシミロ様は納得したように息を吐き出した。
カシミロ様は魔術師団長。国内の魔術師のトップと言ってもいい存在だ。
私は超広範囲魔術を発動する前に、シルヴィオ様に張っていた対魔力防御結界を解除している。今、シルヴィオ様の魔力を遮るものはないから、カシミロ様はこの部屋の誰よりも正確に感じているだろう。もしかしたら、私がシルヴィオ様に結界を張っていたことも気付いていたかもしれない。きっと、私がシルヴィオ様の魔力を圧縮したことも気づいている。
「私の体質、ですか」
カシミロ様に目を向けられたシルヴィオ様は、困惑した顔で手のひらを見つめている。
「それは、魔力が感知できないことと関係しますか?」
「魔力が、感知できない?」
シルヴィオ様の問いかけに、カシミロ様は目を大きく見開いた。カシミロ様だけじゃない。魔術師団副団長の2人も同じような顔をして、同じように魔力を揺らしている。
「制御できない、ではなく?」
理解できない、とでも言うように、カシミロ様が眉を寄せる気持ちはわかる。私も、最初は信じることができなかったから。
チラリ、とシルヴィオ様に目を向けると、困惑した顔のシルヴィオ様と目が合った。
「ぇと、シルヴィオ様が魔力を感知できていないことは確か、です」
シルヴィオ様の代わりに答えると、カシミロ様と魔術師団副団長の2人が私の方を見た。
「前に私が作り出した水球をシルヴィオ様の魔力で大きくしたことがありましたが、シルヴィオ様はなにも感じていませんでした。感知できなければ、制御しようとも思わないはずです」
「ふーむ」
稽古初日のことを話すと、カシミロ様は顎に手を当ててなにやら考えているみたいだった。
でも、納得できたのか、納得はできなくても今考えることではないと判断したのか、カシミロ様は緩く首を振って問いかけてきた。
「ひとまず、今起きたことは人に影響があるものではないのだな?」
「はい。……あの、なにが起きたのでしょう?」
魔力を補充しただけだから、人にも土地にも悪い影響はない。
ただ、魔力を補充する時も、した後も、いつもと変わったことはなかった。私には、いつもと変わったことは起きなかったように感じた。
なにが起きたのかわからなくて聞くと、カシミロ様は少し眉を寄せた気がした。
「……国内全域で上空に巨大な魔術式が観測された。一瞬のことだったようだが、目撃者は多数いる」
「え……」
魔術式は、普通であれば見えない、らしい。それが見えたとなると、街中で騒ぎが起きてもおかしくない。
国内全域で、ということは、それだけ巨大な魔術式だったということ。そして,私が展開している超広範囲魔術は、魔術式を上空に展開している。答えはひとつしかない。
いつものように魔力を補充しただけなのに,どうして普段見えないはずの魔術式が見えたのだろう。不思議に思ったけど,カシミロ様の話はそこで終わりではなかった。
「それから、魔術式が確認された直後、国内全域で魔力が雨のように降り注ぐのをほぼ全員が見た。我々も確認したが、なるほど、あれはエレナが補充した魔力だったんだな」
「ほぼ全員……?」
魔力を持つ者は魔力を感じることができる。ただ、感じることと見ることは別だ。感じることができても、見ることができない者は多い。
だからカシミロ様の言葉を、私は正しく理解できなかった。
「ああ。確認した範囲では、すべての国民が魔力を見たようだ」
範囲指定魔術に魔力を追加するとき、私はいつも同じイメージを持って魔力を追加している。そのイメージというのが、雨だ。
追加する魔力を雨のように降らせることで、元々あった魔力と均一に混ぜることができる。色々試した中で、もっとも私がやりやすく感じたのがこれだった。
だから私は、追加した時に降り注ぐ雨の様な魔力は見慣れたものだった。
「ああ、エレナは魔力が見えるんだったか。気づかないのも無理はない」
納得したように言ったカシミロ様は、もう眉を寄せていなかった。けれど、私はどうしても1つだけ気になったことがあった。
「……さっきの、シルヴィオ様も見えていましたか?」
「?
問題はなかった、とエルトン様たちに告げていたシルヴィオ様に問いかけると、彼は戸惑いをうまく隠しながら、1つ頷いた。
超広範囲魔術に魔力を追加した時、私は魔力を可視化する魔術を展開していない。なのに確認した範囲の国民すべてが魔力を見て、魔力を感知できないシルヴィオ様も見たと言う。なにが起きていたのだろう。
1つひとつ、いつもと違うことはなにがあったか思い出しながら、仮説を組み立てていく。
もちろん現在すべきことである超広範囲魔術の維持を怠ることはない。けれど、さっきまでなにをしたらいいかと思っていたのが嘘だったかのように、私は脳内で繰り広げられることに夢中になっていた。
そして、気付けば改装はすべて終わっていて、私が超広範囲魔術を解除した後、6の大鐘が鳴った。




