モナ・ラムレイという人 1
魔力で生成した水を専用の魔道具でろ過し、水に含まれた魔力を出来る限り抜く。
魔力の抜けた水を、火属性の魔術で沸騰させて、保温魔術をかける。
その間に準備していたポットに茶葉を入れて、いつでも美味しい紅茶を淹れる準備はできた。
次に棚から3段スタンドを取り出し、魔術で洗浄してから、仕事終わりに街で購入してきたサンドイッチやら、ケーキやらを並べる。
「‥‥‥」
食べ物のセットが終わり、ティーカップやらソーサーなど、お茶会に必要になるものをテーブルに用意する。勿論、これらも洗浄して清潔にすることは忘れない。
「‥‥‥ねえ」
「ん、どうしたの、アウリ」
椅子の上にいるアウリに目を向けると、アウリはジトっとした目で私を見ていた。
「これから来るのは、あなたの学生時代の友人なのよね?」
「? うん、そうだよ」
正直に答えると、アウリの目がテーブルの上に移動した。
「どこの貴族令嬢が友人なの?」
「モナさんは伯爵家の嫡女だよ。ヴェルデ領の隣の、ジャッロ領の、ラムレイ伯爵家の令嬢」
「そう。確かに、位は高いのね」
ラムレイ伯爵は、領地を治める貴族ではないものの、国王のサポート役である貴族である。アウリが言う通り、位の高い貴族だ。
けれど、続いたアウリの言葉に、私は頷くことができなかった。
「その人、モナさん? は、貴族の礼儀を大事にする人なのね」
「え、そんなことはないと思うよ?」
王立学院に通っている頃、私と話していたモナさんはそんな感じではなかった。寧ろ、貴族の礼儀だとか作法を面倒がっていた。
貴族として生まれた令嬢としての責務も、全て面倒がっていた。
だからモナさんは騎士団に入って隊をまとめる存在になりたいと言っていたし、先週久しぶりに会った時は、実際にそれが叶って晴々としていた。
「モナさん、よく言ってたの。貴族でも平民でも、羽を伸ばして生きられる世界でいいじゃないかって。礼儀を払うべき相手に貴族も平民も関係ないって」
「ふうん。それなら、これは貴族のへの礼儀じゃなくて、学友への礼儀なのね」
そういうと、アウリは一瞬で呆れた目つきになった。
「それにしては、随分と手が込んでいるじゃない」
「そう、かな?」
「ええ。友人1人を歓迎する量と質じゃないわよ。普段はこんな高級なもの、買ってこないじゃない」
再びテーブルの上に目を向けたアウリは、猫なのに何故か人の食べるものの価値を一目で理解している。
「うっ……」
「それにテーブルクロスも。普段は剥き出しのまま使っているのに、突然部屋の隅から引っ張り出してきて洗浄したかと思えば、デザインが古くないか調べ出して。どこの公爵夫人がやってくるのかと思ったわよ」
どうして猫であるアウリが、人間の貴族社会の常識を理解しているのか分からないけれど、それは今に始まったことではない。
「うぅ…………だって、だって、家に友達が来るの、初めてなんだもん。精一杯歓迎しなきゃって、思っちゃったんだもん」
「だとしてもやり過ぎよ。そもそも、あなたのお友達はここに遊びにくるわけではないのでしょう? あなたと話をするために来るのでしょう?」
「そう、だけどー……」
「それにこの時間よ。サンドイッチはまだ分かるけど、スイーツはどうなの。この時間に、この量のスイーツ、貴族令嬢で騎士である相手がどう思うか分からないでしょう」
「だって、モナさん、甘いもの好きなんだもん」
学院時代、私が知るモナさんは、昼休みは必ず甘いものを食べていた。聞いた話では、休みの日は美味しいスイーツを求めて街に出ていたらしい。
「なるほどね。つまり、美味しいスイーツをやるから、大人しく第4皇子の申し入れを受け入れろって言いたいのね」
「そんなこと思ってないよ?!!」
「けど、全くないわけではないでしょう?」
「ぅっ…………」
私は家に帰ってくると、毎回アウリにその日のことを話すようにしている。
ほとんど愚痴をこぼすようなものだけれど、それが理由でアウリは私の仕事を理解してくれて、時には助言をくれることがある。
だから今日モナさんが来ることも、その理由も知っている。
そして、ここまで話を聞いたアウリは、当たらずとも遠からずな結論に至ってしまった。
「全くない、わけじゃないけど……モナさんがティルソン様の申し入れに難色を示している理由はすごくわかるけど……でも、でもでも、モナさんがティルソン様の申し入れを受け入れるまで、私、ティルソン様に付き纏われそうなんだもん。今日なんて、ティルソン様、エミリオ様経由で私に会いにきたのよ?! これが毎日続きそうで、嫌なんだもん!」
信じられないけれど、信じたくないけれど、ティルソン様はエミリオ様と同い年らしく、最悪なことに、エミリオ様と同じクラスらしい。
シルヴィオ様達と公爵家に戻った私は、そこに待ち構えていたティルソン様に驚いたあまり、心臓が止まるかと思った。冗談ではなく、本気で。
今日は、あれからモナさんと話すことができていないと説明して帰ってもらったけれど、次はどうなるか分からない。しかも、明日私はお休みだ。ここにまで押しかけてこられるのではないかと、嫌な想像ばかり働く。
「それで急遽、ヴェルデ領で有名なスイーツ店と、紅茶専門店に寄って帰ってきたのね」
「うん……」
私だって、モナさん相手にここまで用意するつもりではなかった。
確かにモナさんが家に来るのは初めてで、浮かれてしまいたくなるけれど、堅苦しいことを嫌うモナさんだから、ここまでするつもりはなかった。
「で、あわよくば申し入れを受け入れろってことね」
「違うもん。確かに、モナさんの好きなものを用意したら、少しでも気が変わるかなとは思ったけど、でも、そう簡単なことじゃないって思うし。受け入れろとまでは思ってないもん」
「同じでしょう」
「違うもん!」
似てはいるかもしれないけれど、全く違う。
1歩も引かない私に、アウリがため息をついた。これは、すごく呆れている。でも、本当に違うんだもん。
「はいはい。でも、それならサンドイッチはいらないんじゃない?スイーツと紅茶だけでよかったのではないかしら?」
何を言っても、私が同じことだと認めないと理解したらしいアウリは、違う質問を投げてきた。
「それは、私が食べたかったから……」
白状すると、アウリは更にジトっとした目を向けてきた。
「ふーん、そう。それであなたは高級なサンドイッチだけど、私は鶏胸肉なのね。ふーん」
「うぅ……ごめんなさい……明日美味しい牛肉を注文するからぁ……」
モナさんのケーキを買いに行った私は、スイーツ店の隣にあるサンドイッチ専門店が目に入って、急にサンドイッチが食べたくなった。
ただ、問題はそのお店のサンドイッチが、普段の私は手を出さないほど高級だったことだ。だけど、1週間頑張ってきた自分へのご褒美と、これからも頑張らなければならない自分のやる気を出すために、何故か私についてきたシルヴィオ様達のおすすめを1つずつ購入した。
けれど、それが間違いだった。
そもそも、私は街に出て買い物をすることがほぼない。
ほとんどは自宅から魔術宅配を利用している。聞いた話だと、何故か1度レオーネ公爵家を経由しているらしいが、それでも私が街に出ることはない。月に3度あればいい方だ。
その私が、1週間の内に、既に3回も街で買い物をしている。そして、昨日に引き続き、今日も沢山の人に会って仕事を終えた後だ。
だから、早く帰りたかった。早く帰りたいあまり、アウリのご飯を忘れてしまっていた。
謝って許されることではないけれど、謝ることしかできない。
今からでは魔術宅配も利用できないから、今からアウリのご飯を変えることもできない。
「まあ、いいわよ。確かに最近のあなたは頑張っていたもの」
だけど、アウリは許してくれた。心が広い。
「うぅ、ほんとごめんね。絶対絶対、美味しい牛肉を買うからね」
宣言した私に、「はいはい」とアウリが反応した時、来客を告げる鐘が鳴った。モナさんが来た。




