表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

十二話

 二尾をお供に神社を出て来たものの、美春は途方に暮れていた。

 包丁を手に入れる為に町を走り回ると決めたはいいが、まずはどこから手を付ければいいのか、見当もつかないのだ。


 ふと、以前琥珀が言っていた事を思い返した。自分を避け悲鳴を上げた少女、気持ち悪いと言った少年。神気にあてられて気分を悪くするのだと言っていた。その人物を、今の美春が見たらどう見えるのだろうか? 気が見えるようになった自分の目で、あの人達を見たとしたら?

 琥珀は、加害者がいるかもしれないと言っていた。今から加害者になる者もいるのだろうか。


 今はちょうど昼休みの時間だ。美春は学校へやって来た。制服を着た少女に姿を変え、気配を薄くして校舎へ忍び込む。


(見つけた)


 廊下で美春を見て、悲鳴を上げた少女だ。黒い糸で出来た繭の残滓を付けている。この少女は、誰かを殺したのだ。その目で校内を歩くと、繭の残滓を付けた者が、ちらほらといた。同じ高校生が、こんなに人を殺した人間がいるのか。美春は呆然とした。


 美春を遠巻きにした者を見ると、繭の残滓を纏う者もいれば、黒い穢れた気を纏う者もいる。その気の濃さには格差があった。薄い者もいれば、顔が見えない程に濃い気を纏っている者もいた。


 あの包丁を使う前の人間が、どんな状態なのかは分からない。

 だが、人を殺そうとしている者の気が、澄んでいる訳がないだろう。ならば、繭の残滓ではない黒ずんだ気を纏う者を探して、後をつけてみよう。顔が見えない程に黒い穢れた気を纏う者が怪しい。校舎内で見つけた者を追えばいいのかもしれないが、同じ高校生が人を殺す所を見たくなかった。


 取りあえずの方針を決め、校舎を出ようとした美春の背に声がかかった。

「……美春…ちゃん?」

(山本先輩!? なんで、どうして私だと分かるの!?)


 山本の声に一瞬固まった美春だが、振り向かず、逃げるように走り出した。背後から呼びかける声が続くが、美春は耳を塞いで逃げ出した。



(姿を変えているし、気配も薄くしてる。気づく訳ない…のに…)


「黒師匠、私ちゃんと別人になってるよね…」

 二尾は何も言わずについて来るだけだが、流石に質問には答えてくれる。

「まぁまぁ」

 返答は微妙だったが、合格点だという事だ。山本は人違いをしただけ、そうに決まっている。美春は思った。




 美春は町を歩き、顔が見えない程に黒い穢れた気を纏う人間を探す。

 その為にはまずプリン作りだ。お供に文句を言われない為、そして琥珀への相談料の支払いの為に、抹茶・黒糖・南瓜・サツマイモ・とろけるプリン等々を大量に作り、冷蔵庫に詰め込んだ。冷蔵庫にプリンを欠かさなければ、琥珀も何も言わず、二尾も三尾もお供をしてくれる。


 翌日の日中から、美春は町を探し始めた。




 これまでに何人か、目的の気を纏う人間を見つけては後を付けたが、包丁を持ち出す者はいなかった。せいぜいが酒に酔って人に絡み、殴りかかったり、ひったくりをする程度だ。美春は正義の味方になった訳ではない。苦々しく思いながら、事件を見守る日々が続く。


 ある日見つけた目的の気を纏った男が、ナイフを取り出して前を行く男に襲い掛かろうとした。あくびをしながら歩く標的の男は、全く気付いていない。

 ようやく見つけた、そう思った美春はその男の背後から襲い掛かって気絶させたが、凶器は普通のナイフだった。

 男の始末に困った美春は、ナイフを握らせて交番の前に置いて来た。後の事は知らない。


(今日も駄目かぁ…)

 そろそろ追加のプリンを作らねばならないし、今日は帰ろうと決めた美春は、うつむき加減に歩く二人の男女に目が止まった。

(あの二人…。二人で同じ、顔が見えない程の黒い気を纏ってる…)


 失敗続きの美春だったが、この二人は今まで以上に気にかかり、そっと後をつけ始めた。






 千雪ちゆきは、ため息をつきながら夕食を作っていた。


 バイト先のお弁当屋は、おかずの残りをくれる。特に食費の少ない月末はとてもありがたかった。今日は唐揚げを貰えたので、冷蔵庫に残っていた野菜を刻んで、味噌汁を作った。

「はぁ…」と、ため息が漏れた。

 千雪の顔が腫れていて、店長に心配されてしまったのだ。

「虫歯が腫れちゃいました」

 そう言って笑って見せた千雪の嘘は、見抜かれていたのだろう。困った顔をされた。

「何かあったら、相談して。抱え込んじゃ駄目よ」

 優しい年配の店長に頭が下がる。千雪よりも年上の娘がいると聞いている。心配してくれているのだ。

「ありがとうございます」

 千雪は笑って見せた。



 幼い頃、両親は「ちゆ」「ちゆちゃん」と呼んで可愛がってくれた。どこから歯車が狂ったのだろうか。

 父が職を無くし酒浸りになり、母が働きに出た。父も母も、疲れ切って帰宅する。

 一家は一戸建てを購入し、新生活を始めたばかりだったのだ。


「早く仕事を見つけてよ!」

「俺だって頑張っているんだよ!!」

 母は家を手放したくないのだ。父も必死に仕事を探しているのだが、見つからずに日々が過ぎていく。

 両親の口げんかが絶えなくなった。千雪は出来る限り家事を手伝い、バイトも始めたが、両親から暴力を受ける日々が始まった。


(今だけ…。お父さんの仕事が決まれば、元に戻る…きっと…)


 千雪はそう信じている、否、信じたかった。




「本当は、千のさちと書いて『千幸』だったのよ。でもその日雪が降ったの。ふわふわの綿みたいな、綺麗な雪だったから、『千雪』に変えちゃった」

 母は悪戯っぽく笑いながら教えてくれた。

「そうだったな。姓名判断の本を何冊も買って、二人で頭を悩ませて決めたのに、あっさり変わったよな。ははっ」

 父も笑った。


 ──楽しかった思い出。つい三年程前の話なのだ。


 ガタン。


 玄関で物音がした。ただいまも言ってくれなくなったのは、いつからだっただろうか。千雪は顔に笑顔を張り付けて、出迎えに向かった。






 美春がつけていた男女が入って行ったのは、比較的新しい一軒家だった。誰か家にいたのだろう。灯りがついている。


「美春。行け」と、二尾が背中に蹴りを入れた。

 三尾は琥珀から何か命じられているらしく、この所のお供はいつも二尾だった。

「行けって言われても…」

 言い返そうとしたが、二尾の雰囲気に口をつぐみ、美春はそっと玄関から中をのぞき込んだ。


 玄関から上がってすぐの廊下で、美春と同じくらいの年頃の少女が男に口をふさがれ、背後から羽交い絞めにされていた。女が包丁を構え、今にも少女を突き刺そうとしている。慌てた美春は、こちらに背を向けている女の意識を即座に刈り取った。

 訓練が物を言い、力かげんが出来るようになっていた。


「何だお前は!? 邪魔するな!!」

 激高した男が叫ぶ。

 押さえていた少女を投げ捨てるように振り払い、美春に向かって掴みかかって来た。怒りの感情をぶつけられた経験の少ない美春は身がすくみ、目を閉じた。顔に衝撃が走る。顔を殴られたのだ。

(女の子の顔を殴るなんて!)


 怒りを覚えた美春の耳に、「…減点」の声が聞こえた。


(また修行を増やされる!?)

 美春は目を開いた。鬼師匠達に比べれば、こんな男など怖くない。冷静になった美春は、男の腹を殴りつけ、意識を奪った。



 へたり込んだ少女が、呆然と倒れた男女を見つめている。

「…お父…さん…、お…母さん…どうして…?」


(親だったの)

 美春は思わず自分の両親と比べてしまった。必死に自分を探してくれた両親。ここに倒れ伏す二人と何と違う事だろう。そんな両親を悲しませている自分に嫌気がさす。


 女が使おうとしていた包丁は、足元に落ちている。美春を刺した、あの包丁だ。

 消える気配はなく、一見普通の包丁に見えるが、美春の『目』で見ると、刃の部分が歪んで見えた。蜃気楼のように、ゆらゆらと歪む。

 現物があれば送り主を追えるだろう、そう言われていたが、やり方が分からない。また、琥珀の知恵を借りるしかないのか、美春はため息が出た。

 直に触りたくないので、倒れている女の上着を脱がせて包んだ。


 いつしか泣きじゃくっていた少女に、二尾が何かをしたのだろう。意識を失って倒れている。

「どうする?」

 二尾が聞いた。

「どうすると言われても…どうしよう…」

 二尾は助言をくれない。






「ただいま……」

 美春は、恐る恐る琥珀のいる部屋に入った。

「何、それ?」

「あの…その…」


 迷った末に、美春は気を失った千雪を連れて来たのだ。人並み外れた力になっている美春は、千雪を抱き上げて運んで来た。


「説明」


 千雪をソファに寝かせ、美春は琥珀の前で正座した。

「この子が両親に殺されかけた所を助けて…、包丁は手に入れた。それで、この子がいなければ、両親も事が成功したと思うだろうし、黒幕も油断するかもしれないって…思って。連れてきました」

 琥珀は呆れたように眉をひそめた。

「居候が何で厄介者を連れて来るのさ…。まぁ、包丁を手に入れた事だけは、褒めてやる」

 琥珀にとっても予想外だったのだ。うまく行くはずがないと思っていた。


「馬鹿素直も歩けば、結果に当たるって所か…」

 琥珀の言葉を聞いた三尾が、にんまりと笑っている。

「何の事?」

「何でもない」



 連れて来たものは仕方がないと、琥珀は二尾と三尾に命じ、部屋を用意させ千雪を連れて行かせた。


「それで…その…。琥珀にお願いが」

「お願い?」

「気のたどり方…教えて下さい…」

「へぇ、あるじに、しもべが、お願い、ね」

 わざとらしく区切りながら琥珀は言った。

「対価は?」

「…バケツプリン。こんな大きなプリンに、生クリームと果物添えでいかがでしょう…?」

 作った事はないが、先日色々なプリンの作り方を検索した時にレシピを見かけ、お気に入りに登録しておいたのだ。


「…分かった。あんたに教えるよりも、僕がやってやる」

「ありがとう!」

「ただし、今は無理だ。十日経てば満月になる。それまで待て」

「十日も?」

「居候の後始末が先だろう?」


「確かに。あの…そのまま黒幕を見つけて、後始末もしてくれたりは…」

「………」

「……はい。駄目ですよね…。言って見ただけです…」




 そして美春は琥珀にある提案をされた。

 黒幕探しとは関係のないその提案に、美春は頭を悩ませる事となる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ