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死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


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十四話

 御堂翔子は、鏡を見た。


(私の方が綺麗だわ。なのに、どうしてあの子ばかりが好かれるの? ああ、あの子の方がお金を持っているから、洋服や体にお金をかけられるからよね。だったら、お金があればいい)


 始まりはそんな思いからだった。


 その為の手段は知っていた。

 ほんの少しだけ迷ったが、自分の幸せの為なら他人はかまうものか。そう決意をし、ノートパソコンを開いた。専用のサイトを立ち上げる位、何でもない。出来たサイトを入り口とし、電脳の世界に介入し、少しだけそこに魔法をかける。そう、たわいもない魔法だ。

 願いを持つ者だけがたどりつけるようにする。余り広い範囲では面倒だから、願いを持つ者の地域を限定する。


(遠くては回収しにくいものね。そうこれは魔法よ、魔法)

 決して怪しい呪術ではないのだと、翔子は笑う。

「…ふふっ。くすくすっ…」

 翔子は薄暗い部屋の中、カチカチとキーボードを叩いて魔法をかけていった。




 世の中に、これほど需要があるとは思わなかった。予想以上の結果に、翔子はほくそ笑んだ。

 サイトに入った注文の品は、休日にまとめて発送している。入金された金を使い、ブランド物を買いあさった。高価な化粧品を買い、エステにも通っている。


(私は元々綺麗だから、あの子と違って整形する必要はないもの。ほら…、ね? 綺麗になった私に、男はかしずいて来る。あの人だけは、あの子の所にいるけれど、それも時間の問題。そうに決まってる。もっと、もっと、綺麗にならなくちゃ…)


 湯水のように金を使えば、流石に手持ちが心もとなくなって来た。翔子はもう一つの資金源に手を付ける事に決めた。




「ここもハズレ、か…」

 翔子は、ひとりごちると次の場所に向かった。


「ふふふ、あった」

 人気のない敷地の隅から、何かを掘り出した。

 軍手をはめた翔子が掘り出したのは、いくつかの財布や土にまみれた現金。財布からは札のみを取り出し、現金は土を払い、黒ずんだ汚れのついていない物だけを、持って来たビニール袋に入れた。残った物を元通りに埋め戻すと、次の場所へ向かった。





「お姉ちゃん、お帰りなさい!」

 小学生の弟が飛びついて来た。

「ただいま、征弥まさや。いつまで起きてるの。もう10時なのに。子供は早く寝なさいよ」

「だって、お姉ちゃんを待ってたんだもん ね? ね? おみやげは!?」

 翔子はコンビニで買って来た袋を渡した。

「わ~い! エクレアとシュークリームだ!」

 征弥はぴょんぴょんと跳ねた。買ってきてやって良かった、と翔子は思った。

「今度はケーキを買って来てあげる」

「やった!」

 純粋な好意と尊敬のまなざしを向けて来る弟が可愛かった。


「ねぇお姉ちゃん。ケーキもいいけど、僕ノートパソコン欲しいな!」

 小学生にしては高価なおねだりだ。だが収入はいくらでもあるのだ。可愛い弟のおねだりは、聞いてやらなくてはならない。

「分かった。今度一緒に買いに行こうか」

「わ~い、お姉ちゃん大好き!!」


「お帰り翔子」

「ただいま」

 玄関で騒いでないで、早く入りなさいと叱られた。

「はいはい。分かりました」

 口うるさい母にはイラついたが、征弥の笑顔に癒される。

(サイトの注文も確認しないとね…。お金はいくらあってもいいもの。征弥にパソコン、親にも何か買ってやろうか。私って、親孝行な娘よね。ふふっ)




 静まり返った家の中。家人は皆、眠りについているのだろう。

 全てが上手く行っている、そう思っていた。せっかく楽しい毎日を送っているというのに──。


「ちょろちょろと、目障りな…」


 鼠を片付ける手段を考えながら、くつくつと笑った。






 美春の提案を受け入れると言った、千雪は謝ってくれた。

 帰ればいいなんて言って、ごめんなさい、と。

「いいよ。ショックが大きかったのは分かっているもの」

 そう言って静かに微笑む美春は、どれだけ苦しみ、思い悩んだのだろうか。千雪は、自分の事しか考えていなかったと分かった。


「千雪。あなたの名前も、今まで過ごして来た時間も、全部無くなる。本当にいいの?」

「この名前は、あの両親がくれた名前。今の私が唯一持っている、親に貰ったもの。でも、あの親に貰ったものは何一ついらない。欲しくない…」

「そっか」

「でも美春さん。あなたはそれでいいんですか?」

「いい、よ。そうしてくれた方が、みんなが幸せになれるもの」

 そう言った唇が震えている。


「でも…あなたから奪うみたいで…私…」

「奪うんじゃないよ。私があなたに託すんだよ。だから、千雪には幸せになって欲しいな」

「はい…。ありがとう…ございます…」




 美春はこの時、千雪に言った。

 両親を私の代わりに大事にして欲しい。私の代わりに、人の生活を楽しんで欲しいと。その気持ちは真実だった。だけど──。


 琥珀が力を貸してくれる満月まで、まだ日がある。

 美春、改め春はイラついていた。自分が納得して決めた事だ。両親にいつまでも自分を思い、苦しんで欲しくなくて受け入れた提案だった。

 春は携帯を見た。千雪は以前の携帯は無くしたと言って、新しい携帯を買って貰っている筈だ。


 ──あの日から、優子からのラインは来ない。来るわけがない。


 記憶の操作の際、二尾と三尾は、美春とのやり取りをした電子データの削除もしたらしい。もちろん、こちらの携帯のデータは残っている。だけど、相手からは全てが消えてしまったのだ。これからは、あの子が『美春』なのだから。


 自分が消えてしまった。春は、そんな虚無感に襲われていた。




「琥珀…。千雪の件も片付いたし、気をたどるの、早めてくれないかな…」

 琥珀はいつものように、気だるげにソファに横たわっている。薄目を開けてこちらを見る冷たい目に、それ以上の言葉を出せなくなった。

「あんた。何を焦ってるのさ」

「じっとしているのが、落ち着かないのよ…」

 修行はしているが、早く事件に決着を付けたかった。でなければ、おかしくなってしまいそうだった。


「あんたは黒幕と言ったけどさ」

 人の欲をあおり、蟲を放ち、傀儡を作っているのだと、琥珀はだるそうに言う。

「何が目的かは分からないが、やっているのは碌なもんじゃない。今のあんたに、相手が出来るのか? もっと修行しなよ」

 事件についても見当がついていそうな言い方に、春はかっとなった。


「分かっているなら、どうして早く手を貸してくれないの!? 私を使鬼にしたんだから、助けてくれたんだから…。最後まで面倒見てよ!」


「……はぁ。面倒くさい。自分勝手。あんたさ、我儘だって言われない?」

 春はずっと、親からも素直な良い子だと言われて育ってきた。

「我が儘だなんて、私は言われた事ない!」

「ふぅん…。ペットの面倒は、最後まで見るもんなんだってね。今度は躾もしてやらないといけないのか。ホント、面倒」


(躾とか、ペットとか…。私の事、なんだと思ってるのよ!)

 琥珀がこちらを見る視線は、人を見るモノではなかった。春は唇を噛んだ。

「でも今は無理。満月まで待てと言っている」


 待てという言い方が、犬扱いされたようでムカついた。春はぷいっと琥珀に背を向け、部屋を出て行った。


「主様、よろしいのですか?」

「琥珀様、お身体は大丈夫ですか?」

「あれは放っておけ。僕は満月までは動けないからな。それまでには体調も戻る」

 二尾と三尾は、気遣う視線を向けたが、琥珀は意に介さず目を閉じた。






(私だって…、出来る…)


 包丁から気をたどるのは、琥珀に頼むつもりだった。だが自分とて、日々進歩しているのだ。頑張れば、自分でもきっと出来る。そう考えた春は、包丁をタオルに包んで神社を出た。

 いつもは誰かについて来て貰わないと不安だったが、今は反抗したい気持ちの方が大きい。


 春は、琥珀と繋がっている回路があるのを感じた。琥珀と繋がっている太い道筋。これのせいで、感情が筒抜けなのだろう。意識すると、閉じられるかもしれない。これ以上、琥珀に馬鹿にされたくなかった。

 水道の蛇口を閉めるように、少しずつ道を細くし、回路を閉ざそうとしたが、完全には断てなかった。これは、主従の絆なのだろう。

 完全ではなくとも、やらないよりはましだと思う事にした。出来る限り繋がりを断ち、中央公園の暗がりで、包丁と向き合った。


 ただ見つめていても、何も分からなかった。恐る恐る刃に触れ、目を閉じて気を探る。

 集中し続けると、次第に周りの音が聞こえなくなり、包丁の本質が見えて来た。刃だが、刃ではない。斬るための刃ではなく、呪う為の呪物なのだ。

 暗い、深い、闇を感じた。闇の本質を探ろうとしていたら、何となく闇が集まっている方角が感じとれた。


 ──春は、夜の闇の中。その方角へ向けて駆けだした。




(…ここ?)


 人気のない郊外の工事現場だ。ここに来るまでに、結構な距離を走って来た。

 くつくつ、と男とも女ともつかない、笑い声がした。春をあざ笑うかのように、こだまする声は方角が掴めない。

「随分と可愛らしい鼠…」

「誰!? どこにいるの!?」


 春は砂利の山が積まれている工事現場へ、足を踏み出した。声は、砂利の山の向こうから聞こえてくる気がする。


「──ちょろちょろと目障りだから、消えてくれる?」

 低くこだまする声が言った途端、ボコボコと土の中から尸鬼しきが現れた。

「な!?」


 一体何体いるのだろう。こんなにも殺された人がいたのだという事に驚愕した。

 見渡す限り、尸鬼で埋め尽くされているのだ。


 春は襲い掛かって来る尸鬼を避け、殴り、蹴り飛ばした。子供、老人、女性も男性も、ありとあらゆる尸鬼が襲い掛かって来る。その中に祐里奈の姿を見つけ、春は息を飲んだ。

『呪は、呪った者へ返る。今頃はあれになっているさ』

 琥珀の声が頭に蘇った。掴みかかって来た祐里奈を払いどかすと、ぐちゃりと柔らかい肉が潰れる感触がした。


 春の速さと力に敵う尸鬼はいない。

 だが数が多すぎ、春は経験が少なすぎた。いつしか引き倒され、群がられて、体中に嚙みつかれる。

 のしかかって来た尸鬼から、蟲が顔に、体に滴り落ちた。

「──っ!?」

 春は、声にならない悲鳴を上げた。






「──あの馬鹿」

 琥珀はソファから体を起こした。

「主様?」

「琥珀様?」

「だだ漏れから進歩したのが、こんな時とはな。呆れて物も言えない」

 琥珀は深々とため息をついた。回路がぎりぎりまで閉ざされていた為、これまで春の感情が伝わって来なかったのだ。一瞬、春が危険にさらされている様子が垣間見えた。今はまた閉ざされており、居場所は分からない。

「回路をこじ開ける。場所が分かったら、迎えに行ってやれ」


「主様は、まだ回復されていない」

「琥珀様。お力を使われては危険です」

 琥珀はそれには答えない。二尾と三尾は、琥珀の意思が変わらない事を見て取った。


「ペットの躾は帰ってからだな。……くっ…」

 軽く眉をしかめた琥珀は、力を放った。






 ──春は、傷だらけだった。のしかかって来た尸鬼を何とか跳ねどかし、体勢を整えた。次々と向かって来る数は減らない。何体かは力尽き溶けて消えたが、ほんの一部だ。

 辺りを埋め尽くす尸鬼の数は、減ったとは思えない。

「傀儡は持ちが悪いのが残念…。ちっぽけな鼠さん。しぶといけど、そろそろお終い……」

 くつくつと、楽し気に笑う声がこだまする。



 春は傷ついても血は流れない。

 だが、傷口から力が流れ出た。

 どうしよう、どうすればいい、焦燥感に襲われながら、春は戦っていた。徐々に体の力が抜けていく。琥珀から血は貰ったばかりだが、力が流れ出すぎているのだろう。


 ──このままここで、また、死ぬのだろうか。絶望感に囚われかけた時、自分の体から光があふれ出た。


 群がっていた尸鬼が、はじかれたように飛び離れた。

「ぐががぁぁ!!」

 悲鳴を上げながら、体を掻きむしり、さらさらと崩れ落ちて行った。

 光を浴びなかった尸鬼も多い。光を恐れてか、春を遠巻きにして、近づくのをためらっているようだ。


(今…の内…に…)

 春は体を引きずるように、その場から逃げ出した。




「……くっ。鼠のくせにっ!」

 光は、声の主にも、ダメージを与えていた。






 途中で力尽き、動けなくなっていた春を、二尾が見つけてくれた。小さな二尾に抱えられて、春は神社へ戻る。


「──馬鹿かお前は」

 琥珀の冷たい声に、春は反論も出来なかった。側に控えていた三尾からも、冷たい視線を送られている。

 二尾に降ろされた春は、声も出せず、身動きすら出来ない。琥珀は右手の爪で左手の指を切り裂き、春の口に突っ込んだ。

 無造作な仕草からは、これっぽっちも優しさを感じられない。


 だが、助けてくれた。迎えをよこしてくれた。春には、あの光が琥珀の力だと分かっていた。そして力を失っている事を察して、こうして血を分けてくれる。

 自分に対して、何も思っていない訳ではないのだ。そう感じることが出来た。


 春は琥珀との回路が繋がっているのを確かめ、心の中で言った。


(……ごめんなさい。ありがとう)


 答えはなく、馬鹿にしたかのように鼻を鳴らされただけだった。



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