緊急魔道具一斉改装 最終確認 3
最終確認が終わった後、騎士や魔術師達は美味しい料理を食べて、美味しいお酒を飲みながら、思い思いに談笑を始めた。
超広範囲魔術のことは、私の心に残っていたけれど、集まっていた目線が料理に向いたことに安堵して、私もモナさんとクレア様と話しながら、美味しい料理を食べていた。ついさっき、シルヴィオ様に呼ばれて、シルヴィオ様とモナさんとクレア様と共に、会食の場からずいぶん離れたこの部屋に来るまでは。
室内に配置されている家具は、焦茶色で揃えられた実用的な物で、配置にも無駄1つ感じさせられない。
この部屋を与えられている人は、部屋と同じように、無駄なことを嫌っている…………なんてことはない。
「こうして面と向かって話すのは久しぶりだね、エレナ。大きくなったな」
「ぁ、と、どうも‥‥‥」
シルヴィオ様達は立っているのに、何故か私はふかふかのソファに座らされている。
居心地は悪いけれど、立ち上がることはできない。この部屋に来てすぐ、私は私の向かいに座る、白髪混じりの金髪を後ろに撫で付けた男性、この部屋を与えられている人に、ソファに座るように言われたからだ。
一斉改装の最終確認の時にはキリリッと引き締まっていた顔は、今は親戚のおじさんのように緩められている。実際彼は私の小さい頃を知っているから、親戚のおじさんと近い立場ではある。でも彼を詳しく知らない人は、あまりの違いに戸惑ってしまうのは仕方がない。この部屋にいる、彼の後ろにいる人達と私以外の人達は、彼の変わりように戸惑っている。
「なに、そう緊張しなくて構わない。昔のように、雷のおじさんと呼んでくれていいのだよ」
「ぇ、と‥‥‥」
私が彼をそう呼んでいたのは、もう10年も前のこと。私が王立学院に入学する以前のことだ。
最後に私が彼と会ったのは5年近く前。私が魔術師の国家試験に落ちて、レオーネ公爵家に拾われた時のことだ。その時にはもう彼の立場を理解していたから、そう馴れ馴れしく呼んでいなかった。
どう返答したものか、と迷った末に、笑顔を貼り付けて乗り切ろうとしていると、私の前に座る彼の、右後ろに立つ女性がため息をついた。
「団長、そんなことよりも早く本題に入ってください」
部下の女性から「そんなこと」と言われた彼、魔術師団長のカシミロ・メッシーナ様は、不服そうな顔をしたけれど、すぐに元の笑顔に戻って私と目を合わせてきた。
「エレナ、ここに君を呼んだのはね、超広範囲魔術について、もう少し詳しく聞きたいと思ったからだよ」
部下である魔術師団副団長の女性に促されて、ようやく本題に入ったカシミロ様は、左手を軽くあげた。
なんだろうと思う間もなく、彼の左後ろに立つ男性、もう1人の魔術師団副団長が何かを操作して、室内にいる私たちに見えるようにスクリーンを表示した。さっき、会食の会場で表示されていたものの1つだ。
「ぇと……?」
表示されたものは、プリマベル王国の地図に、一斉改装時の人員配置を大まかに書き込んだものだった。
最終確認の時に出されていた配置図をここで出して、超広範囲魔術について聞きたいと言うカシミロ様の意図が読み取れなくて、眉を寄せてしまう。
(さっきカシミロ様は、作戦に変更はないって、言ってたよね?)
だと言うのに、どうして私は、再度超広範囲魔術の説明を求められているのだろう。それも、一斉改装時の配置図を出しながら。
これではまるで、
「エレナの言うことが確かなら、来週の一斉改装時に超広範囲魔術を使用したい。その為にも、もう少し詳しいことを知っておきたいんだ」
「!」
カシミロ様が言ったことは、私が想像していたことだった。
でも、どうしてここでその話をするのだろう。さっきではダメだったのだろうか。
今、魔術師団の団長室にいるのは、団長であるカシミロ様と、副団長の2人、騎士団の団長と副団長に、シルヴィオ様達騎士団の隊長と副隊長、それからもう1人、部屋の隅に立っている魔術師団の黒い制服を着ている人は、魔術師団1番隊の隊長だったと記憶している。
ここに来た時、私は思っていたよりも多い人数に驚いた。でも、一斉改装の作戦会議を、それも元々予定していた作戦を変更する可能性のある話をするのに、この人数は少なく思う。
何よりも、私が疑問に思うのは、
「……先ほど、カシミロ様は、超広範囲魔術は古代魔術の1種だから、使用できる人がいないと、おっしゃいましたよね」
だから作戦を変更しないと言っていた。
現在、古代魔術を使用できる人がいないことは私も知っている。古代魔術と現代魔術では、発動条件が違うから、と学院時代に習った。
でも、超広範囲魔術が古代魔術の1種であることを、私は知らなかった。家の魔術書には、古代魔術だと書かれていなかったから。
だから私は、超広範囲魔術は誰でも使用できるものだと思っていたし、そう思っていたからこそ、使用できる人がいないと言われた時、私は納得できなかった。
なのに、カシミロ様は今、超広範囲魔術を一斉改装の時に使いたいと言っている。使用できると思っているか、使用できる人に心当たりがあるかだ。
だからこそ、さっき、最終確認の最後に、カシミロ様の魔力は変な動きをしていた。あれは、嘘をついている時の動きだった。
超広範囲魔術が古代魔術であることか、使用できる人がいないことか、それともどちらも嘘だったのか。
何が嘘だったのか、私にはわからないけれど、カシミロ様が嘘をついたのには理由があるはずだ。その理由はきっと、
「あの時は、超広範囲魔術について、他の方には聞かれたくなかったのですか?」
「そうだね」
あっさり頷いたカシミロ様は、私の言葉を待っている。あくまでも、カシミロ様からは話さないらしい。
「……それは、私がシルヴィオ様の護衛をしていることと、関係ありますか?」
少し考えてから口にした私の言葉に、動揺したのはカシミロ様ではなかった。
(? どうして、騎士団のみんなが?)
私の問いかけに満足した様子のカシミロ様とは対照に、騎士団の全員が、動揺して魔力を揺らしていた。
「エレナ」
「……はい」
どうしてだか気になりつつも、カシミロ様に目を戻すと、彼は膝に肘を置いて、組んだ両手に顎を置いた姿勢で、私を真っ直ぐ見ていた。
「エレナは、何が気になっている?」
私を試すような問いかけに、部屋の空気がピリついた。
「……全部、です。私がシルヴィオ様の護衛をすることになった理由も、護衛する曜日が決められていることも、カシミロ様やみんながついている嘘も」
この前の火曜日、初めてシルヴィオ様の護衛をした時、第2部隊と第4部隊の合同報告会の前、イアン様という人に、シルヴィオ様が私の説明をしていた時の魔力の動き。あれは嘘をついている時の動きだった。さっきのカシミロ様の魔力の動きと同じ。
「……それから、おばあさまのことも。ずっと、全部が気になっています」
「! そうか」
それまでは私の言葉を楽しんでいる風だったカシミロ様の魔力が、初めて動揺に揺れた。
一瞬だったけれど、私は見逃さなかった。そして確信した。
(カシミロ様は、おばあさまが5年前に国家資格を剥奪されて姿を消した理由を、知っている……!)
5年前、おばあさまは私の前から姿を消した。国家資格を失ったという噂を街に残して。
「おばあさまはどうして……」
「エレナ」
「っ!」
問い詰めようとした私は、言葉を続けることができなかった。
この部屋にやってきてから、カシミロ様は初めて真顔になっていた。
「今は、何も教えられない。時機が来たら必ず教える。それまでは目の前の仕事に集中してもらいたい」
「……はい……」
真顔のままのカシミロ様に、私はただ頷くことしかできなかった。
「と言うことで、超広範囲魔術のことを教えてもらえるかい?」
次に私が顔を上げた時、カシミロ様はふわりと優しい笑顔を浮かべていて、ピリついていた空気も少し緩んで、室内は仕事の空気が満ちていた。
「……はい」
まだモヤモヤする気持ちを押し込めて、私は今すべきことに気持ちを切り替える。
それでも抑えきれなかった気持ちは言葉となって、心の中で呟く。
(おばあさまと、シルヴィオ様のことは、関係があるの?)




