64.探索
客間を地味だが落ち着きのある環境へと仕上げた後、ラウンジへと移動した。案の定と云うべきか、宴会が始まっている。
ソフィーとアーリマンの関係性が不明なのだが、和気藹々と昼間から酒を飲んでいる始末だ。まあ、最初からそんなに険悪ではなかったからな。
分体からの報告が出発した辺りから続々と寄せられているが、いまだ探索中の模様。近所とはよく云ったものだが、俺がほぼ近寄らない隣町の地域を探索しているらしい。
視界を共有しても寂れた街並みが映る程度で、はっきり言ってよく知らない地域でしかない。
「お前たち、真昼間から酒なんて飲んでんじゃねえ」
「旦那様、もう作業を終えられたのですか?」
「ああ、多少地味だが機能的には創ってある。不足があれば、自前で何とでも出来るだろうし」
俺はソフィーに返答しながら、隣の席へと腰を落ち着ける。
「手間を掛けたようで、すまんの」
手を振り、気にするなという意図を示す。
「探索中のようだが、俺はあの辺り全くわからないぞ」
「なんじゃ、大して離れては居らんじゃろう」
「俺の活動域は、専ら北や西で偶に南といって具合だったのでな、東には全く用がない」
「そんなもんかの」
そんなもんだろう。
「旦那様、そちらだけでも盛り上がられても困りますよ」
「だが、気になるだろう? 神とやらが近所に居るっていうのだから」
「力の大小に拘らなければ、幾らでも居りますよ」
「魔女っ娘の言う通りじゃの、幾らでも居るわ」
冗談じゃねえぞ、人間とは価値観の全く異なる神どもだぞ。
「仕方ないですね、話ながらでも構いませんから、お昼ご飯はきちんと召し上がって下さいね」
「ふっ、まるで母親のようだの」
俺は眉を顰める、世間一般にはそのように見えるかもしれない。だが、俺にとって母親とは最悪のキーワードだ。あれのお陰で散々酷い目に遭ったからな。
「ほら旦那様、このお酒、辛口で美味しいですよ」
俺の様子を察したのか、ソフィーは話題の転換の図ったようだ。
「お前、空きっ腹にいきなり酒を勧めるな」
「お豊が急いで支度をしていますが、食べられるものはこの普通の大福くらいですし」
「知らないのか? 大福は酒に合うんだぞ。このほんのりと塩味のある餡が堪らないんだよ、だから大福をよこせ」
「そんなこと教えて頂いておりません」
頬を膨らませるソフィーを放置して、大福を手繰り寄せた。とりあえず何か腹に入れないと、悪酔いするわ。
「確かにこれは、合いますな。盲点でございました」
ゲラルドが同意を示してきた、お豊の料理が出来上がるまでこれで凌ぐとしよう。
「確かにこの酒、切れがあって旨いなって、俺がいつも飲んでた酒じゃないか」
「当り前です。私の選考基準は旦那様の好みそのものですから」
やめて、恥ずかし気もなくそういうこと言うの。拳を握り熱弁を奮うソフィーは置いておこう。
「待たせちまったね、手っ取り早く作れるもので間に合わせさ」
お豊が持ってきてくれたのは、出汁巻きと湯豆腐だ。
「湯豆腐とは気が利くじゃないか」
「旦那はこういうのが好きだろう? 大根も仕込んであるけど煮えるまで時間が掛かるからね」
「風呂吹きも準備してくれているのか、そりゃ有り難い」
数週間前に風呂吹き大根を披露して、ソフィーに絶賛されたのを真似たようだな。
カセットコンロが全く持って似合わない俺の城のラウンジではあるが、大判の昆布が敷かれた土鍋がなんとも食欲をそそる。
ソフィーが取り分けてくれているのを横目で見ながら、分体からの報告を受ける。
「見付けたようだな」
「そのようじゃの」
どうやらやっと分体たちは、神とやらを発見したようだった。
「ソフィー、暫く黙るけど気にしないでくれ」
心配を掛けても困るので、先に釘を刺しておく。俺はまだ分体と本体を並列で動かせるほど熟達してはいないのでね。
分体と視野を始めとした感覚をリンクさせる、俺の意識は既に、探索中の分体の中にある。
「彼奴じゃ」
「あれか? 侍じゃねえか」
二本差しの武士と云っても過言じゃない格好をしてはいるが、何というか少し草臥れている。
向こうもこちらを認識したようで、お互いに近づいていく。
「随分と久しいな、お主が拙者を訪ねてくるとは百年ぶりか?」
「そんなもんかの。此奴がお主に興味を持ったのでの、探しに参ったのじゃ」
「ほぅ、拙者らと同じようではあるが、今風の男ではないか?」
「此奴は儂と同じ欲望の神じゃ、出来立てほやほやの神じゃがの」
「ああ、まだこんなになってから一年も経ってないな」
目の前の侍を凝視しながら答えた。
「お主、名は何というのだ?」
俺の名を問うてきたが、人間の名は名乗る気が無い。そして神の名も無い。
「悪いが俺に名は無い、名無しだ」
「名無しか、まあ構わんよ。拙者は、真里谷 円四郎義旭と申す」
「は? いや待てどういうことだ、あんた有名とまでは言わないまでも剣豪だろ? なんで剣豪が神なんぞになってんだ?」
子供の頃、地元出身の名士を探して調べたことがあり、名だけは聞いたことはある程度なのだが。
「拙者もよくは分かり兼ねる、気がつくとこうなっておった。拙者の名は後世に語られてはおるとは、初めて知ったわい」
「此奴の場合はアレじゃの、一応信仰ではあるの」
言葉を濁すアーリマン、本人には聞かせられない事情でもあるのか?
『此奴はの、人の畏怖から生まれた神じゃ。鎮魂の為に祀られたのがこうなった原因かの』
突然飛んできた念話に驚いた、アーリマンは相手を慮ることの出来る珍しい神なのだろう。
『で、要するにどういう種類の神に該当するんだ?』
『そうじゃの、力は殆ど持ってはおらんのじゃが、祟り神とでも云うのかの』
『祟り神ね、邪神と何が違う?』
『信仰する人の数じゃろうかの』
要するに規模の問題ということか、この地域でも彼の存在はあまり知られていないはずだものな。
「あんたはこの辺にいつも居るのか?」
「拙者は江戸の辺りまでも出られるが、ここが一番落ち着くのでな」
「なんじゃお主、移動できたのか其れは知らんかったの」
「下手すりゃ、会えなかったかもしれないだろうが」
「こうして遭遇できたのじゃ、それで良しとするべきじゃ」
「貴殿はこの近隣のものなのか?」
「俺は欲望の王だから、この星には居られないらしくてね、木星近辺に居を構えているよ」
「木星とは聞かぬ場所だな」
ああ、知識がないのね。お豊と同じようなものか、確か彼は江戸中期の剣豪だったか。
「そうじゃ! 此奴も宴会に招待してはどうかの?」
「まあ構わないが」
「円四郎とやら、お主も付いて来ぬか宴会じゃ」
「拙者を招待してくれるというのか、良いのか?」
「多い方が楽しいからな、良ければ参加してくれ。移動はどうする? 転移はあまり力の込めてないこいつでは無理だぞ」
「なんじゃと、儂もこの数は怪しいからの。地道に歩いて帰るしかないの」
「なんだ? 拙者歩くのは嫌いではないぞ」
「だ、そうだ。リンクは解くから、地道に戻って来てくれ」
「了解したのじゃ、では行くぞい」
分体とのリンクを解除して、意識を本体へと戻した。
「あ! あれだけあった湯豆腐がもう無くなってる」
「旦那様は何やらやっている間に、アーリマンが食べ尽くしてしまいましたよ」
なんてことだ、並列で動かせない俺に当てつけるように食い尽くしただと?
「なんじゃ? 追加の客も来るのだろう、料理を増やせば済む話ではないかえ」
「まあいい、お豊に頑張ってもらうか」
「私がお惣菜でも買ってきますよ、お豊への負担が大きいですからね」
そういえば、お豊を眠らせる時期が迫っているのだったな。
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