毒親から逃れて、新しく家族作ります! 3
「それでは、行ってまいります」
誕生日を明日に控えた日。今年も特にお祝いムードなどはなく、いつも通りせっせと働いている。
生まれてこのかた、私の誕生日が特別だったことなんて一度もなかったけどね。乳飲み子の時からなんだ女かと蔑まれ、母からも乳母からも放置気味で育ってきた私の誕生日など、祝う必要ないって感じだったもの。
けれど今年は違う。私にとっては、明日は間違いなく特別な一日だ。
やっと成人する、これでいつでも出ていけるということだ。まあ、明日出ていくと決めたわけではないけれど。
様子を窺って、決行日を決めるつもりだ。
いつでも動けるように荷物はまとめてあるし、資金も貯めてある。慌ただしい出来事が起こった時に、騒ぎに紛れて出ていくか、それともありふれた平凡な日にふらっといなくなるか。
どちらかというと、後者の方がいいかしら。今日みたいに、買い出しに行くふりをして……。
少しだけわくわくした気持ちで家出計画を練る。
ふふ、いたずらっ子ってこんな気持ちなのかしら。
すぐ下の波琉と末っ子の大翔は大人しめの性格だったけど、双子と隼斗はなかなかやんちゃだった。公園に遊びに行った時に、友だちにいたずらして一緒に謝ったことも何度もある。
懐かしいな、それすらもいい思い出だ。
まさか典型的なお姉ちゃん気質の自分が、こんな風に家出計画を立てているなんて、家族が知ったら驚くだろう。
前世のことを思い出すと、自然と頬が緩む。
大丈夫、この思い出があれば、私はひとりでも生きていける。家族のあたたかさを、私はちゃんと覚えているから。
ぐっと顔をあげて、市場までの道を歩いていく。
貴族のお嬢様だからって、馬車なんて使わせてもらえない。いつもこうして片道三十分ほどを歩いている。
特に荷物の多い帰りが大変といえばそうなのだが、これが意外と悪くない。あの家で感情を押し殺して書類に向かっているより、よほど気が楽だ。
気分転換になるし、運動にもなる。家出したらこの領地から離れるつもりだから、移動のことを考えると体力がいるしね。
体づくり、大切だ。
ちなみに食事も自分で作ることがある。だって、美味しくないし健康に悪そうな食事が多いんだもの。
父も母も、好きなものばかり料理人たちに作らせていたから、記憶が戻る前まではかなり偏った食生活をしていた。当時、娘の私も一応同じものを食べさせてもらえていたんだけれど、さすがにどうかと思って、時々厨房の手伝いに入って、ヘルシーなメニューを作るようになった。
今では自分の食事はほとんど自分で作っているし、一品くらいは家族と使用人、全員分を用意している
バランスのとれた食生活、大事よね。
五年前から小太りな父も、なんとか現状維持を留めている。あのままだったら、肥満街道まっしぐらだったはず。野菜たっぷりの副菜を用意している私に、感謝してほしいものだ。
「おや、ミレーヌちゃん。今日はブロッコリーが安いよ!」
「こっちの魚も今朝とれたてで新鮮だよ!」
市場に着くと、店の人たちがいつものように話しかけてくれた。
ちなみに彼らは、私がシャルリエ子爵家の娘だと気付いていない。ミレーヌという名前は別に珍しくないし、貴族風でもない。よく顔を出す、ちょっと裕福な庶民のお嬢さん、くらいの認識だろう。
「ありがとうございます。わあ、本当に美味しそうな白身魚ですね! にんにくとトマトで煮詰めてみようかしら」
アクアパッツァ風にするといいかも。そう思いついて、おすすめされた魚とブロッコリーを購入する。
あの家はほとんど毎日が肉料理だから、たまには魚が食べたくなるのよね。それを言ったら、前世みたいに煮付けとか、刺身とかも食べたいけど……。
残念ながら、この世界で醤油やみりんに出会ったことがないし、魚を生で食べようなんて発想は全くない。
でも生は勇気がいるよね。菌とか、ちゃんと処理しているか分からないし、詳しくもない。命を落とす可能性だってあるのだ、そんな無謀なことはできない。
「へえ、ウチも今度やってみようかね。本当にミレーヌちゃんは料理に詳しいね! この前教えてくれた、みーとそーす? も、すごく美味しかったよ。はい、ブロッコリー。ひとつ、おまけしておいたよ!」
「わあ、ありがとうございます! ぜひトマト煮込みも作ってみて下さい。お魚だけじゃなくて、お肉でも美味しいと思いますよ」
ブロッコリーを受け取りながら、おばさんにそうアドバイスする。
こんなやり取りも、もう最後かもしれない。子爵家から出るのはちっとも寂しくないが、市場のみんなとの別れはちょっと悲しいな。
胸がちくりと痛んだけれど、ふるふると首を振る。もう決めたことだから、迷っちゃいけない。
「あ、そうだ。これ、もしよかったら。クッキーなんですけど、作りすぎちゃって」
お別れの挨拶というには貧相だが、なにも言わずに急に来なくなるのもどうかと思って、焼いてきたものだ。
私がいなくなった後、万が一にでもこの市場に聞き込みをされるようなことがあると困るし、下手に情報を残しておきたくない。まあそんなことはないだろうし、むしろ出ていってせいせいしたと思われる可能性の方が高いけれど、用心するに越したことはないからね。
「あら、ありがとう。ミレーヌちゃんの作るお菓子は美味しいからね、後のお楽しみにしておくよ!」
にっこりと笑うおばさんの顔と、前世のお母さんの笑顔が重なった。
こうやって、ありがとうって、嬉しいよって言ってくれたら、それだけで温かい気持ちになるのにな。
「……こちらこそ、いつもありがとうございます。ほんの少しですけど、喜んでもらえて嬉しいです」
子爵家の中で見せることのない笑顔を返し、お店をあとにした。




