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森の中の猫のいる図書室  作者: 道上 萌叶
1章 魔力と魔術
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モナ・ラムレイという人 2

 王立学院は、基本貴族が通う学校だ。国内最先端の技術と、最新の情報を学ぶことのできる、次世代の担い手を育てる学院だ。

 ただ、例外、つまり、平民であっても通うことのできる場合がある。

 王立学院では年に1度、優秀な存在は育てるべきだという考えの下、平民向けに試験が用意されている。対象者は、7歳から8歳の、王立学院に通うことを希望する平民の子供だ。この試験に合格して、かつ、その者の属する領地を治める貴族か、魔術師団か騎士団に属するものの推薦を受けることで、平民であっても王立学院に通うことができる。

 平民である私が王立学院に通うことができたのも、その試験に合格したことと、当時国家魔術師であった祖母から推薦されたからである。

 ただ、これは最近、10年前程に出来たばかりの新しい制度だ。

 そして、私が王立学院の試験に合格して、推薦を貰ったのは、制度ができた1年目の年、つまり、1番初めの時だ。

 10年前は、7歳から8歳の平民の子供には、文字の読み書きをすることができる者は少なかった。できたとしても、試験問題を解くという事は難しかった。貴族と違って、幼い頃から家庭教師に教えてもらっているわけではないからだ。

 だけど、当時の私はそのことを知らなかった。

 幼い頃から、私はこの森の家、本に囲まれたこの家に住んでいた。そして、遊ぶもののないこの家で、朝から晩まで、本を読んで過ごしていた。必要があれば、祖母が勉強を教えてくれた。

 だから私は王立学院の試験に合格することができたし、他の子も合格すると思っていた。思っていたから、入学式の時、周りに貴族しかいないことを知った時は卒倒するかと思った。

 私は幼い頃より、この森の家から出たことがない。祖母以外の人間と接したことがない。

 そんな私が、突然、貴族ばかりの学院に放り出されたのである。私が望んだことだったが、合格したばかりの時はそんなことを想像していなかった。

 私が想像していなかった事態はこれに留まらない。

 貴族の学院に突如現れた平民という目を向けられた私はいじめを受けた。

 学院に通うことに耐えられなくなったが、祖母との約束で学院をやめることはできなかった。

 そして出した答えが、早く卒業してしまえばいいという事だ。

 結果、私は入学して3か月で次の級に上がることができた。

 次の級でもいじめられたが、その級も2ヶ月で去ることになった。

 こうして1年で3つのクラスを経験した私は、2年目の春にモナさん達と同じクラスになった。ここまでくると、私をいじめる人はいなくなって、私は距離を置かれるようになっていた。

 それでもモナさんが私に話しかけてきたのは、今思えば彼女の鬱憤を晴らせるのが私しかいなかったからだと思う。


「エレナ! これもうまいぞ! 何のケーキだ?!」


「えっと、これは、お芋、だったと思います」


「芋?! 芋って、あの芋か?!」


 大量のスイーツを前にはしゃぐ彼女は、貴族令嬢の姿を感じられない。言葉の裏に感情を隠していないし、遠回しな言い方もしない。

 だが、それでこそモナ・ラムレイという人だ。公的な場ではきちんとしているものの、貴族の振る舞いを苦手とする彼女は、私の前ではこうして砕けた態度をとる。


「モナさんの言うあの芋がどっちのことを指しているのか分かりませんけど、多分その芋で合っていると思います」


 プリマベル王国で流通している芋の5割はシチューやオムレツに入るなど、食事で食べられる。貴族も平民もそれは変わらないけれど、芋は安く手に入ることから、貴族よりも平民が消費している印象が強い。

 更に、安く入るだけでなく、簡単に栽培できて、その茎や葉までも食べることのできる芋は、災害時の非常食になる。4割がこれに当たる。

 では残った1割は何に使われているのかと言うと、こういったケーキやクッキーなどのスイーツになったり、家畜の餌となったりしている。

 こうしたスイーツに芋が使われることになったのは、5年ほど前のことだ。もともと甘味のある芋は、平民たちの間でスイーツに加工して親しまれていたのだが、それに目を付けた貴族がいたことで、最近は貴族たちの間でも芋のスイーツが流行り出している。

 私が仕事終わりに行ったスイーツ店も、貴族御用達の高級スイーツ店で、つい最近になって芋のスイーツの販売を始めたという。勿論教えてくれたのは、何故か私についてきたシルヴィオ様だ。


「ふーむ、あの非常食の芋がこれ程美味なスイーツに変換されてしまうとは」


 モナさんのために、1人では絶対に行かないようなお店に行って購入してきたスイーツを、モナさんが心から喜んでくれている。こっそりと安堵の息を吐く。

 でも、私がやらなければならないことはこれではないから、完全に心を緩ませることはできない。


「モナさん‥‥‥」


「エレナ、この芋のスイーツには感動した。今年1番の出会いと言っても過言ではない」


 無駄にキリっとした表情を作って決めたモナさんは、すぐに口いっぱいにスイーツを頬張る。

 貴族としての振る舞いを面倒がるモナさんらしいと思ったけれど、それで和むわけにはいかない。


「これを、今年1にしてしまうのはどうなのでしょうか‥‥‥」


 そうしてしまうと大変困ったことになるのではないか。

 ただ、それで本当に困るのはモナさんでは無いから、モナさんは一瞬で気まずそうな顔になる。さっきまでのスイーツにはしゃいでいた姿とは大違いだ。


「ティルソン様な。あれ、どうにかならないのか」


「モナさん、誰が聞いているかわかりませんよ」


 同盟を結んだばかりの国の皇子をあれ呼ばわりするなど、不敬罪で処されてもかばうことができない。

 冷汗を流す私のことを知ってから知らずか、モナさんが態度を改めることはない。


「いいだろう、ここにはエレナと私と、その猫ちゃんしかいないんだ。誰かが盗聴できるような環境でもないしね」


 モナさんの言うことは一理ある。

 この国に存在する魔道具の9割を知り尽くしている私は、盗聴魔道具をすぐに発見して、盗聴されないように魔術を展開することができる。盗聴は限りなく不可能に近い。

 盗聴に関連した魔術であってもそれが覆ることはない。

 だけど、用心するに越したことはない。


「全く、ティルソン様と言い、ジェフリー様と言い、王族はどこか頭がおかしいのではないか?」


 ジェフリー様とは、プリマベル王国の第1王子だ。

 ティルソン様に続き、ジェフリー様の名前まで出して、何の躊躇いもなく彼らの不満を漏らすモナさんに、私は苦笑いをするしかない。

 私の膝の上で丸くなっていたアウリが、右目だけで私を見て来たのに気付いて、緩く首を振る。こうなったモナさんは、止めることができない。

 短く呪文を唱えて、私とモナさんを取り囲むように防音結界を張る。

 可能性は低いが、万が一誰かが近くにいたとしても、モナさんがここで発した言葉は私達3人、2人と1匹以外に知られることはない。


「ジェフリー様、な。ああ、嫌だ。こうして名前を口にするだけでも鳥肌が立つよ。今でも顔を合わせるとあの時のことを口に出される。たまったものではないな」


 不満な声を漏らすモナさんは、余程ストレスが溜まっていたようだ。スイーツを食べる手が止まらない。たくさん買ってきて、よかった。


「彼女何があったの?」


 止まらないモナさんの愚痴に、面食らった様子のアウリが小声で問いかけてきた。


「実はモナさん、王立学院の時、ジェフリー様とも同じようなことがあったの。あの時も仮婚約だったから、モナさんははっきり断っていたのだけれど、ジェフリー様も諦めなかったみたいで、顔を合わせるたびに申し込まれてたみたい。しかもね、モナさんとジェフリー様、同級生だったの」


 実は私もジェフリー様と同級生だったことになる。

 私がモナさん達と同じクラスになった時、既にモナさんはジェフリー様からしつこいくらいのアタックを受けていた。

 それがいつからのことかわからないけれど、モナさんのストレスは相当溜まっているらしかった。

 だからこそ、モナさんはジェフリー様への鬱憤を晴らすために、唯一平民であった私と仲良くなって愚痴をこぼしたかったのだろう。私がモナさんから逃げずに話せるようになってから、モナさんは私と2人だけの時は防音魔道具を使っていた。

 当時の私は、大勢の前で話すとなると気絶してしまいそうになるから、モナさんが防音魔道具を使って、2人きりで話すあの空間が有り難かった。けど、それがジェフリー様の目についてしまった。


「大体、王族とやらは自分のことしか考えないから嫌なんだ。ティルソン様も、ジェフリー様も、お願いという体ではあったが、エレナが断れないことをわかっているだろうに。ああ、本当に嫌だ」


 ジェフリー様の目についてしまったことで、私はモナさんが心を許している友人だと認識されてしまったらしい。

 モナさんと話せるようになって2週間。私はジェフリー様に呼び出され、モナさんを説得してほしいとお願いされた。今回のティルソン様のように。

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