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死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


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15/19

十五話

山本先輩視点です。

 山本拓海(たくみ)が美春に抱いていたのは、ごく普通の少女という印象だった。

 委員会が一緒で顔を合わせる事も多く、後輩の中でも良く話す少女。少し仲良くなると、べたべたとくっ付いて来る他の少女達と違い、態度も変わらず話しやすかった。その頃は、恋愛感情もなかったのだ。



 試験期間に入り、部活動が休みだったある日の事。

 急いで帰宅して勉強をしないと、と山本は急いでいた。自転車置き場に来て、自転車の鍵がないと気づいた。どこで落としたのだろう。

 自転車置き場から、教室へ。歩いた道筋をたどってみたが見つからない。

 もう一度しっかりと探そうと、床を注視して歩いていると誰かにぶつかった。


 その人は、「ほぇ!?」と変わった悲鳴を上げて尻餅をついた。

「ごめん、大丈夫?って、美春ちゃんだったのか。本当にごめんね」

 謝った山本に手を取られて立ち上がった美春は、ほんわりと笑っていた。

「こちらこそ、ごめんなさい。ぼけっと上を見て歩いてた、私が悪いんです。空がきれいだったから、つい」

 言われて初めて、山本は空を見上げた。

 胸に染み込むような澄み切った青空だった。意識して空を見たのは、どれくらいぶりだろうか。

「本当だ。きれいだね」


 1人だった美春の雰囲気はいつもと違っていて、どこかほわんとしていた。

「ぼけっとしてちゃ駄目だって、友達にいつも叱られてるんです。ちょっぴり気を抜いてました」


 美春は、ぶつかったお詫びだと言って、鍵を一緒に探してくれた。校舎から出て自転車置き場へ向かう途中の細い溝の中に落ちていたのを、美春が見つけてくれた。

「ありがとう。助かったよ」

「私、よく物を落とすから、探すの慣れてるんです。見つかって良かったですね、先輩!」


 ──その笑顔が、山本の心に焼き付いた。




 それから山本は彼女の事が気になるようになり、2年の廊下を通る時は彼女を探すようになった。


 これまでに美春と話して知っていたのは、彼女のクラスはA組で帰宅部だと言う程度。興味もなかった頃の話は、ほとんど記憶に残っていなかった。


(どうして真剣に聞いていなかったのかなぁ…)


 後悔しても後の祭りである。

 今更あれこれ聞きだす事も出来ず、何とか知ったのは仲良し三人で行動する事くらいだろうか。


 ほわほわしているのかと思えば、意外としっかり者な所もあるようで、「スーパーの特売に行かなくっちゃ!」と、慌てて下校する姿を何度か見かけた。両親が共働きだと言っていたのを思い出した。家事をする為、部活に入っていないのだろう。


 廊下で顔を合わせると、必ず「先輩、こんにちは」と挨拶してくれる。


 美春の挨拶が聞きたくて、山本はいつしか登校時間を合わせるようになった。

 朝出会うと必ず「先輩、おはようございます!」と笑顔を向けてくれる。たまに朝練があって彼女に会えない日などは、一日中調子が出なかった。

 そんな彼女が好きなんだと、ようやく気付いた。


 悩んで、迷った末に告白したけれど、あっさりと振られてしまった。


「……私、まだ、恋愛が分からないんです。先輩の事は、嫌いじゃないです。でも好きが分からない私が、人気者の先輩と付き合っちゃ駄目な気がします」

「そんなに深く考えなくてもいいよ。付き合っている内に、好きになるかも知れないでしょ?」

 彼女との繋がりを持ちたくてそう言ったが、真面目な彼女は首を振った。

「不誠実に思えるんです。ごめんなさい」

 そう言って困ったように頭を下げる。


 山本は自分に人気があるのは知っていた。告白された事も何度もある。

『付き合っている内に、好きになるかも知れないでしょ?』

 これは山本に告白した少女が言った言葉だった。──結局自分の心はその子に向かず、別れてしまったが。


 美春は山本の言葉を真剣に考え、自分なりの言葉を返してくれたのだ。その表情から、断って申し訳ないと思っているのが分かる。美春を困らせたい訳ではないのだ。今は諦めようと決めた。


「そう…か。仕方ないね。せめて友達でいてくれるかな?」

「はい! 先輩は、先輩の中で一番好きですから!」

「あはは。微妙な言葉だけど、ありがとう。友達として、アドレスの交換してくれるかな?」


 そう言って、彼女のメルアドを手に入れた。



 もしも、あっさりと告白が受け入れられていたら。

 そこで心が冷めていた気がした。ああ、この子も他の子と同じだ、と思っただろう。

 けれど美春は、素直な気持ちを返してくれた。考え考え答えてくれた。その一生懸命な表情を思い出すと、心がほころんだ。

 ふられたお陰で、ますます好きになれたのだ。


 毎日では嫌がられるかも知れないと、時折メールをした。


 たわいもないメールばかりだった。

 時々『今日の部活は疲れたよ』、なんて弱音を吐いてみせた。


 そんな時には、必ず写真付きのメールが届いた。


『帰り道にナンパに成功した猫です。可愛いですよね!!』

『夕飯の魚を焦がしちゃいました(;´・ω・)』

『今夜は母作の夕食。やっぱり年季が違って美味しいです。…負けた』


 元気づけようとする思いが感じられる、彼女らしいメールに癒された。


 弱いところを見せたら、好きになってくれないだろうか。

 友達としての関係を続けていれば、繋がり続けていれば、いつしか恋愛感情を向けてくれるかもしれない。

 繋がっている内に、恋愛感情を持って欲しい。

 そんな邪な思いを抱きながら、日々接していたのだ。




 ある時から、急に彼女の雰囲気が変わった。

 もしや好きな人が出来たのかもしれないと、山本は不安に駆られた。話すきっかけを作ろうとしたのだが、何故かタイミングが合わない日々が続く。


 ──この日、校門を出る彼女を見かけた。


 そろそろ部活も引退が近づいていて、仲間と体育館へ向かっていたのだ。だが、今を逃してはいけない気がした。

「悪い、今日は休むって伝えてくれ」

「お前がサボりとは珍しいな」

「急用なんだ。頼むよ!」


 山本は急いで美春を追い、何とか捕まえることが出来た。

 こちらに振り返った彼女は、どこか儚げで美しく見えた。印象の違う彼女に、胸が高鳴った。


『ねぇ先輩。私が人間じゃなかったらどうします?』


 そんな意味の分からない質問をされ、自分なりに答えると微笑んでくれた。どうやら、好きな人が出来た訳ではなかったらしい。

 たわいのない会話をして、彼女を家まで送って行った。


「──ありがとう先輩。さようなら」

「さよなら、また明日ね」

 

 まさか、この言葉が最後になんて思わなかったのだ。



 ──彼女が消えた。



 捜索願が出され、父親がTVで情報提供を呼び掛けていた。

 山本は、何度も、何度もメールを送った。電話をかけても呼び出し音しか鳴らない。果たして彼女はコールを聞いているのだろうか。──生きているのだろうか。


 あの日の彼女の言葉が蘇り、焦燥感に駆られる。


 何故メルアドの交換しかしなかったのか。メッセージアプリなら読んだかどうか分かるのにと、どれだけ後悔しただろう。

 返事がなくとも、きっと呼んでくれていると信じて、何度もメールを送る。


 ──何度も、何度も、何度も。


 だが返事は来ず、情報もない。

 山本には、美春の情報を手に入れるすべがないまま、日々は過ぎて行った。


(会いたい、会いたい、会いたい!)


 日々美春の事しか考えられなかった。今日も授業が終わり、部活も引退した山本は自転車を引いて校門を出る。適当に歩いて美春を探すつもりだった。

 校門を出た時、自分を追い越した女生徒を見て目を疑った。

「……美春…ちゃん?」

 彼女を思うあまりに見た幻覚だろうか。山本が出した声は上ずっていた。

 行方不明の美春が、学校から出てくるはずがない。だが、山本にとっては見間違えようのない姿だったのだ。


 制服姿の少女は、山本の声に一瞬ビクッと身をすくませた。その時、山本は生身の美春だと確信した。

 美春は振り向かずに走り去って行く。

「美春ちゃん! 美春ちゃん!?」

 何度も呼びかけたが、運動が苦手だった美春とは思えない速さだ。自転車に乗って追ったのに、結局見失ってしまった。


(生きていた…)

 山本にとっては、それだけで収穫だった。


(きっと捕まえる)

 そう心に誓った。




 捕まえると誓っても、手がかりが見つからないまま、時が流れて行く。また学校に来ているのではないか、そう思って校内を歩き回ったりもしたが、あれ以来、美春の姿を見る事はなかった。

 山本はため息をつき、教室へ向かう。


「くすくすっ」

「あははっ」


 未だ暗い雰囲気が漂う校内に、少女達の笑い声が響いた。

 向こうからやって来るのは、二人の少女だ。片方の少女は、美春の友達の優子だった。

 美春と仲良く話す姿を何度も見かけていたし、行方不明になってから、何か情報がないかと必死になっている姿を見ていた。それが、今は打って変わって明るい表情をしている。

 優子とは特に接点が無い為、軽く目礼をしてすれ違った。


 山本の背後から、二人の会話が聞こえて来た。 

「美春! 今日のお弁当は何?」

「今日はお母さんが作ってくれた、特製唐揚げ弁当だよ」

「よし! おかずをトレードしよう!」

「いいよ~」


(美春ちゃんだって!?)

 山本は驚いて振り返った。


「誰? あの子は、美春ちゃんじゃない…。どうして…?」


 背格好は同じだが、顔が違う。雰囲気が違う。山本は、例え後ろ姿でも、決して美春を間違えない自信があった。


「一体何が起こっているんだ…」






「はふぅ…」

 春はため息しか出なかった。

 あの日琥珀に助けられ体調は戻ったものの、どうにも肩身が狭い。二尾も三尾も何も言わないのだ。責めて、叱って欲しかった。

 琥珀に至っては、いつものように──いや、いつも以上に気だるげに、ソファに横たわっているだけだ。何も言われないのが、こんなに居たたまれないとは思ってもみなかった。


 自分のいたらなさを自覚したが、修行する気にもなれず外へ出た。満月まで後少しだ。もう、自分で動くつもりはなかった。

 夜でなければ、尸鬼しきに会うこともないだろう。


(約束してたバケツプリンを作ろう。果物と生クリーム買って、あ、バケツも買わないと)


 材料を買うなら、神社近くのスーパーでも良かったのだが、気晴らしに遠出した。もちろん姿は変えてある。

 今の春は、女子大生くらいに見られているはずだ。緩くパーマのかかった髪に、大人っぽく化粧した顔。知り合いに会っても分からないだろう。それなのに──。



「美春ちゃん、見つけた。心配してたんだよ」

 優しく温かい声に耳を疑った。分かるはずがないのに、何故?

「先…輩…」

 思わず『先輩』と言ってしまった自分に焦った。幻術が掛かっている事を確認し、春は気を取り直す。


「どなたかとお間違えではありませんか? 私は美春ではありません」

 そう言っているのに、山本は春の腕を掴んで、心の底から嬉しそうに笑ったのだ。

「…ははっ。美春ちゃんだ、美春ちゃん。やっと捕まえた」

「ですから! 人違いだと言って──」

「僕には分かるよ。どんな姿でも、僕は、君を間違えたりしない」

 山本は『美春』だと確信している。誤魔化せないと、春は諦めた。


「どうして先輩は……。どうしていつも、私だって分かるんですか? 姿を変えているのに、両親も私だって分かってくれなかったのに!!」

 山本と顔を合わせていられなくて、春は顔をそむける。


「どうしてだろうね? 僕には分かるんだよ」

 優しく微笑む山本を見ているのが辛かった。春は唇を噛みしめた。


「さぁ、一緒に帰ろう」

「帰れません! 帰れないんです…」

 春の腕は、しっかりと掴まれている。今の自分の力なら振りほどくのは簡単だが、山本を傷つけてしまいそうで出来ない。

 人通りはまばらだが、言い争っているかのような二人は人目を引いた。山本は、小さな公園へ春を連れて行った。抵抗する気力をなくした春は、素直について行く。


 公園には子供の姿もなく、二人だけだった。山本は春をベンチに座らせ、自分も隣に座る。腕は掴まれたままだ。


「美春ちゃん、どうして帰れないの?」

 優しい問いかけに戸惑う。誤魔化そうかと思ったが、山本には見抜かれてしまいそうだ。自分をすっぱりと諦めて貰うために、正直に話す事に決めた。そうすればきっと、山本は気持ち悪がって去っていくだろう。

 変わっていないと、きれいだと言ってくれた山本は、事実を知って春にどんな視線を向けるだろう。


「わ、私。死んじゃってるんです。もう人間じゃないんです!」

 軽く首を傾げた山本は、春を掴んだ腕は離さず、空いている手で首筋に触れた。

「……これは…」

 脈が感じられなかったのだろう。山本が漏らした呟きに、春の顔が悲し気に歪む。

「分かりましたよね…。それに、新しい美春がいるから。私はもう、美春じゃないんです…」


 山本は春を抱きしめた。

「せ、先輩!?」

「柔らかくて、温かいね。僕にとっての美春ちゃんは、君だけだ。人間じゃないなんて、分からない。死んでいるなんて感じられない。君はここにいる。僕と話しているじゃないか。他の人と何が違う? 何も違わないよ。僕は、そう思うな」

「……先…輩」

「それに、あの子が美春ちゃんじゃないのは、すぐに分かったよ」

「…今はあの子が美春です。あの子を、受け入れて欲しい。お願いします」

「どうして…? 僕にとっては、君だけが美春ちゃんなんだ」


 首を横に振る仕草に、山本は全てを否定されたように感じた。心が冷たくなっていく。

「…駄目…なんです。私の事は…忘れて下さい」

「無理だ。忘れるなんて出来ない。僕は、今でも君が好きだよ」


 春は、山本の言葉が嬉しかった。両親でさえ気づいてくれなかった自分を、いつも見つけてくれる。誰もが忘れた自分を覚えていてくれた。嬉しくて、視界が歪む。

 山本は息をのんだ。泣きながら微笑んだ春は、透き通るように美しかった。


「……私を覚えていてくれて、ありがとうございます。でも、私は帰れません」

「美春ちゃん…。家に帰れないなら、僕と一緒に暮らそう」


 山本は祖母から譲られた家があった。古い平屋建ての一軒家。大学に入ったら、そこで1人暮らしをするつもりで、時折空気を入れ換えに行っているのだと話した。

「そこで二人っきりで暮らそう、ね?」


 春は山本との未来を思った。死んでいると告白した山本となら、人として暮らして行けるかもしれない。だが、成長しない自分が人に紛れるのは、何年が限度だろう。きっと、優しい山本を失望させる日が来るだろう。

 満月まであと少し。例え、自分が何の役にも立たなくても、尸鬼の事を放置する訳には行かない。


「ごめ…ん…な…さい…」

 話している内に山本の手は緩んでいた。春はするりと抜けて立ち上がると、その場から逃げ出した。

「美春ちゃん!!」



 確かにこの手に捕まえたのに、また逃げられてしまった。

「…どうすれば、君を捕まえておけるんだろう。どうすれば君は、僕を受け入れてくれるんだろう。どうすれば…」


 山本は、掴んでいた温もりが残る手を握り締めた。




美春は自分の名をあげたので、自分は『春』だと認識しています。

山本にとっては、何と言われようと『美春』です。

最も、山本は『春』になったと知りませんが…。


ややこしくて申し訳ないです。

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