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死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


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十一話

 優子が登校すると、また空席が増えている。増えているのは、祐里奈の席だった。


(……祐里奈……)


 ズキン、と頭痛に襲われた。何かを忘れている気がする。何かとは何──?

 祐里奈の席を見ると湧き上がる、憎しみにも近い感情。原因が分からず、優子は戸惑った。


 その感情を振り払い、優子は毎朝確認する、もう一つの空席に目をやった。美春の席だ。

 いつもはどこにいるのか、無事でいるのか、と焦燥感が襲うのに、今日は不思議とそれがない。そう言えば、時間が空くたびに送るメッセージを、昨日から送っていない気がした。


 優子は少し考えて、メッセージを送った。


 『おはよう』、と。





 携帯の着信音がして、美春は画面を見た。『おはよう』のメッセージに力を貰い、修行に向かった。


 何日か経ち、幻術は何とか及第点。体術もそれなりとの評価を貰い、正式に外出許可を貰った。だが、必ず二尾か三尾を連れて行く事を約束させられた。

(心配してくれたのかな?)

 美春がちらりと考えただけなのに、琥珀に嘲笑された。

「はっ! あんたが何かやらかして、変に人間から注目されたら面倒くさいだろう」


(そんな事だろうと思いましたけどね!)


 ともあれ、これでようやく調査が出来る。

 美春は夕刻から町へ出た。今夜のお供は三尾だ。

 神社に来るまで、毎晩のように尸鬼(しき)に出会っていた。気を見るすべを知った目で見れば、何か分かるかもしれない。そう考えたのだ。

 これまで美春は出会った尸鬼は、いつも夕闇が迫る時刻から現れていた気がする。現に、日中に出会った事はなかった。

 どこかに隠れているのだろうか。それとも、姿を消す術を知っているのだろうか。分からない事が多すぎた。


(──いた)


 尸鬼だ。今の目で見ると、穢れた気の塊に見える。どうやって動いているのか、美春には見当もつかない。

 高い場所から探していたので、今いるのはマンションの屋上だ。


「ねぇ、黒師匠。あれはどうやって動いてるの?」

「自分で考えろ」

 素気無く返された。黒髪の少年姿の二尾は、琥珀に言われたから、ついて来ているだけなのだ。助言などする気はないのだろう。

 美春はため息をついて、尸鬼の後を追った。


 何体か後を追ったが、いずれも途中で見失うか壊れてしまう。壊れてしまえば、何故か持ち物もすべて溶けて消える。手がかりはない。

 何の結果も出せないままの自分に歯噛みしたが、諦めずに追う日々が続いていた。


 ──それにしても。


 美春は自分の視力と身体能力に呆れた。ビルの屋上から、通りを行く人の顔がはっきりと見える。飛び降りても物音もたてず、ビルからビルへと飛び移る事も、難なく出来た。

(……どこのアニメの主人公なんだか)

 自分に思わず突っ込みを入れた。そうでもしないとやってられなかったのだ。人からどんどん外れていく気がする。

 お供について来てくれる二尾も三尾も、美春以上に軽やかな身のこなしである。ちなみに、今日は三尾がお供だ。


(見つけた)


 男の尸鬼を見つけた。今夜こそは、尸鬼の行動と目的を調べてみせる。意気込んで隣のビルへと飛んだのだが、踏み込みが甘かったのか、何度も成功した事で過信していたのか、飛んだ距離が短かった。

「うわ、っとと!」

 何とか縁に着地したが、バランスを崩して落ちかける。必死で腕を回してバランスを取り、ようやく体勢を整えた。はぁ、と息をついた美春の目の前に、白い髪の少年がいた。助けてくれようとしたのだろうか、そう思った美春の胸を、三尾はとん、と軽く押した。


 体勢が整ったばかりでそんなことをされれば、たまった物ではない。美春は屋上から落ちる。

 上がりかけた悲鳴を飲み込み、美春は宙でくるりと猫のように体を変えて、綺麗に着地した。幸い尸鬼が現れるのは、人気のない場所だ。美春が落ちた所も人の姿はなかった。


 音もなく後に続いた三尾を、美春は睨んだ。

「白先生鬼畜!」

「ふん。落ちるなんて修行不足だ。けど落ち方は50点、まぁまぁ」

「それはどうも!」

「明日の修業は倍だ。覚悟しとけ」

「ぐっ…」

「追うんだろ?」


(本当にこの主従は性格が悪い!!)


 尸鬼の動きは遅い。遅いのに巻かれるのが、不思議で仕方がない。幸い今夜の尸鬼は、まだ姿が見えている。

 美春は急ぎ足で後を追った。


 近づきすぎてはいけないかと、いつもビルの上や電信柱の上から追っていた。それで追えているのだから、問題ないと思っていたのだ。だが、道を歩いて後を追っていると気づいた。穢れた気の塊である尸鬼からは黒い気が伸びて、どこかへつながっている。

 細い糸のような気のライン。黒い糸。いかに目が良くなったとはいえ、暗がりに黒く細く伸びる糸は、離れていては見えなかったのだ。

 尸鬼が壊れたら近づいて跡を調べていたが、急いでその場に行っても、その時には蟲が何匹か残っているくらいで、気は消えていた。


 これまで何度も尸鬼を追っているが、成功したためしがない。考えを変えて、この糸をたどってみたらどうだろうか。もしかしたら何か分かるかもしれない。

 美春は尸鬼を追わず、その気をたどる事に決めた。


(もしかして、これを教える為に落としたの?)

 何も言わずについて来るだけの三尾を振り返る。聞いても答えはくれないだろう。美春は黒い糸を追い始めた。


「あっ…」

 途中で尸鬼が壊れたか、黒い糸は消えてしまった。


(明日こそは!)

 美春は決意を新たにした。




 翌日の修行は倍だった。有言実行容赦なし、二尾と三尾の二人がかりでやられたのである。

 美春はいつもよりふらつきながらも、ビルの上から今夜の相手を見つけた。人通りがない事を確認し、今日のお供の二尾と飛び降りた。


 その尸鬼は女性だった。元はきれいな人だったのだろう、パサついているが長く波打つ髪、爪のネイルはまだ艶が残っていた。皮膚の下を蠢く蟲が、いつも以上に醜悪に感じた。

 美春は尸鬼から目を外し、黒い糸を追い始める。


 黒い糸の先は、人ごみに繋がっていた。美春は気配を薄くし、人ごみに紛れる。二尾は人から姿を消した。小学生サイズの姿が見られれば、補導対象だろう。


 現在時刻は19時過ぎ。会社が終わり、飲みに出る人が町に溢れている。黒い糸は人の間を縫うように続く。

 どこまで続いているのだろうか、そう思った時に糸が繋がる人を見つけた。会社員らしき男性だ。黒い糸が男にぐるぐると巻き付き、まるで繭のようにも見える。──その時、美春がたどっていた黒い糸が消えた。あの尸鬼が壊れたのだろう。

 男性の繭ははじけ、その力はどこかに流れて消えた。

 黒い残滓は男性に残っている。


 美春は男を追い、住居を見つける事に成功した。住所や職場を調べ、恋人が行方不明だと分かった。





「はい、今からそちらにうかがいます。失礼します」

 道の端に寄り、得意先と携帯で連絡を取っていた男は、携帯をしまって歩き出した。その途端、どん、と女性がぶつかって来た。

「あ、すみません! 大丈夫ですか?」


 こちらを見た女性の顔を見て、男は息をのんだ。

「ひっ!? あ、あれ? ……違った」

「あの、どうかされました? もしかして、私のせいでお怪我を?」

「いえ! 何でもありません。大丈夫です」

「本当にすみませんでした」

 女性は、スーツのほこりを手で払ってくれ、もう一度頭を下げて立ち去って行った。


(もういなくなった女と見間違えるなんて、俺もどうかしてる)

 男は自嘲し首を振ると、得意先へと歩き出した。



 ぶつかった女性は、尸鬼の姿に似せた幻影を纏った美春だった。男に直接触れれば、何か分かるかと思ったのだ。

 だが、未だに男が纏っている気の残滓は、どこにも繋がっていなかった。




 それからも尸鬼を見つけては黒い糸を追い、繭に包まれた人を見つけた。繭のまま何日も過ごしている者もいれば、すぐに残滓を纏うばかりになる者もいた。

 黒い糸が繋がっていた相手は、いずれも一人。それぞれの尸鬼に、一人の男か女。──年寄り、若者、年齢は様々であった。


 いずれも尸鬼を作った者。人を殺した加害者なのだろう。


 二尾と三尾に頭を下げて、手を貸して貰い、加害者の家に忍び込んでみたが、どの部屋も、あの気が充満している事しか分からなかった。




 手掛かりらしいものを掴んだと思う。だが、次にどう動けばいいのかが、分からない。手詰まりである。二尾と三尾はついて来るだけで、知恵は貸してくれないのだ。心底相談相手が欲しかった。

 美春は嫌々、琥珀に相談を持ち掛けた。


 琥珀は、相も変わらず気だるげにソファに横になり、TVを見ている。こちらを見ようともせず、「……面倒くさい」と、いつもの返事を返された。

「また、始まった…」


(あれ? でも今の言いようは、もしかして?)


「何か手があるの!?」

「…ある」

「教えてよ!」

 詰め寄る美春を、琥珀は冷たく見返した。

「お、教えて下さい…。お願いします…」

 美春は頭を下げた。冷たく、さげすんだ瞳で見つめられた。

 部屋をTVの音だけが流れる。これまでの事は、二尾と三尾から聞いているのだろう。未熟な美春の様子も、伝わっているに違いない。

 わざとらしく、深々とため息をつかれた。ちらりと美春を見たが、すぐに視線をTVに戻す。


「1つ、あんたの元友人の携帯を探す。宅配便で送られたと分かっているなら、買い物の履歴を調べればいいだろう。あんな物を販売した送り先は、間違いなく関係者、犯人だろうよ」


 祐里奈の携帯。間違いなく、あの日持っていたはずだ。

 うまく行ったと思った祐里奈は、あれからどこへ向かったのだろうか。自宅に鞄はなかった。ならば、どこかに落ちているかもしれない。あれから何日もたっているから、警察に届いているかもしれない。もしくはゴミに出されているかも。


「それは私も考えたわ。でも、祐里奈の携帯がどこにあるのか。どうやって探せばいいのかが、分からない」


「あんた、見かけ通りの脳筋なんだ。はっ! 脳筋のあんたでも打てる手は、未使用の包丁を手に入れるしかないだろう。使われる前なら消えない。現物があれば、未熟なあんたでも送り主を追えるんじゃないの?」


 美春は、失礼な事を言われても、何も反論できなかった。今ひとつ言われた意味が分からず、恐る恐る「つまり?」と問い返すと、先程よりも冷たく、さげすみに磨きをかけた眼で見られた。

「町を走り回って、被害者になりかけた人間を探せば?」

「そんなの──」

「無理なんだ。じゃあ、頭を使って携帯を手に入れる。もしくは、加害者は何人か分かっているんだろう? そいつらのパソコンや携帯から履歴をたどれば?」


 人のパソコンの開き方なんて分からない。漫画や小説では、主人公や友人がハッカーで、いともたやすく中を見ているが、そんな知り合いはいない。

 祐里奈の携帯のパスワードは、好きな芸能人の誕生日にしていると聞いた事があった。だから祐里奈の携帯ならば、中を見れる可能性があるが、見つける手立てがないのでは、町を走り回るしかない。


「…うぅ…。行って来ます…」

「相談料。冷蔵庫のプリンがなくなってる」

「帰ったら作る…」

「二尾、ついて行け」

「かしこまりました」




 部屋を出る美春を、琥珀は呆れ顔で見送った。

「真に受けて行くとはな」

「美春は、馬鹿素直ですから」

「くくっ。うまい事を言うな、三尾。馬鹿はやらせておけばいい。さすがに尸鬼が増えすぎて、町が臭い。不愉快だ。……携帯を探して来い」

「かしこまりました」

 琥珀はソファに寝そべったまま、三尾を見送った。


「意見を求めるだけで、手を借りようとしない。ホント、馬鹿な奴…」


 最も、例え手を貸せと言われても、貸す気はなかった琥珀である。




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