表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/19

十三話

 一日中薄明るい、不思議な世界だった。

 人間離れした美しさの少年。

 話をし、人に姿を変える子狐達。


 神社内の和室で目が覚めてから、ずっと千雪は戸惑っている。




 ──あの日。

 両親に殺されかけた所を少女に救われた。いつか元の両親に戻ってくれると信じていた千雪にとって、受け入れがたい事だった。泣いて、泣いて──その後の記憶がない。

 目が覚めた時には、ここにいたのだ。


 自分を助けてくれた少女は、美春と名乗った。

 自分と同じ年頃、背格好も同じだ。縁側でお茶を飲みながら、少女は笑った。最近、味が分かるようになったの、と。

 味覚障害でも患っていたのだろうか、と千雪は思った。


 少女に対して、最初はどこか違和感を覚えたが、屈託なく笑いかけて来る表情に警戒心も解けた。何よりも、自分を助けてくれた少女なのだ。

 何もかもを吐き出したくて、千雪はこれまでの話を全て語った。

 優しかった両親。変わってしまった両親。

 全てを。


 美春は、静かに聞いてくれた。


「……そっか」


 いつしか千雪の目から、涙がこぼれていた。美春はハンカチを差し出した。


 それから美春は、信じられない話を聞かせてくれた。今この町で、市で起こっている事件の話だった。その事件を追っていた美春が、たまたまあの時の千雪に行き当たって助けたのだと言う。

 蟲、死人、黒い気…。途方もなさすぎて、受け入れられない。

 何よりも、目の前にいる美春が死んでいるなんて言われても…。


 事態を飲み込めずに呆然としている千雪に、美春は複雑そうな顔で笑いながら言った。

「あのね。千雪に提案があるの」

 その提案に千雪は息をのんだ。

「でも…だって…」

「考えてみて欲しいな。無理じゃないんだよ。何しろ、あなたも会ったあの性格の悪い琥珀は神様だから、ね」

 新たに理解できない事を付け足されても困る。千雪の思考は止まったままだ。止まったまま、美春が行方不明になった時、両親が探してくれたと言った、その一点だけがぐるぐると頭を渦巻いた。


「……あなたは帰ればいいじゃないの…」

 そんな言葉が口から漏れた。子供を思って探してくれる両親の話がうらやましかった。

「……」

 美春は答えない。

「見た目は何も変わらないじゃない! だったら! 優しい両親の家に帰ればいい!!」

 感情をぶつけ、荒く息をつく千雪を、美春は困ったように眺めている。


「何も変わらないから、いられなかった…。──色んな話を、いきなりしすぎたよね。ごめんなさい。かさないから、ゆっくり考えてみて」


 そう言うと、美春は千雪を一人にしてくれた。




 感情をぶつけた罪悪感に苛まれながら、千雪は美春の話を考えた。

 事件の話は、余りにも現実味がなかった。

 だが思い返してみると、教室には空席が目立っていた。

 バイト帰りに町を歩くと、どこか不自然に動く人を見かけた覚えもある。てっきり酔っ払いだと思っていたが、雰囲気が気持ち悪く、近寄らないようにしていた。そんな人を何度見かけただろうか。

 バイト先の店長も、「最近不審者を見かけるから、帰りは気をつけて」そう言って心配してくれた。


 あれが、死人だったのだろうか。


 呪がかけられた包丁で刺されると、その人は死んで、蟲に体を乗っ取られてしまう。体はどこかへ消えてしまうのだそうだ。

 両親はきっと、お金が必要になって千雪を殺そうとしたのだろう。

 けれど、死体がなければ罪には問われないが、すぐに保険金は手に入らない。何を思って、千雪を殺そうとしたのだろうか。

 両親は、どこか壊れてしまったのかも知れない。


 どこか人ごとのように、千雪は思った。


 千雪は部屋の窓を開けた。

 外には不思議な世界が広がっている。と言っても景色がおかしい訳ではない。普通の庭が見えている。だが、何かが違うのだ。空は靄がかかり、色が把握できない。かと言って暗くない。


 ──薄明るい世界だった。


 美春は、ここは神社の中だと教えてくれた。神社の鳥居を抜けると、界の違うこの神社に繋がるのだと言った。

 千雪は、特に行動の制限はされていない。外を歩いてみる事にした。




 確かに神社だ。美春が言っていた鳥居もある。鳥居に近づいてみたが、向こう側は靄がかかったように、何も見えない。

 恐る恐る鳥居をくぐってみると、千雪は内側にいた。外に出たはずなのに、戻っていたのだ。

 不思議に思って、鳥居の空間に手を突っ込んでみるが、特に何も起こらない。


 その時、「居候が何をしている」と、冷たい声が言った。

 琥珀だ。息を飲むほどに美しい顔は、何の表情も浮かべていない。この少年は神だと、美春は教えてくれた。すがるような気持ちで、千雪は尋ねた。


「私は…、これからどうしたらいいですか…?」

「好きにすればいい。このまま居候のまま、ここで朽ちてもいい。それとも、家に帰って改めて殺されるか? 一人で生きる道を探すか? あれが言った提案にのるか? あんたの自由だ。あんたが決めろ」


 ぬるま湯のようなこの世界で暮らす。それも魅力的に感じた。外の世界は千雪にとって、苛烈だったのだ。


「ただし、あれは好きでここに来たんじゃない。人ではなくなり、周りと違う自分を感じさせられ、追いつめられて、ここに来た。死人は成長もしないからな」

「……あ」

 何も変わらないから、そう言って笑った美春を思い出す。どこか達観した大人びた表情だった。

「ここにいるなら、あんたも人を止めるか?」

 くくっ、と琥珀は口の端を上げた。寒い物を感じた千雪は、じりっと後ずさる。


「……それも面倒くさい」

 琥珀は千雪に興味をなくしたように、家へ戻っていった。



 神は気まぐれだと聞いた事がある。千雪にとって、美春は話しやすかったが、琥珀も狐も怖いモノだった。

 やはり、いつまでもここにいられない。

 両親のいる家には戻れない。一人で暮らして行く事も考えたが、未成年では難しい。美春の提案は、千雪にとってありがたすぎる物だった。けれど──。

 考えながら神社の境内を歩いた。




 気配のする方へ歩いて行くと、美春と狐の少年がいた。組み手をしているようだ。運動神経が鋭い様には全く見えなかった美春の、素早い動きに目を奪われた。


「えいっ!」

「馬鹿力で腕を振り回しているだけだ」

「馬鹿だから仕方ない」

「白先生も黒師匠も、馬鹿馬鹿言わないで!」

「「だって馬鹿だから」」

 美春と向き合っているのは、白髪の少年姿の三尾だ。離れた場所で茶々を入れる黒髪の二尾と、美春への言葉は息ぴったりで腹が立つ。

「あー、もう!!」


「気を散らすな馬鹿」

 美春と向き合っていた三尾が、美春の腕を取って投げ飛ばした。

「ちょっ!?」と、叫びながらも美春は宙でくるりと体を変えて、綺麗に地面に降りたった。

「甘い」

 すかさず後ろに回った三尾が、美春の尻を蹴飛ばした。

「ぶっ!?」

 美春は顔面から地面に突っ込んだ。


 その様子をポカンと見ていた千雪の隣に、いつのまにか二尾がいた。

「あの馬鹿は、馬鹿なりに考えて、友達や親に危害を加えた原因を調べている。降ってわいた力と向き合い、制御しようとしている。馬鹿だから寄り道が多くて、先が思いやられる」

 お前はどうする、と暗に言われた気がした。


 美春がこちらを見た。千雪はかける言葉が思いつかず、逃げるように部屋へ戻った。




 夕食も食べずに部屋に閉じこもった。布団を敷いて横になるでもなく、部屋の隅で膝を抱えて座った。物音もしない静かな部屋で、じっと考え続けた。


 考えて考えて、心を決めた。


「──美春さん。あのお話、受けようと思います」

「そう、か。うん。琥珀に話して来るよ」






「おはよう、美春!」

「…おはよう、優子」

「相変わらずボケッとしてるんだから! ほら、とっとと歩く!」

「もう! 優子ったら、ひどいよ」

 制服姿の少女達は、笑いながら学校へと歩き出した。


 その姿を、泣きそうな表情で美春は見送っていた。


「あんた、いつまでここにいるつもり? 帰るよ」

 少しぐらい感傷に浸らせてくれてもいいだろうに、と美春は琥珀を睨みつけた。

「琥珀…。あんたとか、それとか。いい加減、名前を呼んでくれてもいいんじゃないかな」

 呆れた口調で美春が言えば、馬鹿にした表情と口調で返された。

「あんたさぁ、僕に名乗った事ある?」

 言われてみれば、直接名乗った事はなかった。だが、二尾と三尾が呼んでいるのを知っているのに、つくづく意地が悪い。


「……ないです」

「主に名乗りもしない。なんて怠惰なしもべだろうね」

「美春。山瀬美春。知ってるくせにさ…」

「苗字なんていらない。美春? 美しいもいらないね。あんたは今日から『春』。分かった?」

(ほら! 漢字を知っているじゃないの!)

 琥珀は笑みを浮かべて美春を見る。人の悪い笑みは、この所美春に良く向けられるものだ。相変わらず、心の声も聞こえているのだろう。


「人の名前を勝手に変えないでよ」

「春」

「……何よ」

「帰るよ」

「……」

 あんたよりはましか…と美春、改め春は神社へと歩き出す。


 勝手に変えられた名前。今思えば、かえって良かったのかも知れない。今日からは、あの子が美春なのだから。




 琥珀からされた提案とは、千雪を美春にする事だった。

 背格好も年齢も一緒。琥珀に言わせると、雰囲気も似ているらしい。

 千雪として生きて来た記憶を消し、美春としての記憶を埋め込むのは、ため息をつきながら琥珀がやってくれた。二尾と三尾が何故か止めたが、繊細な作業は琥珀がやるしかなかったらしい。

 学校や両親には、美春はしばらく入院していたのだと、三尾が記憶を改変した。テレビ局のデータは二尾が消しに行った。

 その他のかかわった人々の記憶も、二尾と三尾が手分けしてやってくれたらしい。


 自己満足だが、優子と両親には、美春が直接頼みに行った。もちろん記憶には残っていないが、友達、そして子供として受け入れ、新しい美春を大切にしてくれているようだ。


「──琥珀って、何でも出来るのね」

「何でもじゃないのは、あんたが良く知っているだろう?」

「私が?」

「死者を蘇らせる事は出来ない。そして、理の範囲でしか動けない」

 何でもじゃない、その言葉には自重する響きが混じっていた。







 未だ暗い雰囲気が漂う校内に、少女達の笑い声が響いた。山本は、優子が美春と呼んだ、その名に驚いて振り返った。


「誰? あの子は、美春ちゃんじゃない…。どうして…?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ