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死せる彼女が生きる世界  作者: 山口はな


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十話

 自分と優子を殺そうとした祐里奈を調べよう。そう決意した美春なのだが──。


「無駄」

 琥珀が言った。

「何でよ!?」

「さっきの女を助けただろう。あんたとは違って、生きている内に助けた。呪は、呪った者へ返る。今頃はあれになっているさ」

 あれとは、尸鬼しきの事だろう。自分を殺そうとした相手だが、一時は仲が良かった少女の末路を聞き、美春は複雑な思いを抱いた。






 全ての憂いが消えた気がして、祐里奈は晴れ晴れとした気分だった。殺したはずの美春が学校に来た時は焦ったが、最近見かけない。きっと遅れて呪いが効き、今頃は死んでくれたのだろう。

 優子は、あれだけきっちりと刺したのだし、前回と違って確実に死んだはずだ。

「ふふ…、うふふふ…」

 笑いがこみ上げる。

 今日廊下ですれ違った先輩は、意気消沈している様子だった。その様子が気の毒でならなかった。


(──可哀想な先輩。明日、大事な親友が行方不明になって憔悴した私が、相談を持ち掛けてみよう。優しい先輩はきっと、私をいたわってくれるはず。私は、思う相手を亡くした先輩に優しく寄り添ってあげるの。そうすれば…きっと…)

 くつくつ…と、祐里奈は醜悪に笑う。


「ぐぅ!?」

 その笑いが途切れた。


「何…よ…、これ!! 何で…どうして……!?」

 祐里奈の手から力が抜け、鞄が落ちた。


 突然、痛みが腹を襲ったのだ。

 見ると、()()包丁が刺さっている。優子に刺したように、深々と突き刺さっているのだ。辺りに人の気配はない。

「……ど…して……?」

 包丁の周囲に、ぴくぴくと蠢くモノが見える。いや、自分の中を蠢いて、広がっていく。

「い、嫌…、何なのよ……」


 目がこぼれそうな程に見開き、自らの腹を見つめた。包丁も蟲に変わり、辺りの肉を食い破って、祐里奈へ潜りこんでいく。蠢くモノは体を進む。

「グ…あぁ…アァアァァ……」

 蟲は喉の辺りにいる。もう声が出ない。祐里奈は、涙が頬を伝うのを感じた。

(何で、どうして私がこんな目に。何が起こっているの!!)


 喉から更に上に、蠢くモノは移動していく。そして──祐里奈の意識は消えた。






 美春は思った。

 もっと早く動いていれば、母や優子が襲われることなく、手掛かりをつかめたかも知れない。

 手掛かり…、優子を刺したあの包丁はどこへ…。美春は、確かその辺りに投げ捨てたはずと、見回したが、どこにも見当たらない。

 琥珀に尋ねると、呪を返した時に消えたのだそうだ。



 どうすればいいのだろうか。美春は考える。

 琥珀には無駄と言われてしまったが、調べると心に決めたのだ。


 祐里奈は美春と同じく一人っ子で、共働きの家庭だ。両親は出張も多く、帰らない日も多いと聞いている。今はまだ夕方。家には帰っていない可能性が大きい。

 流石に明日になれば、祐里奈の行方不明も知られる可能性が高い。部屋を調べるなら、今日しかないだろう。


「部屋を調べたからと言って、何が分かる」

 美春の内心の声を聞き、相変わらず気だるげに琥珀が言った。

「調べて見なくっちゃ、分からないじゃないの! どこから手を付ければいいのかも、分からないんだもの! 手掛かりは、あの子しかないわ!」


「キーキーやかましい…。二尾、三尾、付き合ってやれ…」

 琥珀は優子を抱き上げて、神社へ戻って行った。

「「かしこまりました」」

 琥珀に対しては、うやうやしい態度の二匹だったが、いざ美春に向き直ると態度が豹変する。

「行くぞ美春(ばか)

「遅いぞ美春(ばか)


「黒師匠…、白先生…。何だか呼び方が違って聞こえる気がする…」

「「早くしろ馬鹿(みはる)」」

 何を言っても無駄だと、美春は諦めた。


 だが一人では不安だったので、ついて来て貰えるのはありがたい。




 美春は、幻術で祐里奈の姿に変わった。制服は家から持って来ていなかったが、これも幻術で変える。使うにつれ、慣れてきていると感じられた。 

 二尾と三尾は少年の姿に変化しているが、人からは見えなくしてあるそうだ。そこまでの高度な術は、まだ使えそうにない。


 祐里奈の家の鍵は、二尾が開けてくれた。

 家に人の気配はない。

 美春はホッと、息をついた。

 何度か訪れた事のある家だった。優子と三人で、お泊まり会をした事もあった。楽しかった記憶を振り払い、美春はまっすぐに祐里奈の部屋へ向かった。


 特に部屋に変わりはないように思える。

 日も落ちかけ部屋は薄暗いが、今の美春は闇の中でも良く見えるのだ。

 自分でも何を探しているのか分からないまま、机の引き出しを開け、中を探り始めた。


「美春、お馬鹿」

「美春、要領悪すぎ」

 二尾と三尾に馬鹿にされた。

「あんた達には、何か手があるって言うの!?」

 人のいない家とはいえ、大きな声を出すのがはばかられ、美春は小声で詰め寄った。


「ある」

「ない訳ない」

「すぐに分かった」

「そう。部屋に入ってすぐだった」

「気を見てみたのか?」

「気を見る訓練をしただろう?」


 相も変わらず、二尾と三尾は交互に美春に言う。


 ──気を見る? 気を感じられるようにはなったが、意識して周囲を見ようと思った事はなかった。二尾と三尾に言われて、初めて美春は気を意識して周囲を見た


「何…これ……」

 部屋中を、どんよりとした気配が満たしている。黒い触手のようなモノが、部屋中で蠢いているのだ。──不浄な気。そう感じられた。


「「お馬鹿」」


 これは、そう言われても仕方ないかも知れない。少年姿の二人は体の表面に清浄な気をまとい、それらには触れられていない。美春はようやく、自分の体に蛇のように絡みついた気に気づいた。

「きゃっ!」

 美春はそれらを振り払い、慌てて自分でも気を纏った。


 不浄な気は、いつからここにあるのだろうか。

 祐里奈が良くいるであろう場所に、集まっている。ベッドの上と、机の辺りだ。その辺りの気は、どんよりと固まっていて、蠢く気配はない。

 部屋中を蠢いている触手。その濃厚な気配はゴミ箱からだ。

 ゴミ箱の中から、触手が広がっている。

 美春がゴミ箱をのぞくと、何かが丸めて捨てられていた。送り状らしき物が見える。宅配便の梱包材だろうか。触手に眉をしかめながら、美春は手を突っ込んだ。


 取り出したのはやはり、袋状の宅急便の梱包材だ。プチプチシートも一緒に捨てられていた。何かがシートで包まれて、送られて来たのだろう。

 美春の気に触れて、ボロボロと崩れていく。

(しまった! 気を消して取り出すべきだった!)

 そう気づいたがもう遅い。この部屋で唯一であっただろう証拠の品は、消えてしまった。

 だが、消えてしまう前に、送り状の文字がちらりと見えた。送り主の名と住所は、黒く変色して読めなかったが、祐里奈の宛名と住所が書いてあった。繊細に見えた文字は、女性らしく思えた。



 自分と優子を刺したあの包丁。

 祐里奈はどうやって手に入れたのだろうか。普通に市販されているとは考えづらい。考えられるのは通販だ。清浄な気に触れて崩れ去った梱包材。どう考えても、あの包丁が送られた物だとしか思えない。


 祐里奈の部屋にパソコンはない。家族兼用のパソコンが居間にあり、宿題で使う時はそこでやっているの、そう話していた。

 それでいて、買い物は通販を結構利用していたはずだ。新しもの好きの祐里奈は、バイト代を通販につぎ込むのだと言っていた。


(──携帯)


 そう。祐里奈は携帯で注文していた。学校でも、休憩時間に注文する姿を、何度か見ていた。祐里奈の携帯があれば、購入履歴が分かるかもしれない。

 だが、どうやって探せばいいのだろうか…。



 戸締りをして祐里奈の家を出た。

 結局自分は、手がかりを手に入れたのだろうか。微妙な気持ちを抱きながら神社へ戻る。

 姿は、先日両親を訪ねた時の少女へと変えていた。二尾と三尾は、つかず離れず美春の周りにいる。





 優子は、琥珀が記憶を消して、自宅まで送っていった。

 消された記憶。それは、優子自らが刺された記憶。そして、美春に関する記憶だ。

 複雑だったが、やむを得ない事だと理解している。──しているのだ。


「あんたさぁ…。理解しているなら、泣かないでくれる?」

「……泣いて?」

 琥珀はわざとらしく肩をすくめると、深々とため息をついた。


「──やる」

 ボソッと言った琥珀は、美春に向かってタオルを投げた。

「あ…りがと。普通…、ここはハンカチじゃないの…?」

「ハンカチじゃ足りないだろうが」


 ポロポロ、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。止まらない。確かにハンカチでは、すぐにびしょ濡れになりそうだった。


(──デリカシーが足りないんじゃないの?)

「そんな物、あんたに対して持ち合わせちゃいないからね」


(相変わらずムカつくのよ…!)

「はっ! 修行の成果は、ダダ漏れには現れないのか」


(先生が悪いんじゃないのかしらね!)

しもべのくせに、主に罪をなすりつけるとは、呆れ果てる」


 心の声が漏れるのは厄介だが、嗚咽が止まらず話が出来ない今は、便利かもしれない。美春はそんな事を思った。



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