毒親から逃れて、新しく家族作ります! 5
翌日。
「ええと、忘れ物はない、はず。大きな荷物は外の草むらに隠しておいたし、あとはいつものように買い出しにいくふりをして、出かけるだけ」
きれいに掃除をし終えた自室を見渡す。貴族令嬢にしては質素な、狭い部屋。だけど、この屋敷の中でここだけが落ち着ける場所だった。
「十六年間、ありがとう」
建つ鳥跡を濁さず。去る時は元よりも綺麗にして出るべし。部屋も掃除してきちんと整えたし、今日やるべき仕事も終わった。
少しだけ感傷的な気持ちで部屋を出て廊下を歩いていると、偶然母と出くわした。
「なあに、こんな時間から出かけるの?」
「あ、ちょっと買い忘れがありまして」
本当に愚図ねぇと、いつものように貶される。
こんな人でも、実の母だ。十月十日お腹の中で子どもを育てて、苦しみに耐え抜いて産んでくれたことに違いはない。
まあ、愛情なんてものはないけれど。今日の誕生日だって、これっぽっちも覚えていないだろう。でも一応、礼儀として?
去っていくうしろ姿に軽く頭を下げて、顔を上げる。
その後はもう、うしろを振り返らなかった。
「クラリスちゃん、来てくれたんだ!」
「おねえちゃん!」
昨日と同じ時間の同じ場所。待ち合わせの路地裏で、クラリスちゃんは待っていてくれた。
「いわれたとおり、いちおう、さよならっていってきたよ。すきにしろっていわれた」
「そっか。えらかったね。じゃあこれで堂々と一緒に行けるね!」
昨日別れる前に、私はクラリスちゃんに伝えていた。できることなら、おじさんたちに別れの挨拶をした方がいいかもと。
正直言って、この国は決して豊かではない。シャルリエ子爵家とは違い、貴族は贅沢している者がほとんどだが、平民は貧しい人も多い。
急に子どもをひとり引き取ることになって、おじさん夫婦も大変だったのかもしれない。
だから、一応、ね? 屋根のある家に住まわせてくれたっていう感謝くらいは、しておいてもいいと思ったのだ。
だからといって、こんな小さい子を無理矢理働かせたり、暴言を言ったりしていいってわけじゃないけれど。
「よし、じゃあしゅっぱーつ! 目指すは隣国、フォートリエ王国よ。夜まで少し歩くけど、がんばろうね」
「はぁーい!」
元気よく手を上げてくれたクラリスちゃんに、憂いはない。
これからは私が、この子を守ってあげなくては。
「そうだ、せっかくこれから一緒にいるんだから、私と家族になってほしいなって思うんだけど、どうかな?」
「かぞ、く?」
クラリスちゃんがきょとんとする。そんな表情もかわいい。
「そう。クラリスちゃんの、本当のお姉ちゃんになりたいなぁって」
「あ、わたしも、それがいい! おねえちゃん、ほしかったの!」
きらきらと目を輝かせるクラリスちゃん、かわいい! うわーこんなに喜んでもらえるなんて、思わなかった。
「よかった、嬉しいわ。私のこと、おねえちゃんって呼んでね。今までもそう呼んでくれたけど、本当のお姉ちゃんって意味で、ね?」
パチンとウィンクすれば、クラリスちゃんが大きく頷いた。
「わたしのことも、クラリスってよんで。ちゃんはいらないよ、まちのこたちも、きょうだいはそうやってよぶんだって、いってた!」
「わかったわ、クラリス。これからよろしくね」
握手をすれば、えへへとクラリスがはにかむ。か、かわいすぎる……!
「そうだ、おねえちゃんに、これあげる!」
思い出したようにクラリスがポケットからなにかを取り出し、私の手の平の上に乗せてくれた。なんだろうと見つめると、そこにあったのは。
「わぁ……きれいな、石?」
淡い薄緑色。例えるなら、シーグラスのような半透明の石だった。
「うん! あのね、パパとママとピクニックにいったときに、みつけたの。わたしの、たからもの」
宝物? しかもご両親との思い出の品というやつじゃないか。
「そんな大切なもの……」
もらえないわ、そう言って断ろうと思ったその時。
「おたんじょうびおめでとう、おねえちゃん!」
思いがけない言葉をもらい、驚き目を見開いた。
「あのね、たからものだけど、おねえちゃんにあげたいなって、おもったの。パパもね、むかしママにたからものをわたしたんだって。〝ずっといっしょにいてください〟って。たいせつなひとだから、たいせつなものをあげたんだって!」
それはちょっと意味が違うような。そう思ったけれど、クラリスの気持ちが嬉しくて、断るのも違うなと思い直した。
「……ありがとう。大切にするね」
『みれぃちゃん、お誕生日、おめでとうー!』
前世の家族の、そんな声が聞こえた気がして、思わず涙が滲む。
転生して初めてもらった、〝お誕生日おめでとう〟だ。ああ、私はこの子と家族になるんだなぁって、心から喜びが溢れてくる。
「あれ? おねえちゃん、ないてるの?」
「うん、嬉しくて。クラリス、大好き! これからは、ずっと一緒だからね!」
こうして私は、この世界で初めての家族を手に入れた。
その小さな手をしっかり握って、私たちは隣国フォートリエ王国を目指し、歩き始めたのだった。




