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死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


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十七話

グロい表現と蟲に注意!!

 この日、翔子の機嫌は良かった。

 魔法を使った収入は順調で、昨日買った新しいスーツを着て出社した。同僚のうらやまし気な視線が心地よい。



 昼休みになり、翔子は席を立った隣席の田辺に声をかけた。

「田辺さん。今日は何食べる?」

「…私達お弁当を持ってきたから、食堂で食べるわ」

「食堂? しょぼいなぁ。リンドのランチにしようよ。奢ってあげるから、お弁当なんて捨てれば?」

「食べ物を捨てるなんて…」

 反論しかけた田辺の肩を、小沢が止めた。

「言っても無駄よ。行こう」


 田辺も小沢も、大抵昼食を共にしていたのにどうした事か。2人は翔子に見向きもせずに行ってしまった。

「何よ。せっかく人が奢ってあげるって言ったのに。感じ悪いったら」


 その時にはもう誰も残っておらず、翔子は仕方なく1人でリンドのランチを食べた。社内へ戻っても、何故かよそよそしい空気を感じ、給湯室で煙草を吸っていた。



「……ホントに翔子って、あり得ない」

 そんな声が聞こえた。小沢だ。給湯室の換気扇の下は外からは死角になる。翔子に気づかずに立ち話を始めた。


「聞いて。この間、私が旅行のお土産を買って来たじゃない?」

「ああ、逆みたらし団子。お餅の中にみたらしのタレが入ってて、美味しかったわ」

 小沢は有休を使い、友人と旅行に行った。会社用には大きいお菓子の詰め合わせを買い、仲が良かった人には個別にお土産を買った。いつもお昼を共にする翔子にも買ってきたのだ。


「翔子ったら『お土産に賞味期限の短い物を買うなんて、あり得ませんよね』って、笑ったそうよ。しまいには、『私はいらないからあげます。加藤さんがいらなければ捨てて下さい』って」


 あの日は用事があり、小沢も田辺も早々に会社を出た。

 翔子は、たまたま一人でいた加藤を見つけ、押し付けるように去って行ったのだ。


 加藤は四十代の女性社員だ。二十代の自分達とは年が離れている。家庭持ちの加藤は自然、子持ちの社員と話す事が多く、翔子ともそれ程仲が良い訳ではなかった筈だ。


「は? 賞味期限って……。そんな短かったっけ?」

「渡した日から三日はあったよ。小さなお団子が十二個入りだもの。三日あれば一人でも食べれるだろうし、家族と分ければすぐになくなるって考えて買ったのに」

 小沢は悔しそうに唇を噛んだ。


「美味しかったよ。うちは家族で取り合いして、その日の内になくなったもの」

「ありがと。そう言って貰えると、美味しい物にしようと考えて買った私も報われる。昨日就業後に加藤さんに呼び止められた時は、何事かと思ったけど。自分が貰って申し訳ないって、私に教えてくれたんだ」

「うわぁ…」

 田辺は絶句した。




 ──小沢さんは御堂さんと仲がいいでしょう? 教えるべきか迷ったのだけど、頂いたお礼を言いたかったのよ。とても美味しくて、家族も喜んでいたの。ありがとう。


 加藤はどこか申し訳なさそうに言った。


 ──それと…。これは余計なお世話かも知れないけれど、あの人とは仕事上の付き合いだけにしておいた方がいいわ。人から貰った物を捨ててなんて言う人間は、私には信用できない。


 ──そう…ですね…。




「もう私、悔しくって!!」

「それで突然、明日はお弁当にしよう!って電話をくれたんだ」

「ごめんね、急に…」

「何でもないよ」

「加藤さん、お礼に焼き菓子くれて。いい人だった」

「今度お昼に誘おうか」

「そうしよ」


 余程うっぷんが貯まっていたのか、翔子への陰口が次々に飛び出す。


「──翔子ってさ。絶対に言わないでね、って言っても言うよね」

「そうそう! 私もバラされて、何で言ったのか聞いたら、『言わないでって言うのは、言って欲しいって振りだと思ったから』だって」

「振りじゃないし!」

「信用できないから、当たり障りのない話題しか振れなくなったよね」

「口を開けば人の陰口ばかり。裏で私も何を言われているやら」


「それにしても翔子って、最近やけに派手じゃない? 上から下までブランドで固めてさ。今日もこれ見よがしに新しいスーツ着て」

「夜の副業でも始めたんでしょ」


 くすくす、っと笑いながら、声は遠ざかって行った。




(……何よ。何よ、何なのよ!?)


 翔子は灰皿を振り払った。どす黒い感情が渦を巻く。

 小沢と田辺の態度が違った理由を知っても、自分が悪いとは分からない。お土産にしたって、三日しか保たない物をくれるなんて、と本気で思っていた。それでいて、自分が買う物は賞味期限など、気にして買ったことはない。


 人の行動にケチをつけ、同じ事を自分がやっても悪いとも思わない。分からない。翔子はそんな人間だった。




 この日。

 ただでさえイラついていた翔子は、狙っていた水上が結婚すると聞いた。相手は翔子が名前すら考えたくない、あの子。


(結婚!? 何かの間違いよ!)


 あの子の手には、婚約指輪が輝いている。翔子以外の社員たちに祝福され、幸せそうに見つめ合う姿に、ギリギリと歯噛みした。







「お姉ちゃん! お帰りなさい!」

 弟の征弥が飛びついて来たのを振り払う。

「…お姉ちゃん?」

 訳も分からず首を傾げた征弥に罪悪感を抱いた。

「疲れてるのよ…。ほっといて」

「うん…。ごめんなさい」



 翔子はいらいらしながら自室に入り、バッグを壁に投げつけた。バッグの口が開き、中の物がこぼれ出る。

「はぁ、はぁ…」

 いらいらする思いがおさまらず、目についたものを片っ端から投げた。

 バンッ、と大きな音が響く。力いっぱい投げた時は少しだけすっとするが、苛立ちがおさまる事はない。


 マニキュアの瓶を投げた時、蓋が甘かったのか中身がこぼれ、壁にべっとりと真っ赤な染みがついた。それにまた苛立ち、クッションを投げる。白いクッションに赤い染みがついた。


 ドンドン、とドアを叩かれた。


「翔子どうしたの!?」

 母だ。部屋の惨状を見られたら小言が始まるだろう。

「開けないで! 何でもないから、1人にしといて!!」

「…夕食は?」

「いらない!!」


 母が立ち去り、また苛立ちが募る。他にぶつける物はないかと部屋を見渡すと、赤く汚れたクッションが目に入った。

 血のような赤だ。


「…そっか。消してしまえばいいのよ。あの子がいなければ、きっと私を見てくれる。そうよ。目を覚まさせてあげなくっちゃ…」


 翔子はバッグからこぼれ出たお守りを掴んだ。黄色と緑が混ざり合った石に、赤い組み紐が通してある。拳で握り込める大きさの石を握ると、ドクン、と鼓動が感じられる気がした。

 これを使って尸鬼を操り、金を手に入れていたのだ。

 いつ、誰に貰ったのか覚えていない。気がつくと持っていて、使い方も理解出来た。


(魔法だもの。魔法で人が死んでも罪には問われないわ。ふふ…)


 お守りを握ると、操れる尸鬼の位置が分かる。運よく標的の近くにいる個体がいた。

 翔子はニイッと笑うと、『その女を殺して』と指示した。



 まだ人の姿が崩れていないその尸鬼は、ちょうどよい事にナイフを持っていた。

 翔子は操る尸鬼の視界を共有できた。

 尸鬼は、人待ち顔の標的に近づいて行く。辺りは人通りも多かった。だが、例え尸鬼が捕まっても翔子には関係ない。


 近づいた尸鬼が待ち人でなかった事に失望した標的の目が、こぼれんばかりに見開かれる。尸鬼の手に握られたナイフが、自分を狙っていると理解したのだろう。

 翔子は、怯える標的の表情に愉悦を感じた。


『切り刻みなさい。あの人の未練が残らないように、顔をね!』


 その時、標的を庇って水上が尸鬼に殴りかかった。標的が待っていたのは、彼だったのだ。


(悔しい、悔しい、憎い!!)


 普通の人間が尸鬼の力に対抗できるわけがない。執拗に標的を狙う尸鬼へと、水上が向かって行く。払いのけられても、切られても、気にもせずに標的を守ろうとしている。


『2人共殺して!! 私の手に入らないなら、そんな人いらない!』


 翔子は辺りにいた尸鬼、全てに指示を出した。

 どこからともなく現れた尸鬼達が2人を囲む。



 ──その時。尸鬼が燃えた。



「…え?」


 翔子は感じ取れる尸鬼に意識を凝らす。

 燃える。燃える。

 全ての尸鬼が燃えて、消えていく。


「何で!? どうして!!」


 消える気配に歯噛みした。あと少しで殺せたのに──。

 と、突然。翔子の部屋に、禍々しい気配が溢れた。


「な、何よ。これ!?」


 ──ぼたり。


 天井から何かが落ちて来た。


 ──ぼたり。ぼたぼた。


「何なのよ!?」


 頭や顔に落ちたモノを手で拭うと、それは蟲だった。

「ひぃっ!?」

 悲鳴を上げ、手を振るが離れない。髪に、顔に、腕に、背に、胸に、足に。全身を蟲が這う。

 両手を使い必死で払いのけるが、後から後から落ちて来るのだ。


 ──ぼた。ぼたぼた。ぼたぼたぼた、と。


「いやぁっ!? 何で、何で、何で、何で、何でっ!!」


 呪が返されたのだ。

 これまでに殺された者、呪ったモノの全てが返る。


 全身に這う蟲が、つぷり、と中へ入り出した。一匹が入れば、そこから次々に入り込む。


「ぎゃあぁぁっ!!」



 その凄まじい悲鳴は、階下で夕食を食べていた家族にも届いた。

「何だ!?」

 父親は慌てて翔子の部屋へ向かう。

「あ、あれ…お姉ちゃんの…声…なの?」

 悲鳴に驚いたのか、蒼白な顔で震える征弥を母親は抱きしめた。






「翔子! どうした! 翔子っ!!」

 ドンドン、とドアを叩いて父親は声を張り上げた。それに返事はなく、途切れることなく悲鳴が続く。


「ああぁぁ! あああぁぁぁっ!!」


 ずっと、聞こえ続けているのだ。

「入るぞ!」

 父親はドアを開けた。


 ──暗い。


 暗い部屋の空気が、ねっとりと纏わりついた。

「翔子! 大丈夫か!?」

 悲鳴を上げ続ける娘に声をかけながら、電気を付けようと壁を探る。柔らかく蠢くモノに触れ、声を上げてしまった。部屋中を何かが蠢いていのが感じられた。天井から壁、床までも。何かで埋め尽くされている。


 娘の悲鳴は続いていた。


 父親は次第に闇に目が慣れて来た。娘を探して目を凝らすと、人型が横たわっているのが分かった。

 蟲を踏み潰す感触に寒気を覚えながらも急いで近づき、娘を覆っている蟲を払う。だが払っても払っても天井から蟲は落ちて来るのだ。


「くそっ! いったいどこからやって来たんだ」

 こうなったら娘を抱き上げて部屋を出ると決め、首の後ろに腕を入れた。──と、ポロリと首が落ちた。


 落ちた首は、転がりながら悲鳴を上げ続ける。


「──ああぁぁぁああぁ! あああぁぁああぁっ!!」


 首だけになって、何故悲鳴を上げられるのだろうか。首は、生きながら蟲に食われ、悲鳴を上げている。

 返りの呪をその身に全て受けた翔子は、存在の全てが消えるまで意識と正気を失う事は許されないのだ。そう、例え肉片になろうとも。


「ひ、ひぃっ!?」

 そんな事は知らない父親は、恐怖の余り部屋の外に転がり出た。

 蟲が部屋から出て来ない事に安堵する。苦い物がこみ上げ、嘔吐した。


「あなた! 翔子はどうしたんですか!?」


 止まない悲鳴に母親がやって来たのだ。止める間もなく部屋の中を見た母親は絶句し、力なく座り込んだ。目の前の光景が理解できない。零れんばかりに眼を見開き、部屋の中を見つめている。

 既に翔子であったモノの形はなくなっていた。溶け広がったぐちゃりとしたモノから、絶え間なく悲鳴が聞こえ続けている。


「ねぇ…お父さん、お母さん。お姉ちゃん、どうしたの……?」

 母親は下に残る様に言い含めて来たのに、姉が心配でついて来てしまったのだろう。

「征弥! こっちに来ちゃ駄目!」

 子供の声に我に返った母は、征弥を抱きしめて階下へ降りた。


 父親は、娘であろうモノの悲鳴を断ち切るようにドアを閉め、逃げる様に妻の後を追った。






 春はビルの屋上の縁に腰かけ、町を見下ろしていた。

 夜の町はサイレンに包まれている。

 尸鬼だけを燃やした焔だが、傍から見れば人間だ。通報が相次いだのだろう。パトカーと消防車が、サイレンを鳴らして町中を走っていた。


 ()()繭の残滓も、()()黒い穢れた気も、もう感じられない。

 穢れた気配を感じる人間はいるが、人を殺したのだから、それを背負って生きていくのだろう。法の下に罪を償わなくとも、何かしらの報いを受けるのだろう。


(終わったんだ)


 春は、ようやくそう思えた。




あと二話ほどで終わる予定です。

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