毒親から逃れて、新しく家族作ります! 4
「はぁ、たくさん買っちゃった。でも、お世話になった人にはだいたいクッキーも配れたし、満足満足」
馴染みの店に片っ端から寄って買い物したので、荷物もなかなかの量になってしまった。こりゃ数日は買い出ししなくても大丈夫そうね。
食料がたくさん詰まったカゴを、よいしょと持ち直す。これを持って三十分歩くとなると、かなり鍛えられそうだ。
たくさん運動したらご飯も美味しくなるはず、そう意気込んで歩き出す。すると、ふと路地裏に小さな人影が蹲っているのが見えた。
子ども……? 四、五歳くらいかな? まだかなり幼く見える。
どうしてもその小さく丸まる姿が気になって、少し迷いながらも近付いてみる。
「ええと、こんにちは。大丈夫? どこか辛いの?」
病気やケガかもしれないと思い、そう声をかけてみた。すると、その子はぴくりと小さく肩を動かすと、そろそろと顔を上げた。
うわぁぁぁ! ふわふわとした淡い桃色の髪に澄んだ空色の瞳。この子、すっごくかわいい……!
「お、ねぇちゃん、だれ?」
女の子はとても可憐な容姿をしていたけれど、顔色は悪く、頬も少し痩せこけていた。声だって弱々しくて、着ている服はけっこう汚れている。
これは……ちょっと、あんまり良くない環境にいた子にしか思えない。
「急に話しかけて、ごめんなさい。私はミレーヌ。お買い物にきていたの」
「あ、わたしは、クラリス……です」
クラリス、なんてかわいい名前だ。
「そう、とっても素敵な名前ね! クラリスちゃん、こんなところで座り込んで、ひょっとして気分でも悪いの?」
お世辞にも体調が良さそうには思えない。怖がらせないように、しゃがんで視線を合わせて優しく問いかける。
「つらくは、ない、けど……。ううん、わたし、つらい。パパとママに、あいたい……」
一度は否定したものの、クラリスちゃんは目に涙を溜めて、苦しそうにそう零した。
『パパとママに会いたい』
そのひと言に、胸がぎゅうっと辛くなった。それだけで、なんとなくこの子の境遇がわかってしまったのだ。
「パパとママ……、しんじゃ、って。おじさんとおばさん、が、いっしょにくらしてくれた、けど。たくさんいじわるいってくるし、むずかしいおしごとばっかりさせようとするし、ごはんも、ちょっとしかくれない」
我慢していたものが一気に溢れてしまったかのように、クラリスちゃんはぼろぼろと涙を流した。
震える背中をゆっくりと撫でながら、私は黙ってクラリスちゃんの話を聞いた。
どうやら、つい最近両親が事故で亡くなったらしく、親戚に引き取られてきたばかりのようだ。でも、おじさん夫婦はクラリスちゃんに冷たくあたり、様々な暴言を吐いたり、無理な仕事を押し付けたり十分な食事を与えなかったりと、いやがらせをしていると。
……なんだかものすごく既視感があるのは、気のせいではないだろう。
「そっか。それは、心が辛くなっちゃうね。今まで、頑張ったね」
他人事とは思えなくて、思わずクラリスちゃんをそっと抱き寄せてしまった。小さくて、細い。でもちゃんと温かい。
「ん……。もう、あのおうちにいたくない。パパとママに、もうあえないのは、しってる。でも、もうあそこにかえるのは、いや! あんなひとたち、だいっきらい!」
うわぁぁぁん!と泣き叫ぶクラリスちゃんを、ぎゅっと抱き締める。
辛くて、悲しくて、でも誰も助けてくれなくて。きっと、今までたくさん我慢してきたのだろう。
「もう大丈夫。あなたはなにも悪くないのだから」
そう、小さな身体を包み込みながら、私はひとつの決心をしたのだった。
「おねぇちゃん、ありがとう。おはなし、きいてくれて」
ひとしきり泣いた後、クラリスちゃんはそう言って立ち上がった。
「わたし、かえるね。おしごとしないと、またおこられちゃうから」
沈んだ、でもなにかを振り切るような声のクラリスちゃんに、私は眉を顰めた。こんな小さな子が虐げられる場所に、黙って送り出すわけにはいかない。
「……ね、クラリスちゃんは、このまま帰りたい?」
静かに尋ねると、クラリスちゃんははっとした表情をしたのち、ふるふると軽く首を振った。
「そっか。嫌なことばっかりする人たちと一緒にいるの、辛いよね。実は私もね、家に帰りたくないんだ」
おねえちゃんも?と、クラリスちゃんが首を傾げる。
「うん。クラリスちゃんと一緒。私の場合は、本当のお父さんとお母さんなんだけどね。本当は男の子がほしかったんだって。愚図で役立たずだけど、簡単な仕事くらいはやれって、怒られてばっかりなの」
「そう、なんだ……」
似た境遇であると察したのか、クラリスちゃんは悲しそうに俯いた。
きっと私に同情したのだろう、優しい子だ。
「それでね、いつでも出ていけばいいぞ!って言われててね。明日で十六歳になるから、思い切って出ていってやるー!って思っているところなの」
わざと明るく言ってみせると、クラリスちゃんはぱちくりと目を見開いた。
「私ね、もっと自分を大切にしたいなって思ったの。ずっと家に住まわせてくれたことはありがたいけど、やっぱり嫌なことばかりされるのは辛いもの。私のことを大切にしてくれる人と家族になって、私もその人たちを大切にしたい」
転生してから、ずっと考えていたこと。
多少貧しくても、忙しくても構わない。一緒に過ごして、一緒にご飯を食べて。温かい気持ちになれる人と、一緒に暮らしたい。
「クラリスちゃんがよかったら、一緒に行かない? そうだな……別の国に行こうと思っているから、たくさん歩いたり、危ないこともあるかもしれない。それに、今日会ったばかりの私のこと、怪しいって思ったりもするよね。だから、クラリスちゃんが決めて。もうちょっとおじさんの家で頑張るか、私と一緒に家を出るか」
本当はそんな家に帰したくないけれど、クラリスちゃんの話しか聞いていない私は、事情を全部知っているわけじゃないもの。
そんなことはないと思うけど、子どもは物事を大きく言ってしまうこともあるし、おじさん夫婦の気持ちもわからない。無理に連れ出すと、下手したら誘拐だと思われる可能性だってある。
う、よく考えたら軽率だったかしら。
「おじさんたちが心配するなら、帰った方がいいと思うけど……」
「しんぱいなんて、しないよ」
ちょっと尻込みをしてそう言うと、クラリスちゃんははっきりと言い切った。
「いつでもでていけ、とか、さっさといなくなれ、とかいわれてるもん。ねつがでて、つらいときも、ほうっておかれてたし。わたしがいなくなっても、さがしたりしないよ」
涙をこらえながらぷるぷると震える姿に、本当に色々と我慢してきたのだなと胸が痛んだ。
「……うん、でもね? 私が悪い人だとダメだし、よく考えて」
「ほんとにわるいひとは、そんなこと、いわないよ」
涙を溜めながら、クラリスちゃんが笑った。少しだけ表情が明るくなった気がする。
「わたし、おねえちゃんといっしょにいく。わたしも、わたしをたいせつにしてくれるひとと、いっしょにいたい」
綺麗な空色の瞳に光が宿ったように見えて、私はにっこりと微笑んだ。




